WHOの推奨から学ぶエビデンスに基づく分娩期ケア
寄稿 永井 真理
2021.06.07 週刊医学界新聞(通常号):第3423号より
「エビデンスに基づく医療」という言葉は広く使われているが,一つひとつの医療行為がどの程度のエビデンスに基づいているのか,疑問に思ったことはないだろうか。そんな時に参考になるのが,世界保健機関(WHO)が公開している推奨である。
エビデンスと実践に基づいた推奨はどのように作られているのか?
WHOからは感染症を含むさまざまな疾患に関し,予防から治療まで,数多くの推奨が公開されている。2007年以降,これら全ての推奨は,WHOガイドライン作成の手引き1)(約300ページ)に定められている手順に厳格に従って,利益相反のない外部の臨床家や研究者たちが医療行為の要・不要を検証することで作られている。
まず,臨床上の重要な問題を同定する。その問題一つひとつに対し,どのような状態の人がどのような医療行為を受け,何と比較して,どのような結果であったか,世界中の研究データの系統的レビューを行う。さらに,その医療行為に必要なリソース,費用対効果,公正性(患者間の格差助長につながらないか)なども検討する。
数年がかりでこれらの過程を経て,1つの医療行為に対し,1~2文による「推奨項目 Recommendation(要・不要)」が作成される。また,それを補完する「注釈 Remarks」も非常に重要で,この2つはセットで読まれることが想定されている。最後に,やはり第三者組織であるガイドラインレビュー委員会がその質を厳密にチェックしたのち,WHOから出版される。
女性が「ポジティブな出産体験」の機会を得られるための分娩期ケア
そのようにして出版された推奨集の1つが,今回和訳された『WHO推奨 ポジティブな出産体験のための分娩期ケア』(医学書院)である。妊娠・出産と新生児に対するさまざまな医療行為のエビデンスを検証した一連のWHOガイドラインの一冊で,原著2)は2018年に出版された。特徴的なのは,「ポジティブな出産体験のための」とのタイトルが示す通り,出産する女性自身がその医療行為をどうとらえたかも検証した点である。女性および新生児の生命を最重要アウトカムとしつつ,その医療行為は女性にとって喜ばしい体験となるのか,という観点から,質的研究の系統的レビューが加えられた。2016年に出版された産前ケアの推奨集3)にも同じタイトルが使われている。
医療従事者が女性に正確な情報を十分に提供し,相談に乗り,それを基に女性自身が自らの価値観に基づいて判断する機会があり,その判断を医療従事者が尊重する。こうした一連の流れを通して,「できるだけ安全で,かつ,できるだけ喜ばしい」妊娠出産が実現される。妊娠・出産は長い人生からみると一瞬で過ぎて
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永井 真理(ながい・まり)氏 国立国際医療研究センター国際医療協力局専門職
1992年東北大医学部卒。国境なき医師団などで紛争地の医療活動後,2004年米ジョンズホプキンス公衆衛生大学院修士課程修了。博士(医学)。15年よりWHO西太平洋地域事務局に勤務し,妊産婦と新生児に関する各種WHOガイドライン作成に携わった。18年より現職。専門は国際保健。『WHO推奨 ポジティブな出産体験のための分娩期ケア』(医学書院)の編集にかかわる。(写真撮影/河合蘭)
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