最善の治療をいち早く見つけ出せ!
パンデミック対応型国際臨床研究プラットフォーム:REMAP-CAP
寄稿 神代 和明,一原 直昭,齋藤 浩輝,鎌田 一宏,藤谷 茂樹
2021.03.15 週刊医学界新聞(通常号):第3412号より
公衆衛生対応と同様に重要な治療法のエビデンス構築
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が最初に報告されてから1年が経ちました。 世界中で1億人以上,日本でも40万人を超える感染例が報告されています。感染者のリンクを追う積極的疫学調査やクラスター対策,検査体制の確立,非常時の医療提供体制の構築,迅速なワクチン開発・流通の整備など,事によると普段はあまり顧みられず脚光を浴びない地味な公衆衛生対応が,COVID-19パンデミックの健康危機から国民を守るのに実は重要であることが再認識された1年ではなかったかと思います。
一方で本稿の読者である医療従事者の皆さんは,公衆衛生対応というよりは,第一線で患者さんに対応されている方が多いと思います。ではCOVID-19において,どれだけエビデンスに基づいた診療を行えているでしょうか(もしくは,特に2020年春先の第一波の時期に「行えていた」と実感されているでしょうか)。過去1年間を振り返っても,診療には治療法の確立が重要であることは明白です。
感染症アウトブレイクの初期には,治療の有効性に関する信頼できるエビデンスがない中,徒手空拳で治療法を模索するのは仕方がないことです。それでもできるだけ迅速に治療法を見つけ,患者さんの予後を改善させることが,前述の公衆衛生対応と同様に重要であることは間違いありません。そのためには,患者さんがいる現場(病院・診療所)からのプラクティスを集め,サイエンス(集合知)にしていく必要があります。医療者1人ひとりの経験は,このような健康危機だからこそ,次につなげるために無駄にできない,貴重なものであると言えます。
重症急性呼吸器症候群(SARS),新型インフルエンザ,エボラウイルス感染症など,かつて新興・再興感染症の流行が起こるたびに,流行の最中に治療法に関する科学的エビデンスをいかに迅速に構築するか,世界中の専門家によって議論されてきました。エボラウイルス感染症に関しては,2018年のコンゴ民主共和国のアウトブレイクの時に臨床研究が行われて,inmazeb(REGN-EB3)とebanga(mAb 114)という抗ウイルス薬に効果があることがわかり,実際の診療に使用されるようになりました1)。ともすれば混乱しがちなアウトブレイクの中,世界が団結して周到な準備のもとで治療法を見つけることができた好例です。
パンデミック時の治療法確立
一方で,こういったサクセスストーリーの裏には,過去の反省や学びがあります。エボラウイルス感染症の流行を振り返ると,2014年の西アフリカでのアウトブレイクでは,3万人近い患者が罹患する中,さまざまな治療薬候補が試みられました。しかし結局,安全で有効な治療薬はひとつとして見いだされませんでした。緊急性の高い新興感染症においては既存の知識に基づく最善の治療を提供することが求められ,比較試験を通じ,バイアスのない臨床エビデンスを集積する研究を迅速に立ち上げるのは困難でした。結果として,エボラウイルス感染症においては,ランダム化比較試験(RCT)は米国立衛生研究所(NIH)の主導により1件開始されたのみにとどまり,そのRCTも開始時期が遅かったため目標症例数に達しないまま終了したという経緯があります2)。
COVID-19に関してはどうでしょうか。今回のパンデミックでは多数の先進国が重大な影響を受ける中,大規模な臨床試験が世界各地で行われ,NEJM,LANCET,JAMA等の権威ある学術誌で結果が公表されています。その成果として,COVID-19が中国で探知されてからおよそ半年でレムデシビル3)が,続いて副腎皮質ホルモン4)が治療薬として有効性を確認されています。
国際的には,治療法確立のための臨床研究基盤の確立は,パンデミックへの対応の重要な「初動」のひとつでした。邦人退避武漢チャーター便ミッションやダイヤモンド・プリンセス号でのアウトブレイクなどが日本で問題になっていた2020年2月には既に,治療法を見つけるためのRCTの開始に向けて海外は動き出していました5, 6)。健康危機に即応できる多施設共同RCTの国際ネットワークが,平時から存在していたことを示唆しています。
日本も2020年3~5月の間,治療法確立のためにファビピラビルの特定臨床研究7)が行われ,先のレムデシビルの国際治験にも参加しています。一方で,アウトブレイク初期には,エビデンスがないマネジメントが行われることがしばしばありました。研究が行われたとしても,小規模RCTや比較グループのない観察研究に留まる場合が多いのが現状です。これはパンデミック中の医療現場や当局の負担と混乱を表していると言えます。
しかし本来はパンデミックのような健康危機にこそ,有効な治療を迅速に見いだすことが必要です。すなわち,パンデミックに際して診療現場に過度の負担をかけることなく,信頼性の高い多施設臨床研究を迅速に実施できるよう,平時から準備しておく必要があります。
効率的かつ柔軟,日常診療との親和性が高いREMAP-CAP
パンデミック感染症に対する有効な治療法を見いだすには,多国間協力による臨床研究が最も有効です。REMAP-CAP(Randomized,Embedded,Multifactorial,Adaptive Platform trial for Community-Acquired Pneumonia)は,まさにグローバルなネットワークを通じてパンデミック時に必要な臨床エビデンスを迅速に見いだすべく設計された国際臨床研究ネットワークです。
名称にCAP(市中肺炎)とあるように,REMAP-CAPは元来,特に集中治療領域における重症市中肺炎のための国際的臨床研究ネットワークとして設計され,2016年に患者登録を開始しました。2021年2月現在,欧米,オーストラリア,ニュージーランドなど世界19か国,300近い医療施設が参加しており,世界中で6000人を超える患者が登録されています。
REMAP-CAPの名称には見慣れない単語が並びますが,「特殊なRCT」という位置付けです。感染症危機における臨床意志決定支援を臨床研究と両立させるという考えに立ち,これまでの研究体制にはない特徴を多数有しています。
