とろみ調整食品が錠剤の崩壊,溶出,薬効に及ぼす影響
寄稿 富田 隆
2021.05.10 週刊医学界新聞(通常号):第3419号より
嚥下障害患者や高齢者が飲料や食事を摂取する際,誤嚥予防のために嚥下補助製品であるとろみ調整食品(以下,とろみ剤)が汎用される。とろみ剤は,飲料や食事に添加し均一に攪拌することで簡便にとろみを付加できる粉末状の食品である。嚥下困難者に使用することで,咽頭での飲み込み速度が遅くなり,誤嚥予防につながっている。
一方で近年,とろみ剤で錠剤を内服した患者の便中に未崩壊の錠剤が排泄されたことが報告され1),錠剤の崩壊に影響を及ぼす可能性が示唆された。筆者らは,とろみ剤が錠剤の崩壊,溶出,薬効に及ぼす影響を検証し,服薬時における使用上の注意点について知見を得たので紹介する。
とろみ調整食品の特徴
とろみ剤は,製品に添加される増粘多糖類によって,第1世代のデンプン系,第2世代のグアーガム(以下,Gua)系,第3世代のキサンタンガム(以下,Xan)系に分類される。現在は味やにおいが少なく,短時間で粘度が調製できることから,Xan系とろみ剤が汎用される。とろみ剤に求められる粘度は,マヨネーズ状,フレンチドレッシング状など,類似の食品を目安にした表示がなされている。また,製品ごとに添加される増粘剤の種類や含量が異なることから,調製後の粘度にばらつきが生じてしまい,製品間における粘度の比較が難しいことが知られる。そのため日本摂食嚥下リハビリテーション学会では,とろみ剤溶解液の粘度を標準化するために,LST値を提案し,3段階で表現している(表)2)。
介護保険施設における使用実態
筆者らが行った介護保険施設を対象としたアンケート調査から,約80%の施設で入居者がとろみ剤(Xan系が約90%,Gua系が約5%,その他が約5%)で内用薬を服薬していたことが判明した3)。服薬時にとろみ剤を使用していた入居者数は,1施設当たり平均17人,入居者に占める割合は平均22.5%であった3)。回答が得られた42施設のうち約30%の施設で,入居者の糞便中に未崩壊のまま排泄された錠剤やとろみ剤に包まれたままの散剤を発見したり,排泄事例を聴取したりした経験があることが明らかになった。服薬時にとろみ剤を使用していなかった施設においても排泄事例の発見・聴取が明らかになったことから,高齢者の場合,とろみ剤を使用していない場合であっても,服薬した内用薬が崩壊せず,薬効が十分に発現していない可能性が推察される3)。
とろみ剤は錠剤の服薬時にどのような影響を及ぼすのか
崩壊との関連
Xan系とGua系のとろみ剤に酸化マグネシウム(MgO)錠を30分間(註)浸漬させた後,浸漬錠を日局崩壊試験法に適用し,とろみ剤が錠剤の崩壊に影響するかを検証した。「薄いとろみ」に調製したXan系とろみ剤に浸漬した場合は崩壊が認められたものの,「濃いとろみ」や「中間のとろみ」に浸漬した場合は崩壊しなかった(写真)。一方でGua系とろみ剤に浸漬させた場合,全ての濃度において崩壊は認められなかった。このことから,とろみ剤に添加される増粘剤の違いが錠剤の崩壊に影響する可能性があること,Xan系とろみ剤では,その濃度が錠剤の崩壊に影響することが示唆された4)。
有効成分の溶出との関連
「中間のとろみ」に設定したXan系とGua系のとろみ剤に30分間浸漬させたMgO錠を,日局溶出試験法(溶出試験液:第1液,パドル法50 rpm)に適用し,錠剤からの有効成分の溶出に影響するかを検証した。溶出試験開始後120分の溶出率は,非浸漬錠の場合は約80%であったが,Xan系とろみ剤に浸漬させた浸漬錠の溶出率は約20~40%と溶出速度の低下が認められた。さらにGua系とろみ剤に浸漬させた浸漬錠の溶出率は約3%と非常に低く,添加される増粘剤が溶出に大きく影響することが判明した4, 5)。
薬効発現との関連
