ロボット麻酔システムの開発と実用化への期待
寄稿 重見 研司,長田 理,松木 悠佳,荻野 芳弘
2021.06.07 週刊医学界新聞(通常号):第3423号より
近年は毎年約500人が麻酔科専門医試験に合格します。しかし合格者全員が手術室に勤務するわけではなく,集中治療や救急,ペインクリニック,緩和医療,在宅医療に携わる者も多くいます。さらに出産や育児で数年余にわたり臨床から離れる者もいるため,国民の高齢化に伴い増加する手術件数に対して麻酔科医の増加数が追いつかない状況が続いています。また,医師の偏在によって地域医療を支える麻酔科医の不足も注目されています。この現状を補う方法として看護師や臨床工学技士などが麻酔業務を支援する体制整備が進んでいるものの,困難な地域も珍しくありません。
そこでわれわれは,自動血圧計や人工呼吸器,電子麻酔記録装置のように麻酔業務の一部でも機械化できれば肉体的にも精神的にも麻酔科医の疲労が軽減され,麻酔業務の効率化に寄与すると考え,全身麻酔用のロボット麻酔システムを開発しました1)。機械化・自動化によりヒューマンエラーも減り,患者の安全性が向上すると同時に,薬剤の適正利用や麻酔業務の均霑化も期待されます。
機械化が可能な業務を積極的に委託
とはいえ手術中は変化する患者の容態に合わせて臨機応変な麻酔処置が求められるため,全ての麻酔業務を今すぐに機械化するのは困難です。すでに血圧測定や人工呼吸,麻酔記録などの機械化が実現していますが,このロボット麻酔システムでは,麻酔薬投与の調節業務を機械に任せることを考えました。
従来の揮発性麻酔薬による麻酔では,血圧や心拍数を目安に麻酔薬濃度を調節します。例えば血圧が低下したとき,その原因が,麻酔が深いためなのか出血によるものか特定する必要があります。この判断は麻酔科医にとっては容易ですが,機械には難しいことです。そのため鎮静薬(睡眠薬)に関しては,機械でも適切な投与量を計算できるように,脳波から得られ覚醒度を示すバイスペクトラルインデックス(BIS値)と予測効果部位濃度(Ce)との相関が強いプロポフォールをシリンジポンプで投与する方法を選択。血圧の維持は麻酔科医が判断して血管作動薬を使用するようにしました。
鎮痛薬の投与調節については,痛みを客観的に評価する指標がないのでフィードバック調節ができません。例えば麻酔が浅く血圧が上昇したとき,鎮静薬か鎮痛薬のどちらを増量するべきかの判断は機械には困難です。一般的に麻酔科医は,麻酔記録を確認して,症例の薬剤に対する反応性と手術の侵襲度を考慮し,鎮静薬と鎮痛薬の投与量のバランスを勘案してどちらかを増量します。そこで本システムでは,このバランスを一定に保つように鎮痛薬の投与量を計算することによって自動投与が可能となりました。
治験で明らかになった有効性と安全性
こうした工夫のもと,パソコンで制御したシリンジポンプから,調節性が高く短時間作用性を有する3剤の麻酔薬,プロポフォール(鎮静薬)・レミフェンタニル(鎮痛薬)・ロクロニウム(筋弛緩薬)を自動投与する医療機器,ロボット麻酔システムを開発しました(写真)。パソコンには,脳波モニタから得られるBIS値と筋電図式筋弛緩モニタから得られる4連刺激の結果(TOF値)をもとに,それぞれの薬剤の投与量を6秒ごとに計算するソフトウェアが搭載されています。

麻酔器に搭載された❶生体情報モニタには脳波モニタと筋弛緩モニタが組み込まれており,BIS値とTOF値はLANケーブルを介して❷パソコンに送信される。パソコンは,その値をもとに❸通信ラックシステムに搭載された❹3台のシリンジポンプを操作して麻酔を一定に維持する。写真中手前には麻酔科医が座っており,状況の確認を行っている。
続いて,このロボット麻酔システムを用いて医師主導治験を実施しました。「プロポフォール,レミフェンタニル及びロクロニウムを使用して全身麻酔を受ける患者を対象とした静脈麻酔薬自動調節ソフトウェア(ROP-CT)と手動との非劣性無作為化比較試験」(jRCT2052190124)と題して,当該ソフトウェアの有効性および安全性を従来の手動麻酔と比較・検証するものです。治験の対象には20歳以上の成人で,合併症が少なく全身状態の良い症例を選びました。治験デザインは多施設共同,無作為化,単盲検,並行群間比較,非劣性試験です。脳波モニタや筋弛緩モニタは日本光電工業社製,シリンジポンプはテルモ社製,パソコンは市販の普及品を使用しました。
臨床データ収得は2020年3月24日に開始し,9月30日に完了しました...
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