医学界新聞

FAQ

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

寄稿 三毛 牧夫

2021.02.08 週刊医学界新聞(レジデント号):第3407号より

 鼠径ヘルニア手術は,外科研修医が基本手技を鍛錬する場であり,外科手術の入門編として位置しています。

 2018年に発表された鼠径ヘルニアに関する国際ガイドライン,International guidelines for groin hernia management1)(以下,ガイドライン)では,それまでに蓄積されたエビデンスをもとに,鼠径ヘルニアに対する術式としてメッシュ法の一つであるLichtenstein法,組織縫合法の一つであるShouldice法,そして腹腔鏡下手術を推奨しています。しかし,鼠径ヘルニア手術を行う際,ガイドラインの情報だけでは十分とは言えないと私は考えています。まず,ガイドラインは鼠径部筋膜解剖に関する記載を欠いています。術者が解剖学的知識を正確に理解していなければ手術の再現性が得られないため,手術手技を評価することは困難でしょう。また,ガイドラインでは女性鼠径ヘルニア修復術に対する推奨術式を腹腔鏡下手術のみとしていますが,それを裏付けるエビデンスはほとんどありません。

 そこで本稿では,ヘルニア手術に欠かせない,鼠径部筋膜解剖と女性鼠径ヘルニア修復術の考え方を紹介します。

 鼠径部にある解剖学的構築物を全て視認できるようになることが大切です。そのためにはまず,局所解剖,特に筋膜構成を徹底的に理解しましょう(図1)。鼠径部の筋肉発生と,発生学的に形成された癒合筋膜であるinterparietal fascia浅葉・深葉の概念2)の理解によって,鼠径部の解剖学的構造物の全てが把握できるようになります。

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図1 男性鼠径部における縦断面(『レジデントのためのヘルニア手術』p.129より)

 鼠径部には外腹斜筋,内腹斜筋,腹横筋の筋外膜が,そしてその最外側に無名筋膜,最内側に横筋筋膜があります。外腹斜筋と内腹斜筋の筋外膜が癒合してinterparietal fascia浅葉,内腹斜筋と腹横筋の筋外膜が癒合してinterparietal fascia深葉となり,鼠径部には筋肉に関与した筋外膜が計4枚存在しています。また,精管・脈管・神経を含む円柱状の構造物である精索は,interparieta fascia浅葉・深葉により包まれていると考えられています。精索の全てが理解できれば,今まで力任せに施行していた,主にヘルニア嚢の確保のために行う精索のテーピングは,conjoined area3)と呼ばれる部分の適切な位置で筋膜1枚を切離することが可能になり,テーピングのためのトンネルを簡単に視認できます。

鼠径部筋膜構成を理解するためには,筋外膜であるinterparietal fascia浅葉・深葉を含む筋膜構成を視認できる力を養いましょう。


 近年問題となっている,鼠径ヘルニア手術における「慢性疼痛」を生じさせないための対策は重要です。そのためには,鼠径部に存在する3つの神経,腸骨鼠径神経,腸骨下腹神経,そして陰部大腿神経陰部枝がそれぞれどこに存在しているかを筋膜構成の中で理解する必要があります(図2)。「3神経を視認同定してから手術を行う」との意見をよく耳にしますが,神経の視認を優先したことにより,結果として筋膜を損傷してしまっては元も子もありません。

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図2 鼠径部の神経支配(『レジデントのためのヘルニア手術』p.48より)

 陰部大腿神経陰部枝は,精巣挙筋動静脈とともにblue lineと呼ばれ,図1の通りinterparietal fasica浅葉・深葉に包まれています。その静脈の色によって存在部位を類推できるものの,視認は難しいです。また,interparietal fascia浅葉の背側に位置する腸骨鼠径神経は,精索内のヘルニア嚢の剥離の際にこの神経を損傷しないよう,ルーチンでテーピングしますが,テーピングによる牽引は神経損傷につながるため推奨されません。

 さらに,3神経は1本ずつ存在するとは限りません。特に腸骨下腹神経は2本,3本と視認できる場合もあると認識した上で,手術を行いましょう。

慢性疼痛を防ぐ,すなわち神経損傷を来さない手術を行うためには,鼠径部の筋膜構成を把握しましょう。interparietal fascia浅葉・深葉の概念を理解すれば,鼠径部にある3神経を視認しやすくなります。


 男性に比して頻度が少ない成人女性の鼠径ヘルニアについて,記述のある文献はほとんどなく,前述のガイドライン1)においても記載は十分ではありません。女性に関する文献が少ない理由として,不十分で不正確な観察による手術,主観的な理解,解剖学的な知識の欠如などが考えられます。

 図3のように,女性においては腹腔内に存在する卵巣導帯(下生殖靱帯)が子宮円索形成に関係し,子宮円索は横筋筋膜の続きの筋膜(男性における内精筋膜)のみにわずかに被覆されているか,横筋筋膜の続きの膜は,薄く子宮円索そのものと一緒になってしまっています。女性の外鼠径ヘルニア嚢(腹膜)と外側の横筋筋膜の続きの膜との間に存在する腹膜外筋膜浅葉・深葉にも包まれて存在する場合もあり得ます。脈管については,日本解剖学会による『解剖学用語 改訂第13版』(医学書院)に子宮円索動脈との記載はあるものの,静脈についての記載はありません。これらの脈管と陰部大腿神経陰部枝は,深鼠径輪部で横筋筋膜の続きの膜を貫通しinterparietal fascia浅葉の背側,すなわち横筋筋膜の続きの膜とinterparietal fascia浅葉との間に入ります。つまり,解剖学を学ぶことで,ガイドラインに記載の少ない女性鼠径ヘルニア修復術も正しく行えるようになるのです。

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図3 女性外鼠径ヘルニアの筋膜構成(『レジデントのためのヘルニア手術』p.129より)
腹腔内から鼠径部に入る子宮円索は横筋筋膜の続きの膜と腹膜外筋膜浅葉の間にある。Interparietal fascia浅葉と深葉の癒合により形成された筋膜は,鼠径管部では全周性である。

女性外鼠径ヘルニアに関する筋膜構成はバリエーションに富んでいると考えられ,最も複雑な筋膜構成を理解することで,いかなるバリエーションにも対応できるでしょう。

Lichtenstein法をはじめとする鼠径ヘルニア前方アプローチは,外科医にとって学びの多い手術です。その詳細な筋膜構成を理解することで,さらなるアドバンス手術への道筋となり得ます。手術を「わかる」喜びへと変換させれば外科人生は豊かとなり,教育者としての素地も鍛えられます。


1)Hernia. 2018[PMID:29330835]
2)Condon RE. The anatomy of the inguinal region and its relation to groin hernia. In:Nyhus LM, Condon RE, editors. Hernia. 4th ed. JB Lippincott Co;1995. pp16-72.
3)Skandalakis PN, et al. The inguinal region. In:Atlas of surgical anatomy and embrylogy for general surgeons. Paschalidis Medical publications;2009. pp120-135.

総合南東北病院 総合医療センター部長

1982年秋田大医学部卒。1989年に博士号取得。2004年より亀田総合病院消化器外科に勤務。20年4月より現職。『レジデントのためのヘルニア手術』『ヘルニア手術のエッセンス』(いずれも医学書院)など著書多数。

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