とろみ剤がボグリボース口腔内崩壊錠の食後過血糖改善効果に及ぼす影響を検証するために,9人の健常成人を対象とした経口投与試験を実施した。とろみ剤はXan系を用い,濃度は「濃いとろみ」に設定した。10時間以上絶食した被験者に対し,空腹時血糖測定のための採血を実施した直後に非浸漬のボグリボース口腔内崩壊錠,あるいはとろみ剤に浸漬させた同錠を投与し,直ちにスクロース水溶液(スクロース100 gを水150 mLに溶解した水溶液)を服用させた。血糖値は一定間隔で自己測定してもらった。服用後120分までの最高血糖値をCmax,Cmax到達時間をTmaxと定義したところ,浸漬錠を服用した場合,Tmaxは非浸漬錠を服用した場合よりも15分短縮し,Cmaxは非浸漬錠を服用した場合よりもわずかに高値を示した(図)。また浸漬錠の場合,内服後120分までの血糖値は,非浸漬錠よりも常に高値で推移した。この結果から,とろみ剤は薬効の発現にも影響を及ぼすことが明らかになった6, 7)。
*
現時点では,服薬時にとろみ剤を使用する際の注意点として,下記の3点が挙げられる。
① とろみ剤を不適切に高濃度に調製しない
② とろみ剤に錠剤を浸漬させる時間の短縮8, 9)
③ 錠剤の崩壊と溶出に及ぼす影響が小さいことが確認された製品の選択
上記の注意点は,これまでの筆者らの研究を基に検証したものである。現在,筆者らはとろみ剤の溶解に用いる溶媒の種類,とろみ剤が添加された市販のとろみ剤飲料に着目し,これらが錠剤の崩壊,溶出に及ぼす影響を検討している。そのため今後もより一層,服薬時におけるとろみ剤の至適使用法について,多くの情報が提供できると考えている。筆者らが検証した情報を有効活用していただければ幸甚である。
註:医療施設を対象とした聞き取り調査で食前にMgO錠をとろみ剤に浸漬し,食後に服用させた事例が多かったため,その平均時間の30分間に設定。
参考文献
1)Geriatr Gerontol Int. 2017[PMID: 29265750]
2)藤谷順子,他.日本摂食・嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2013.日摂食嚥下リハ会誌.2013;17(3):255-67.
3)富田隆,他.服薬時における嚥下補助製品の使用実態.日摂食嚥下リハ会誌.2019;23(1):37-43.
4)Yakugaku Zasshi. 2015[PMID:26028419]
5)Biol Pharm Bull. 2016[PMID:27040638]
6)Yakugaku Zasshi. 2016[PMID:27477734]
7)Dysphagia. 2017[PMID:28271294]
8)Sci Rep. 2020[PMID:32999340]
9)J Texture Stud. 2021[PMID:33495997]
富田 隆(とみた・たかし)氏 帝京平成大学大学院薬学研究科薬学専攻 教授
1992年昭和大薬学部生物薬学科卒。薬剤師。筑波大病院薬剤部を経て2013年医療法人清風会ホスピタル坂東薬剤部部長。16年岩手医大薬学部臨床薬学講座臨床薬剤学分野准教授,18年同大病院薬剤部副薬剤部長。19年より現職。
いま話題の記事
-
事例で学ぶくすりの落とし穴
[第7回] 薬物血中濃度モニタリングのタイミング連載 2021.01.25
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
寄稿 2016.03.07
-
連載 2010.09.06
-
人工呼吸器の使いかた(2) 初期設定と人工呼吸器モード(大野博司)
連載 2010.11.08
最新の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]BQ11 要介護高齢者の栄養障害(低栄養・過栄養)の危険因子は何か?
『生活期におけるリハビリテーション・栄養・口腔管理の協働に関するケアガイドライン』より2024.07.26
-
2024.07.26
-
取材記事 2024.07.22
-
医学界新聞プラス
[第3回]半月板損傷の術後リハビリテーション 手術後3か月以降まで
『こんなときどうする!? 整形外科術後リハビリテーションのすすめかた 第2集』より連載 2024.07.19
-
スポーツ医学を学生主導で専門的に学ぶ
順天堂大学スポーツ医学塾 特別セミナー開催取材記事 2024.07.19
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。