医学界新聞

寄稿 清住 哲郎

2021.03.01 週刊医学界新聞(通常号):第3410号より

 5G技術が進展し,VRと連携させたさまざまな取り組みが医療界でも進められている。そこで本稿では,時間と空間を超越できる「5G×VR」の災害医療への活用について紹介する。なお5Gは5Generation(第5世代移動通信システム),VRはVirtual reality(仮想現実)を指す。

 ―プルルル。ホットラインが鳴る。

「はい,明西医大救命センターです」

さぎさと消防指令課です。南町の倉庫で崩落事故,傷病者多数,詳細確認中です。受け入れいかがでしょうか?」

「わかりました,重症は2名まで,中等症以下は応相談,続報お願いします」

「了解, 今からVCPを立ち上げますので入室お願いします」

 VCP(Virtual Command Post)とは,医療・消防・警察・自衛隊などの関係者が,それぞれの場所に居ながらヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着することでVR空間内の「指揮所」に集合して連携・情報共有し,現場と双方向にやり取りをしながら活動を指揮・支援できるシステム,「バーチャル指揮所」である。私はスタッフに多数傷病者の受け入れ準備を一通り指示し,HMDを装着した(写真1)。眼前に360°の高精細ライブ映像が広がり,崩落現場の状況が一瞬で把握できる。落下物の下敷きで動けない傷病者がいるようだ。VCPでは消防職員のアバターが傷病者一覧を見ながら現場とやり取りをしている。

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写真1 実証実験で行われた模擬崩落現場でのVCPによる指揮・支援の様子
①②:VCP内で現場の状況を把握しながら情報共有し,現場の救急隊員を指揮支援する消防職員(①)と医師(②)。現場の状況(③)は,5Gを通じた4K高精細映像で遅延なく確認できる。両手のコントローラーを用いて,情報の取り出しや一覧が可能。③:現場でVCPを通じて医師からの指示を受け,傷病者の確認をする救急隊員。

「明西救命,清原です。遅くなりました。重傷者は?」

「11時の方向,救急隊長が対応中です,助言お願いします」

 高精細映像は,傷病者の顔貌,創部の状況を克明に伝える。私は救急隊長と意見交換して処置を指示し,傷病者一覧で当院への搬送患者を確認してから,HMDを外す。遠くから救急車の音が近づいてきた……。

 以上は2019年に筆者が所属する防衛医科大学校がKDDI株式会社,株式会社Synamonと実証実験1)を行った際の様子の一部である(発災や施設名,個人名などは全て架空,)。

 災害医療では現場の状況把握と多機関の連携が不可欠だ。通常は合同指揮所や調整所などを現場や官庁に開設し,医療・消防・警察・自衛隊・行政等の関係機関で情報共有を図る。しかし特に医療機関にとって,限りある人員を診療業務に加えて指揮所に派遣するには限界がある。また現場の状況把握には,音声・静止画・動画などさまざまな取り組みが従来行われてきたものの,即時性や双方向性の担保,必要な映像情報が必要な精度で得られないなどの課題が存在した。

 本実験では,5Gを通じて4K映像をリアルタイムに「VRコラボレーションサービス『NEUTRANS BIZ』」2)に伝送することで,VR空間内に災害現場の360°映像をリアルタイムに投影した。参加者はあたかも災害現場にいるような状況下で,アバターを通して相互にコミュニケーションを取ることができる。追加の情報はVR空間内のモニターで共有し現場の隊員をリアルタイムに指揮・支援することで,VCPが実用レベルで活用できる可能性を確認した。現状では5Gが使用できるエリアは限定されているなど,VCPの実装にはいまだ課題はあるものの,未来は確かにすぐそこまでやってきている。

 VCPのようなシステムは,チームビルディングにも応用が可能であろう。例えば,大規模震災時にはDMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)が自衛隊の艦艇で洋上医療を実施する計画がある。ここでは慣れない艦艇の中で初対面の医療チームが連携するという,難しい任務遂行が求められる。事前の打ち合わせや訓練が十分にできるのが理想であるが,必ずしもそうとは限らない。そこでVRを活用し,艦艇内の360°映像を背景としてVR空間内で打ち合わせを行えば,乗艦前に艦艇内部の情報を得た上でチーム同士・チーム内での連携を確認する「チームビルディング」を実施することができる。

 VRは平時の人材育成にも活用可能だ。災害医療を実際に体験して学ぶ機会は限られるため,通常は災害対応を模して教育訓練を実施する。しかしリアルな訓練をめざすほど準備に手間がかかり,頻回の実施は困難となる。VRを活用すれば,例えば多数傷病者に対するトリアージの訓練を簡単に,かつ繰り返し実施できる。また実際の災害現場や災害訓練現場の360°映像を素材としてVR教材を作成すれば,臨場感のある体験を「いつでも」「どこでも」「何度でも」繰り返せる。今やVR教材の作成に映像や3Dゲーム作成などの専門的な知識は必ずしも必要ではなく,教育に携わる者が必要な教材を自分で作成できる環境が整いつつある()。

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 筆者が教材用に「手作り」した多数傷病者の3Dモデル
多数傷病者に対するトリアージの訓練を想定し,教材用に災害現場を作成した。

 これまで筆者らは,あくまでVR教育は「普段体験しがたい事象において有用」と考え,災害対応や事態対処に力点を置いてきた。しかし新型コロナウイルス感染症対策の観点から,従来であれば実際に体験したり,集まって実施したりしていた「学び」の代替が必要となった。これをVR教育の新たなニーズとしてとらえている。現在までに,「360°映像が選択肢によってシナリオ分岐する教材」による処置判断トレーニングや,VRコラボレーションサービスと模擬モニターを活用したVR空間内でのシナリオ演習などを試作。臨床実習やoff-the-jobの蘇生教育コースを補完する「バーチャル・シミュレーションラボ」として,学生実習の一部等に取り入れている(写真2)。

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写真2 学生実習におけるバーチャル・シミュレーション
密集や密接を避け,VR空間の中で救急蘇生の訓練を実施している。

 VRは災害や新たな環境の変化に対し,実際の対応と教育という両面で大きな可能性を秘めている。すでに実装可能な技術も多く,さまざまな工夫により,現場に還元することができる。あらゆる事象をVR化するには莫大な予算と高度なテクノロジーが必要であるが,必要な要素をコスパよくVR化することで,未来を少し先取りできる。


:実証実験の様子はYouTubeより確認できる。

1)KDDI株式会社.国内初,災害医療対応支援に5G VRを活用.2019.
2)株式会社Synamon.NEUTRANS BIZ.2019.

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防衛医科大学校防衛医学講座 教授

1992年防衛医大医学科卒。博士(医学)。海上自衛隊医官。全国の部隊・自衛隊病院などの勤務を経て,2017年より現職。救急科専門医・指導医,社会医学系専門医・指導医,医学教育専門家。「いつでも」「どこでも」「何度でも」&「誰でも」「コスパよく」をめざし,救急・災害・防衛医学領域へのVR活用に取り組んでいる。

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