本邦で検証が進む新型たばこ関連肺障害
寄稿 田坂 定智
2021.07.19 週刊医学界新聞(通常号):第3429号より
新型たばこは,加熱式たばこと電子たばこを併せた総称。前者は,葉たばこの加工物を加熱し生じたエアロゾルを吸入する仕組みであり,エアロゾル中にはニコチンをはじめとする有害成分が多く含まれている。一方後者は葉たばこを使用せず,さまざまなフレーバーの液体を電気加熱し,エアロゾルを吸入するものである。国内ではニコチン含有電子たばこは承認されておらず,非ニコチン含有電子たばこのみが販売されている。
これらの新型たばこは世界的に売り上げを伸ばしており,日本国内でも紙巻きたばこの市場が縮小する一方で,30代をはじめとする若い世代を中心にシェアは紙巻きたばこに迫る勢いである。禁煙目的に紙巻きたばこから新型たばこに切り替える人も多いが,現時点で新型たばこによる健康リスクが紙巻きたばこに比べて低いという根拠はない1)。事実,培養ヒト気道上皮細胞を用いた実験では,紙巻きたばこより軽度であるものの,加熱式たばこも細胞傷害性を示した2)。また臨床研究でも加熱式たばこや電子たばこ(海外のニコチン含有の製品)により明らかな血流依存性血管拡張反応がみられ,新型たばこによる血管系への影響も懸念される3)。新型たばこの長期的な健康への影響については,今後数十年にわたる検証が必要である。
米国では2019年初め頃から加熱式たばこや電子たばこなどの使用に伴う肺障害(E-cigarette or Vaping product use Associated Lung Injury:EVALI)が報告され,2020年2月時点で2807人が入院し,68人が死亡した4)。原因物質や発症機序には不明な点が多いものの,電子たばこに含まれていた大麻抽出物(THC)や,酢酸ビタミンEなどの添加物の関与が疑われている。そのため2019年秋以降,米国内で販売される電子たばこについては,使用可能なフレーバーや添加物についての規制が強化され,EVALIの報告は激減している。
本邦でも加熱式たばこの使用後に急性呼吸不全を生じた事例が報告されている5~7)。筆者らの集計では,これまでに6例(うち女性1人)の報告があり,平均年齢は32歳であった。そのうち半数に喘息などのアレルギー疾患の既往があり,加熱式たばこ使用開始から発症までの期間は2日~6か月と幅があった。
診断時にCTが施行された4例ではいずれも両側性の陰影を認め,気管支肺胞洗浄が行われた3例のうち2例では好酸球増多が,1例ではリンパ球増多が認められた。一方,米国のEVALI患者の肺病理では,びまん性肺胞傷害や器質化肺炎など急性肺障害の所見が多く,本邦での報告例とは病像が異なる。今後検証が必要な仮説ではあるが,米国のEVALIが有害物質の吸入による急性肺障害であるのに対し,本邦の報告例は加熱式たばこの蒸気に含まれるグリセロールなどに対するアレルギー反応が病態の中心なのではないかと考えられる。加熱式たばこの場合,グリセロールやグリコールを加熱することで,目に見える蒸気を作っている。これらは食品添加物としても使用されているように,経口摂取しても無害だが,吸入した場合の安全性は不明である。
*
本邦におけるEVALI症例の研究を進めるべく,日本呼吸器学会では新型たばこの使用後に急性呼吸不全を生じた症例について引き続き情報を収集している(https://www.jrs.or.jp/modules/information/index.php?content_id=1447)。症例の条件は下記の4点全てを満たすものである。
●発症の90日以内に電子タバコ(非タバコ製品)あるいは加熱式タバコ(タバコ製品)の吸入を開始した/あるいは電子タバコや加熱式タバコの種類や吸入量を変更した。
●胸部XpないしCTでびまん性の陰影を認める。
●呼吸器感染症が感染症学的および臨床的に除外されている。
●他の原因(心不全,薬剤,自己免疫疾患など),日和見感染のリスクとなる基礎疾患(HIV感染など)や医療介入(胸部放射線照射,生物学的製剤投与,抗悪性腫瘍薬投与など)がない。
該当例をご存じの際は,専用アドレス(evali@hirosaki-u.ac.jp)までご一報いただければ幸いである。
参考文献・URL
1)WHO. Heated tobacco products:information sheet. 2nd edition. 2020.
2)Tob Control. 2018 [PMID: 30185530]
3)J Am Heart Assoc. 2019 [PMID:30879375]
4)CDC. Outbreak of Lung Injury Associated with E-cigarette Use, or Vaping. Updated February 25, 2020.
5)Respir Med Case Rep. 2018 [PMID:30560050]
6)Respirol Case Rep. 2016 [PMID:28031826]
7)村上昇太,他.紙巻きタバコから加熱式タバコに変更後に肺障害を呈した1例.日呼吸誌.2021;10(2):197-201.
田坂 定智(たさか・さだとも)氏 弘前大学大学院医学研究科 呼吸器内科学・教授/日本呼吸器学会禁煙推進委員会・委員長
1990年慶大医学部卒。米ハーバード大公衆衛生大学院,米ケース・ウェスタン・リザーブ大研究員として勤務後,日本鋼管病院内科医長,慶大専任講師を経て16年より現職。
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