医学界新聞

寄稿 竹原 健二

2021.01.25 週刊医学界新聞(看護号):第3405号より

 産前・産後は妊産婦がメンタルヘルスの不調になりやすい時期として広く知られる。近年,この産前・産後のメンタルヘルスについて,パートナーである父親にも焦点が当たるようになってきた。日本で「父親の産後のうつ」と呼ばれるこの課題は,英語では主に“Paternal depression”(父親のうつ)と呼ばれ,母親の産後うつ同様に,パートナーの妊娠期から産後1年までの期間における父親のメンタルヘルスの不調を指すことが多い。

 父親のうつが国際的な注目を集めるようになった1つのきっかけは,その頻度と子どもの発育・発達への悪影響を報告する論文が2005年にLancet誌に掲載されたことであろう1)。英国西部で実施された大規模コホート研究(Avon Longitudinal Study of Parents and Children:ALSPAC)のデータを用いたもので,父親が産後にうつのリスクがあると判定された場合,その子どもは3.5歳の時点で情緒や行動に悪影響が出やすく,その傾向は男児で特に顕著だと示された。その後,父親の産前・産後のうつに関する研究結果が次々に報告され,2010年にはJAMA誌に父親の産前・産後のうつに関する初めての系統的レビューとメタ解析の結果が示された2)。また2016年に報告されたメタ解析の結果では,74の研究結果を統合し,妊娠期から産後1年までで8.4%の父親がうつのリスクありと判定されることが示された3)

 父親のうつをスクリーニングする際には,国際的に母親の産後うつのスクリーニングツールとして広く知られるエジンバラ産後うつ病自己評価表(Edinburgh Postnatal Depression Scale:EPDS)が用いられることが多い。日本ではEPDSにおける母親の産後うつの区分点が8/9点であるのに対して,父親の区分点は7/8点とされ,国際的に見ても,ほとんどの国で父親の区分点は母親の区分点と同じか,より低く設定される傾向にある。EPDS以外のスクリーニングツールとしては,CES-D(Center for Epidemiologic Studies Depression scale)やBDI(Beck Depression Inventory),K 6(The Kessler Psychological Distress Scale)などが使用される。

 父親の産前・産後のうつのリスク因子についても研究は進んでおり,低年齢や低収入,不安定な就労状況といった社会経済的な要因に加え,父親自身の精神科既往歴,パートナーである母親の産前・産後うつ,夫婦関係の満足度,周囲からの支援の乏しさ,望まない妊娠,子どもが疾患や障がいにより治療を必要としていること,などが知られる。父親の産前・産後のうつによる影響としては,父親の育児行動の量と質の低下,子どもの情緒・行動・社会的な発達への悪影響に加え,母親の産後うつとの関連も示されている。近年,父親の産後のうつが思春期になった子どもの精神的な健康状態にも悪影響を与えることが報告されるなど,中・長期的な影響の検証が進められている4)

 日本において,2010年ごろまでは小規模な疫学研究によって父親の産後のうつに関する報告がいくつか行われてきた。その後2015年前後から,サンプルサイズが1000人規模へと拡大されたり,population-basedな研究デザインが用いられたりするなど,より良質な科学的根拠が示されるようになった。また,環境省が実施する大規模な疫学調査「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」からの知見も示されている5, 6)。2020年に報告された,日本で実施された33編の論文結果を用いたメタ解析の結果によると,産前に父親のうつのリスクありと判定される頻度は8.5%,産後1年間では8.2%~13.2%とされ,実態が明らかになりつつある7)

 2020年,われわれは厚労省の国民生活基礎調査(2016年)のデータを用いて調査を実施した。全国からの層化無作為抽出による代表性が高い集団において,1歳未満の子どもを持つふたり親家庭3514世帯を解析したところ,父親の11.0%に精神的な不調のリスクがあると判定され,母親(10.8%)とほぼ同水準であった8)。さらに,夫婦のいずれかもしくは両方が同時期に精神的な不調のリスクありと判定された世帯はそれぞれ15.1%と3.4%であった8)。夫婦が同時期に精神的な不調のリスクありと判定される世帯のリスク因子として,父親の長時間労働(週55時間以上),母親の睡眠時間の短さ(6時間未満/日),子どもが6~12か月であること,なども示された8)。夫婦が同時期に精神的な不調に陥ってしまうと,養育環境の悪化が懸念される。

