医学界新聞

対談・座談会 佐々木 幾美,後藤 薫,小陽 美紀

2021.02.22 週刊医学界新聞(看護号):第3409号より

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 基礎教育や臨床の継続教育に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が大きな影響を及ぼしている。基礎教育では昨年,多くの大学と専門学校で前期の実習が中止になった。日本看護系大学協議会(JANPU)が全国の看護系大学4年生の実習状況を調査した結果によると,計画されていた臨地実習を学内に変更したのは74.1%に上り,計画通り実施できた大学はわずか1.9%だった。4月に新人看護師を新たに迎える臨床の教育担当者は,どのような準備が必要か。基礎教育の立場から佐々木幾美氏が,日本赤十字社医療センター(日赤医療センター)と済生会横浜市東部病院(東部病院)()の教育担当者2人に,2020年度の対応と課題,次年度に向けた取り組みを聞いた。

(ウェブ収録)

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 日本赤十字社医療センターと済生会横浜市東部病院の2020年度新人看護師研修の対応

佐々木 国内の感染が拡大した2020年3月以降,臨床の新人看護師教育はどのような対応を迫られましたか。

後藤 毎年80~100人の新採用者がいる当院は,都内の感染拡大を受け慌ただしく教育計画を見直しました。新採用者は例年,集合研修とOJTを行き来しながら4月の1か月間を過ごします。看護技術についても通常は20~25人のグループに分けて集合研修を行っていましたが,昨年は集合研修を大幅に削減し,現場での教育に切り替えました。

佐々木 現場に4月から出て学ぶ方針を決断したわけですね。東部病院の昨年の状況を教えてください。

小陽 例年は,入職後1週間は全職種合同で集合研修を実施し,その後看護部の新人研修を6月までは週に1度,1年間を通して15日間実施しています。しかし昨年の2月,ダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に停泊した頃から院内ではCOVID-19への危機感が高まっていました。新人研修の責任者として,集合研修の場をクラスターにすることだけは避けなければならない。そう考え,新人研修は院内各病棟にある15か所の面談室に研修専用のパソコンとインターネット環境を整備し,同じ部署の新人が2~3人ずつパソコンの前で受講する,Zoomを用いた分散型の遠隔研修に変更しました。

佐々木 例年と異なる対応に,両施設の新人看護師は適応できましたか?

後藤 はい。OJT中心の教育体制は想定よりもスムーズに開始できました。先輩のそばにつくシャドウイングから始め,時間を掛けてゆっくり見て習う方針としたことで,集合研修を中止した影響は小さかったようです。

小陽 遠隔教育も工夫次第で集合教育の代わりになり得ると実感しました。新人がZoomのチャット機能を使いこなし,活発に質問していたのには感心しましたね。

 また,研修提供方法の変更は,院内各部門の協力なくしては実現できませんでした。遠隔教育の環境は,担当部署に相談した数日後に整備してもらえました。医師がカンファレンスなどで使う部屋も,研修の日は新人看護師に譲ってもらいました。各病棟の師長や先輩看護師が交渉してくれたと聞いています。研修講師の柔軟な対応もあり,結果として教える内容を省くことなく,質も担保できたと感じています。

佐々木 「新人看護職員研修ガイドライン」の理念にもある「皆で育てる組織文化」をまさに発揮したと言えます。これまで集合研修で多くの時間が割かれていた技術面の教育はどう行いましたか。

小陽 技術教育は,分散型の遠隔教育と各部署での技術練習を組み合わせました。例えば口鼻腔吸引の研修では,まず講師がZoomの画面上で手順や留意点についてデモンストレーションを実施します。その後,各部署の空いている病室や処置室に分かれて,新人がシミュレーターを用いて手技ができるようになるまで,各部署の教育担当者が練習にかかわります。例年と異なり各部署で技術練習を行っているので,ある教育担当者が機転を利かせて「今日は〇〇号室の〇〇さんが吸引をしているから見せてもらおう」と,技術練習の直後に新人を実践場面に連れていく姿を目にした時は,むしろ従来のやり方よりも効果的ではないかと感心したものです。

佐々木 新たな発見もあったのですね。4月からOJTで対応した日赤医療センターでは,技術の標準化に課題はありましたか?