未知の感染症に有効な治療法を見つけるには,いくつもの治療カテゴリ(例えば人工呼吸器設定条件,抗凝固薬,抗ウイルス薬等)を試す必要があります。従来のRCTであれば,複数の介入を試すには,治療カテゴリごとに個別のRCTを実施する必要があり,時間と費用がかかり,臨床現場の負担も大きなものになります(図1上部)。これに対しREMAP-CAPでは,効率的かつ柔軟な(adaptive)対応が可能です8)。単一の患者を複数カテゴリの介入にランダム割付することで,実質的に複数のRCTを同時に実施(multifactorialデザイン)し,効率よくエビデンスを生み出します(図1下部)。
各治療カテゴリの症例数は事前に設定されることはなく,収集データの逐次解析に基づき,統計的に十分な症例数が集積された時点で終了となるため,試験の手間や費用が無駄になることはありません。また,それぞれの治療カテゴリの中で介入が複数ある場合,患者は,それまで蓄積されたデータに基づいて,最も有望な介入に割り付けられる可能性が高くなり(反応適応性のランダム化,response-adaptive randomization),有望でない介入は逆に随時除かれていきます(図2)。日常診療に研究を落とし込む(embedded)ことも重要視しており,例えば,介入割付は電子カルテ上のオーダーセットに統合されるなど,研究スタッフのみならず,臨床スタッフが日常診療を行うなかで24時間いつでも研究へのスクリーニング,募集を行えるようにさまざまな工夫がなされています。
さらには,REMAP-CAPは創設時より主要な目的のひとつとして「パンデミックへの対応」を掲げています。実際に今回のパンデミックにおいて,臨床現場で使用されている副腎皮質ホルモンの有効性を示したRCT研究のひとつ9)はREMAP-CAP上で行われており,これは2020年3月から患者登録が開始されていました。この論文のタイトルには“REMAP-CAP COVID-19 Corticosteroid Domain(治療カテゴリ)”とあり,副腎皮質ホルモン以外の他の治療カテゴリも同時に研究が走っていることを示しています。例えば,免疫調整薬の治療カテゴリでは,抗リウマチ薬である抗IL-6受容体抗体が標準治療に比較して有効であることがREMAP-CAP上で示されました10)。このように,数ある介入から迅速に有効な治療法を見つけ出すのに最適なプラットフォームであることを,今回のコロナ禍で証明しました。
国内の取り組みと展望
日本国内においては,2020年春からREMAP-CAP参加の準備が進んでいます。日本医療研究開発機構(AMED)のサポートを受けながら,国内向けのプロトコル調整,倫理申請承認も済みました(「アダプティブデザインを用いたCOVID-19国際多施設ランダム化比較試験と重症呼吸器感染症に対する臨床研究体制の基盤構築」)。現在は,参加施設の拡大,さらには日本集中治療医学会や日本感染症学会からの支援を受け,間もなく患者登録を開始する予定です。
COVID-19は世界中の多くの国において1918年のインフルエンザ・パンデミックと同等,もしくはそれ以上の公衆衛生上のインパクトをもたらしています。ヒトの往来がさかんとなった現代においては,呼吸器系新興・再興感染症は今後も必ず繰り返されます。今回のパンデミックをきっかけとして,将来の感染症危機に迅速に対応し得る臨床研究体制を構築できれば,国民にとって,現在の安心だけでなく,未来への大きな備えとなります。明日は,今日よりももっと良い治療を届けられるように。
*REMAP-CAPでは参加施設を募っています。ご興味がある施設の皆様はREMAP-CAP日本版オフィシャルページからお問い合わせください。
参考文献・URL
1)N Engl J Med. 2019[PMID:31774950]
2)N Engl J Med. 2016[PMID:27732819]
3)N Engl J Med. 2020[PMID:32275812]
4)N Engl J Med. 2020[PMID:32678530]
5)NIH. Study to Evaluate the Safety and Antiviral Activity of Remdesivir(GS-5734™)in Participants With Moderate Coronavirus Disease(COVID-19)Compared to Standard of Care Treatment.
6)Annals of the American Thoracic Society. The REMAP-CAP(Randomized Embedded Multifactorial Adaptive Platform for Community-acquired Pneumonia)Study. Rationale and Design.
7)Antimicrob Agents Chemother. 2020[PMID:32958718]
8)REMAP-CAP. What is an adaptive clinical trial?.
9)JAMA. 2020[PMID:32876697]
10)Interleukin-6 Receptor Antagonists in Critically Ill Patients with Covid-19 ― Preliminary report. 2021. doi:10.1056/NEJMoa2100433
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
PT(プロトロンビン時間)―APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)(佐守友博)
連載 2011.10.10
-
事例で学ぶくすりの落とし穴
[第7回] 薬物血中濃度モニタリングのタイミング連載 2021.01.25
-
連載 2010.09.06
-
寄稿 2016.03.07
最新の記事
-
医学界新聞プラス
[第3回]文献検索のための便利ツール(前編)
面倒なタスクは任せてしまえ! Gen AI時代のタイパ・コスパ論文執筆術連載 2024.10.11
-
対談・座談会 2024.10.08
-
対談・座談会 2024.10.08
-
神経病理の未来はどこへ向かうのか?
脳神経内科医と病理医の有機的なコラボレーションをめざして対談・座談会 2024.10.08
-
インタビュー 2024.10.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。