医学界新聞

寄稿 鈴木 正宣

2021.04.12 週刊医学界新聞(レジデント号):第3416号より

 われわれ北海道大学耳鼻咽喉科は,2021年2月に豪アデレード大学耳鼻咽喉科の協力を得て,オンラインで内視鏡下鼻副鼻腔手術(endoscopic sinus operation:ESS)のトレーニングを行いました。数多くの術式・手術器具を考案し,ESSにパラダイムシフトをもたらした世界的なトップサージャンであるウォーモルド教授,アルキー教授(共にアデレード大)の指導のもと,3Dプリンターで作製した副鼻腔モデルを用いた模擬手術を行いました。さらにその様子を国内外にリアルタイムで配信し,世界最先端の術式を共有しました。

 本稿では,3Dモデルとオンラインを組み合わせた遠隔手術トレーニングの展望について紹介します。

 これまで,最先端の手術を学ぶために,国内外の手術トレーニング講習会に現地参加していました。ところが,コロナ禍によって人の往来が制限されるようになり,対策として多くのトレーニング講習会がオンライン講義に移行しました。

 オンライン講義では手術動画が用意されています。しかし,従来に比べ世界最先端の術式を身につけるのは非常に難しくなりました。これは,手術手技の習得には,実際に手術を行った上でフィードバックを得て手技を適宜修整するプロセスが必要となるためです。

 また,内視鏡画面のライブ配信自体は技術的に難しいことではありませんが,副鼻腔に内視鏡を挿入する時に患者さんやカダバー(ご遺体)の顔面が映ってしまうため,個人情報の保護の観点から法的・倫理的問題があります。そのような問題を回避するために,3Dプリンターで作製した副鼻腔モデルを使用しました(写真1)。

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写真1 作製した副鼻腔モデル
大量生産することが可能で,手術トレーニングを反復できる。

 今回使用したモデルは100種類以上の試作を重ね完成した精巧なものです。複雑な副鼻腔の形状だけでなく,皮膚や軟骨の弾性,粘膜の湿潤までが再現されています。事後アンケートでは,回答した全員が「3Dモデルはリアルだった」と答え,うち26.6%は「途中,モデルであることを忘れて視聴していた」と回答しました。

 トレーニングは,①3DモデルのもととなったCT画像の読影,②同3Dモデルを用いた模擬手術,③同3Dモデルを用いた見本となる手術の供覧の流れで行いました。

 ①ではウォーモルド教授のチェックを受け,正しく読影できていたら②に移ります。今回は3人が同時に模擬手術を行い,それぞれの様子を映した3つの画面をQuintreeという遠隔医療システムでアデレード大学のモニターに配信しました(写真2)。ウォーモルド教授やアルキー教授は,その画面を見ながらリアルタイムで手術を指導します。参加者はその指示に従い副鼻腔手術を行います。②が終わったら今度はアデレード大学で③を実施し,1ラウンドが終了します。副鼻腔の形は個人差が大きく,それによって手術難易度が変わります。簡単なものから難しいものまで5ラウンド繰り返しました。

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写真2 3Dモデルを用いた遠隔手術トレーニングの様子
左・北大にて,トップサージャンらの指導のもと,3Dモデルを用いた模擬手術を行う様子。右・アデレード大にて,模擬手術の様子を確認しながら指導を行うウォーモルド教授(手前から2人目)ら。

 3Dモデルを用いた手術では,使用するモデルを調整することで徐々にステップアップした学習が可能です。そのため,手術手技の習得効果は非常に良好でした。最後のラウンドでは,手術の鍵となる前頭洞排泄路を見つけるまでの時間が,最初に比べ約3分の1に短縮されました。ラウンドが進むにつれて手術の難易度が上昇していたことを考えると,劇的な学習効果が見込めると言えます。

 また,本トレーニングの内容は,国内200人以上の先生方,そして世界11の国と地域から50件近くの視聴希望があり,オンラインでの配信を行いました。後日出されたプレスリリースの反響として,国内の各都市や諸外国からも次回共同開催の希望が届いており,遠隔手術トレーニングに対する注目の高さが窺えます。

 また,参加した術者からも,「自信がついた」,「実際の手術でも前頭洞を大きく広げられるようになった」との好意的な声が寄せられました。

 Quintreeの使用には特別な器具は不要で,内視鏡モニタとノートパソコンをUSBコネクタで接続し,遠隔地とオンラインでつなぎます。3Dモデルさえ作製できれば,同様の方法で消化管内視鏡,気管支鏡,腹腔鏡,胸腔鏡,膀胱鏡など内視鏡手術全般に応用が可能で,地球上のどこからでも世界のトップサージャンから指導を受けられます。

 さらに,この3Dモデルでの模擬手術は,まだ医師免許を持たない医学生でも行うことができます。外科手術の本当の魅力は,やはり実際に手術を行わないとわかりません。医学生に外科分野一般の魅力を伝えるのにも効果的と思われます。

 このトレーニング講習会は30代の若手医師らが中心となり,ボトムアップで開催しました。誰かに言われてする“労働”はあまり楽しくありませんが,自発的に行う“努力”はとても楽しいものです。幸いなことに本学の耳鼻咽喉科はこうした若い力を応援してくれる土壌と度量があります。ぜひ耳鼻咽喉科で研修して,一緒に楽しく“努力”をしましょう。


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北海道大学大学院医学研究院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教室 助教

2005年北大医学部卒。18年より現職。Rhinologist(鼻科学者)。16~17年豪アデレード大耳鼻咽喉科訪問研究員。19年より同大手術トレーニング講習会運営委員を務める。15年日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会奨励賞。19,20年日本アレルギー学会Best Presentation Award連続受賞。訳書に『ウォーモルド内視鏡下鼻副鼻腔・頭蓋底手術』(医学書院)。

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