後藤 OJTは病棟ごとのため,指導者が基本に忠実に教えられるように配慮し,手順と指導のポイントを統一して周知しました。ほとんどの看護技術を現場での教育に変更しましたが,採血や血糖測定のような侵襲を伴うものは,落ち着いた環境で練習できるよう,教育担当部門が2病棟ずつ少人数を集めて実施しました。

小陽 内容によっては,教育担当者自身も普段は実践することの少ない手技を教えなければならず,当院では看護手順に立ち返るよう徹底してもらいました。教える側の負担は大きかったようですが,本当によく頑張ってくれました。

佐々木 新人看護師の定着状況に,例年と比べ違いは見られましたか?

小陽 幸いにもCOVID-19が影響した離職はないようです。

後藤 当院は,出身地でのキャリア形成を考え退職した者が1人いた他は,新人の離職はありませんでした。入職後数か月経ってメンタルの不調を訴える新人も,今年度は少ない印象です。

佐々木 それはよかったですね。職場の先輩が意識的に言葉を掛けてくれるおかげでしょうか。

後藤 そうですね。新人がもし失敗しても,教育担当者をはじめ先輩たちは「自分のペースで大丈夫だよ」と見守ってくれています。ただ,他の病棟の新人と自己の成長や失敗した経験などを話し合うピアサポートが,入職から半年近く経った9月にずれ込んでしまいました。配属部署以外の同期と悩みを共有する機会が少ないことで,今後影響が出ないか注意していきたいと思います。

佐々木 本人たちはうまくいかない無力感を抱きがちかもしれません。ピアサポートを通じて自分の成長を確認し「自分だけがダメじゃないんだ」と思える精神面の支援も重要になりますね。

佐々木 さて4月には,新人看護師を新たに迎えることになります。新年度に入職する今の大学4年生や専門学校の3年生は,1年間実習に出ていない人が多く,実習に出られたとしても経験時間がきわめて限られています。こうした状況からJANPUの調査では,例年よりも丁寧な新人看護師研修を求める声が上がっています。

 また,統合実習の中止で知識と技術の統合が十分でないため,多重課題や優先順位の判断,多職種連携や安全管理に時間を割いてほしいとの要望があります。従来の新人教育との違いを両施設はどう想定していますか?

後藤 今年度は集合研修を減らして乗り切りましたが,次年度は病棟の負担を考慮し,教育担当部門が現場に出向いて指導する方法を検討しています。COVID-19専用病棟での治療や,回復後一般病棟のケアに多くの人員が当てられているためです。

小陽 同様の問題意識を当院も持っています。昨年4~5月の緊急事態宣言下では皆が力を合わせて乗り越えました。しかし,現場の負担も少なからずあった昨年の教育体制を続けるのは難しいでしょう。非常時の中で頑張ったマインドは長くは続かないからです。

佐々木 多忙な現場では,新人に対する手厚い支援と,独り立ちを促すバランスが大切になりそうです。学生の今年度の実習状況を踏まえ,次年度の新人看護師研修の準備をどう進めているかお聞かせください。

後藤 当院では昨年12月の師長会・副師長会で,次年度の新人教育に求められる配慮事項を考えました。その際,佐々木先生を講師としてお招きし,基礎教育の現状をうかがうことができました。その上で,①現場に慣れるまで教育のペースは例年よりもゆっくり進めること,②統合実習が不十分だったことを踏まえ,患者や職場のスタッフとのコミュニケーションに配慮することなどを確認しました。