 男性のうつはこれまで長時間労働や職場環境など産業保健・労働に起因するものとみなされてきた。しかし,日本において父親が期待される役割はこの10年で大きく変化し,父親も家事・育児をすることが当たり前という社会的な価値観が定着しつつある。社会が父親に期待することや,理想的な父親像が変化する一方で,父親の労働環境はあまり変わっていない。そうした観点から考えると,父親のうつは従来の産業保健・労働だけでなく,家庭と仕事の両立,双方による負担の合計といった視点をより採り入れて考えていく必要があるのではないだろうか。

 政府は2011年,当時67分と推計されていた父親の1日当たりの家事・育児関連時間を2020年には150分にする目標を立てたが,実際には最新データが公開されている2016年時点で,80分台までしか増加させられていない。日本の父親は英米や北欧などの他の先進諸国の父親と比べ,労働時間や通勤時間が長いことが知られており,家事・育児に費やす時間がすでに限られてしまっている。父親の家事・育児関連時間を増加させる策を考えることは,1日24時間のうち,何の時間を減らして家事・育児に充当するかを考えることでもあるはずだ。だが,これまでの議論はただただ家事・育児の時間を増やすことが前面に押し出され,何の時間を減らすのか,という現実的な視点に欠けたキャンペーンのようになってしまっている。

 父親は長時間労働に加え,家事・育児の負担の増加により,心身に負担が蓄積しやすい生活環境に置かれていると考えられるが,母親の多くはすでにそうした家事・育児の負担や仕事との両立に苦労をしている。そのため,父親は負担や疲労が蓄積していても,「母親の負担や疲労に比べればまだまだ……」となりがちである。しかし,そもそも父親と母親の負担を比較することは本質的な問題解決につながらない。父親のうつに着目し,予防・早期発見していくことは,単に父親の健康状態を維持するだけでなく,母親の負担軽減や子どもの健全な発育・発達につながるためにも重要なのである。ところが,産前・産後の父親を支援する保健医療の仕組みは皆無に等しい。

 2018年12月に「成育過程にある者及びその保護者並びに妊産婦に対し必要な成育医療等を切れ目なく提供するための施策の総合的な推進に関する法律(成育基本法)」が公布され,父親に対する支援の在り方に大きな変化が生じ始めた。成育基本法第六条には,国や地方公共団体が「保護者」に必要な支援を行うことが明記され,父親も支援の対象と位置付けられたからである。それを受け,自治体における父親支援の在り方や,父親の生活・健康の実態を明らかにすることを目的とした厚労省の研究班が立ち上がるなど,父親をいかに支援していくか,そして,その支援を通じて母子も含む家族全体を支えていく方策について,まさに具体的な検討が始まったところだ。産前・産後において最も大変であり,脆弱な状態にあるのは母親とその子どもである。父親にはその母子を支援する役割が期待される。一方で,社会としては,その母子を支援する父親を支援する,「支援者への支援」の考え方とその充実が求められている。


1)Lancet. 2005[PMID:15978928]
2)JAMA. 2010[PMID:20483973]
3)J Affect Disord. 2016[PMID:27475890]
4)Lancet Psychiatry. 2017[PMID:29153626]
5)J Psychiatr Res. 2018[PMID:29253720]
6)J Matern Fetal Neonatal Med. 2020[PMID:30563402]
7)Ann Gen Psychiatry. 2020[PMID:33292315]
8)Sci Rep. 2020[PMID:32792607]

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国立成育医療研究センター研究所 政策科学研究政策開発研究室 室長

2003年筑波大体育専門学群卒。国立保健医療科学院専門課程,筑波大大学院博士課程人間総合科学研究科修了。恩賜財団母子愛育会リサーチレジデント,国立成育医療研究センター研究所政策科学研究部研究員を経て,16年より現職。専門は母子保健,国際保健の疫学。

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