佐々木 基礎教育と臨床の意見交換,そして看護部内での意思統一は,新年度の方針を考える上で他施設でも参考になる取り組みです。東部病院の見通しはいかがでしょう。

小陽 年度末に行われる教育担当者と実地指導者の研修で,新採用者の背景を踏まえた年間の教育計画を伝える予定です。新年度は「無理はしない,けれど簡単には諦めない」。これが教育体制を維持する土台になると私は考えています。院内教育は指導者の確保や受講生の出席など,その施設のCOVID-19による診療体制の影響を受けるため,教育計画は診療体制に連動させて複数用意する必要があります。

 実際に感染状況が少し落ち着いた昨年7月,集合研修が①実施可能な場合と,②実施不可能の場合の2通り挙げて方針を検討しました。見通しがついた教育担当者に安心感が生まれました。

 次年度は質の振れ幅をどこまで許容するか無理せず見極めながら,複数の病棟で補完し合う教育体制を整えたいと考えています。

後藤 COVID-19の影響は新採用者だけでなく,看護職員の持続的な継続教育においても考慮する必要があると思います。当院は,2年目以上の看護師がCOVID-19感染患者の専門病棟へ配属されています。例えばプリセプターとして新人教育に携わる機会をどう作っていくかなど検討が必要です。

佐々木 集合研修でのサポートや後輩に1対1で向き合う機会が自身の成長を促す側面がありますね。

後藤 ええ。引き続き看護部全体で取り組むべきテーマです。

佐々木 臨床におけるこれまでの課題と次年度の方針が見えてきました。4月からの教育計画を練る上で知っておきたい基礎教育の情報はありますか?

小陽 コロナ下に学び,今年度卒業する学生の強みはぜひお聞きしたい点です。教える側は,ともすると新人看護師のできないことに目が向きがちです。しかし,コロナ下の学習で獲得された強みがあるとわかればそれを引き継ぎ,意識的に伸ばしていけると思うのです。

佐々木 ありがとうございます。JANPUの調査では看護過程に十分時間を掛けられたとの前向きな意見がありました。本学の学生の学習状況を見ても,実習に代わる学内の演習や事例検討に時間を割けた分,問題解決の思考力は例年以上に培われたとの手応えがあります。

 しかし現実問題として,臨床ならではのスピード感と緊張感を体験する機会が乏しかったのも確かです。臨地実習に代わる演習で取り上げた事例はシンプルな展開が中心でした。複数患者を受け持ち,多重課題を抱えながら安全に看護を提供するまでに多少時間が掛かる点は考慮していただきたいです。

後藤 こうした基礎教育の情報は受け入れる側には大変貴重です。実習が少なかった反面,看護過程の展開や問題解決思考は例年より時間を掛けられたと佐々木先生からうかがっていました。そこで,まずは1人の患者さんにしっかり対応できるようになってから複数患者さんを受け持たせる方針です。さらに,夜勤の開始時期などを従来のスケジュールに当てはめて進めるのではなく,新人の進捗を見守りながらステップアップする予定です。

佐々木 学生を送り出す側として心強い対応です。さらにもう一つ強調したい学生の強みがあります。それは困難を乗り越えた経験です。コロナ下で先行きが不透明な日々が続いた1年,教員のサポートがあったとはいえ,学生の活動の多くは自律的な学習にならざるを得ませんでした。それでもめげずに課題を定期的に提出し,わからないことがあればメールやチャットで教員に質問し課題を解決してきました。自己管理を徹底して乗り越えた経験は,他の世代にない強みです。加えて遠隔教育の準備性も,これまでの卒業生と比べ格段に備わっています。

小陽 先輩看護師はあまり先入観を持たず,まずは教育を受けた状況を理解する姿勢が大切ですね。COVID-19の影響は新人看護師にとって背景因子の一つにすぎません。むしろ制約の多い学習環境を経験して臨床に出ようとしている次年度の新人は,相談やフィードバックを得る相手を自分から求めていける力が培われていると期待します。

佐々木 「看護師になりたい」との一心で困難な時期を乗り越えた学生の経験にはぜひ目を向けて伸ばしていただきたいですね。私たち教員も学生の課題を列挙するばかりでなく,強みも含め臨床の皆さんに実情を伝えていかなければなりません。

佐々木 本日は,コロナ下の新人看護師教育の工夫や今後の方向性をうかがいました。新人看護師教育は現在,2010年に策定された「新人看護職員研修ガイドライン」をよりどころに実施されています。コロナ下における両施設の新人看護師教育の工夫や今後の方向性をお聞きし,ガイドライン策定から10年にわたり地道に整備された教育の基盤があったからこそ,COVID-19の危機が訪れた今回も大きく動じずに対応できたのだと実感しました。

後藤 ガイドラインに収載されたチェックリストは毎年活用しており,新採用者や教育担当者が到達状況を確認する指標にしています。ガイドラインに沿って教育の体制が整ったのはもちろん,新人を皆で教える風土が築かれたことで,コロナ禍の緊急事態も組織が一枚岩となって乗り越えられました。

小陽 教育体制自体がにわかに揺らぎ,今までと違う不安に駆られたこともありました。そのようなときにガイドラインに立ち返り,「私たちはどんな看護師を育てるか」を繰り返し確認したものです。教育の軌道修正や再構築に大いに役立っています。

佐々木 院内の他職種にも新人を皆で育てる組織文化が醸成されていることが伝わり,2014年の改訂にかかわった立場として率直にうれしく思います。

 今後もCOVID-19の教育への影響は長期に及ぶとみています。なぜなら,今の大学4年生は3年間の実習経験がありますが,1~3年生の中には実習経験の極めて少ない人もいるからです。

 この先,基礎教育では学生の習熟度が不十分な内容を補完すると同時に,実習の代替として臨場感のある教材の作成や演習について臨床側の協力を得た取り組みが欠かせません。

後藤 現場の様子に少しでも触れられる場は重要ですね。今年度は臨地実習の中止を受け,現場の看護師が日本赤十字看護大学のケース発表会へリモートで参加し,臨床のエッセンスを伝える機会を設けていただきました。臨床での実習を行うことができない場合でも,こうした取り組みで今後も協力していきたいです。

小陽 学生が看護のやりがいや誇りを高められる場を提供したい気持ちを私たちも持っています。「看護の素晴らしさを知った原体験は実習だった」という同僚が私の周りにも数多くいるんです。実習で大切になる核の部分は何か,コロナ下の今こそ基礎教育と臨床が手を携え考えられると良いと思います。

佐々木 学習状況の異なる新人に適した教育体制を,この先も見直し発展させることが求められます。大学や専門学校と実習施設,あるいは自校の学生が多く就職する病院とで,より密接な協力体制を確立していく必要があります。新人を皆で育てるように,双方の情報共有を一層深めていきましょう。

(了)


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日本赤十字看護大学看護学部長・教授

1991年日本赤十字看護大卒業後,名古屋第二赤十字病院勤務などを経て,2000年日本赤十字看護大大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。11年より同大教授,19年より同大看護学部長。13~14年の厚労省「新人看護職員研修ガイドラインの見直しに関する検討会」構成員を務めた。

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日本赤十字社医療センター看護部 看護副部長

1992年聖隷学園浜松衛生短大卒業後,日本赤十字社医療センターに勤務。2019年より現職。看護部教育企画室室長を兼務。新人看護師への教育をはじめ,院内の看護職員全般の教育に携わる。

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済生会横浜市東部病院看護部 教育担当師長

1996年聖路加看護大卒。聖路加国際病院勤務などを経て,2003年聖路加看護大大学院看護学研究科博士前期課程修了。修士(看護学)。07年済生会横浜市東部病院の開設以来,教育専門の部署である看護教育室にて,看護師の現任教育や新人教育に携わる。

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