医学界新聞


学びを保障し魅力ある教育を創る

対談・座談会 阿部 幸恵氏,淺田 義和氏

2021.01.25 週刊医学界新聞(看護号):第3405号より

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 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で,ICTを活用した遠隔教育が広がった。遠隔で対応できた知識の学修に対し,実習に代わる技術面の教育は試行錯誤が続いているのではないか。「教育のニューノーマル(新しい常態)」が求められる今,人・物・場所などの障壁を乗り越えた教育をどう展開するか。シミュレーション教育の開発や指導者育成に携わる阿部氏と,遠隔教育におけるプラットフォームの運用とICT教育の支援に取り組む淺田氏の2人が,学生が生き生きと参加できる遠隔教育の作り方を議論した。

(ウェブ収録)

淺田 遠隔教育で,学生の集中力や意欲が高まった面はありませんか?

阿部 本当にそう。対面授業では私語やスマホを触る学生がいましたから,遠隔だと意外と集中しているので驚いたんです。「今までの私の対面授業は一体何だったの?」って(笑)。

淺田 臨場感は対面に劣りますが,遠隔教育でも種々のICTを活用することで,従来の対面授業と同等かそれ以上の双方向性が実現しやすくなります。

阿部 コロナ禍で教員は授業の工夫はもちろん,状況に応じた判断力や表現力が試されました。たとえ遠隔教育になっても,学生が次々発言する仕掛けを作れば学ぶ意欲を高められるはずなんです。スマホを触る暇も与えません。

淺田 COVID-19で物理的な距離が生じ,①何を教えるか,②どう教え,どう学んでもらうか,③どう評価するかに加え,④どのような環境で学んでもらうかが問われ試行錯誤の連続でした。

淺田 東京医大では遠隔教育にスムーズに移行できましたか?

阿部 学生や教員は戸惑うことなく適応できました。以前から全学生にiPadを配布し,学習管理システム(LMS)のMoodleを使っていたためです。

淺田 自治医大もMoodleを使っています。一部の演習科目では,感染対策の観点から昨年3月からオンデマンド形式に移行し始めました。

阿部 ただ,問題は臨床実習ですよね。

淺田 はい。本学は自治医大病院での臨床実習ができたものの,狭い空間での実習は時間を分けたり参加人数を減らしたりと苦心しました。医学部の地域医療やへき地医療の実習は院外の施設に頼らざるを得ません。医学部6年生が出身都道府県で行う実習もコロナ禍でストップしたままなのが気掛かりです。

阿部 東京医大病院には実習を受け入れてもらっていますが,関連病院以外での実習実施は多くの教育機関が直面した課題でしょう。本学も老年看護学と在宅看護学の実習はさすがに難しく,代替策を考えなければなりませんでした。

淺田 院外施設に代わる教育はどう行おうとしたのですか?

阿部 現場のスタッフとZoomでつないだり,患者さんの協力が得られればケアの様子も見せてもらったりする計画を立てました。臨地の指導者などが代替実習に参加したことは学生には勉強になったみたいで。臨地は緊張して動けないものですが,画面越しだと冷静に観察でき,振り返りもじっくりできたようです。Zoomの接続を歓迎してくださるスタッフの協力が大きかったですね。院外とつなぐパソコンも新たに購入し,臨床と教育を遠隔でつなぐ取り組みを積極的に行いました。

淺田 困難な状況でも,学生に学びの場を提供する工夫が必要です。対面でなければできないことと,遠隔で代替可能な内容をいかに区別するか。教える側にその判断が求められた1年でした。こうした教育方法の見直しは,コロナ禍という外圧があったからこそ迅速に実現した,とも言えそうです。

阿部 COVID-19の感染状況が改善しなければ,この先も実習は代替の学修にならざるを得ません。例年通りの体験ができずに生じた空白を心配する教員もいるでしょう。

淺田 この1年でオンデマンド教材が蓄積されました。考え方次第では,知識教育の面はむしろ空白を減らせたのではないかと前向きにとらえています。

阿部 同感です。考える力や他者の技術を客観的に評価する視点を新たな教材で強化できると感じているからです。

淺田 Moodleで蓄積された学修履歴もその後の学修支援に活用できるでしょう。一方,技能・態度面の学修をどう補充するかは教員が心配する点です。

阿部 そこで,手技のトレーニング方法が例年通りにできないことを見越して新たな学習方法を考えてみました。

淺田 どのような内容ですか?

阿部 技術の原理原則を学ぶ動画に加えて,学生が間違えやすい失敗場面の動画を作成して視聴してもらうものです。他者の技術のどこが問題かを考えさせて,客観的に評価する視点を養うのが狙いです。具体的には,学生がZoomのメインルームで動画を視聴して,次に,Zoom上でグループワークを行うブレイクアウト機能を用いて良い点/改善点などをまとめます。そして最後に,メインルームに戻り発表する。お手本の動画を視聴し,演習で教員のデモンストレーションを見て,学生個々で練習することが主流だったこれまでの演習と比べても十分効果が得られると手応えを感じています。

淺田 お手本という「正解」を学ぶだけでなく,失敗例から「不正解」についても問題点と対処法を学生が細かく指摘できれば,手技を知識として頭の中で再現できたことになりますね。

阿部 ええ。対面での技術練習ができるようになった時に必ずや生かされるはずです。

 さらに私たちは,体位変換の動作分析に関する動画教材を工学系の教員と共に新たに作ろうとしています。

淺田 それは面白そうですね。人や物の動きをデジタルで記録するモーションキャプチャーを使うのでしょうか?

阿部 そうです。例えば,仰向けの患者を横向きに動かす際の重心位置や,身体の使い方を可視化したデモンストレーション動画を学生に視聴してもらいます。練習した学生の動きも録画し,デモンストレーション動画と比べ自分の違いを客観的に振り返ってもらうコンテンツをイメージしています。

淺田 体の動きをトレースした上で違いの評価までできると,学生も興味を持って学修できそうです。普段,自分では気付かない体の動きやクセを意識させることにもつながり,個別化された教育の提供も可能になりますね。

淺田 阿部先生が遠隔教育の準備で心掛けている点はありますか。私は授業の大小にかかわらず,事前の練習や接続チェックを欠かさず行っています。予備のパソコンを用意するなどネットワークが突然切れた際の対応も想定して臨んでいます。

阿部 入念な事前準備は必須ですよね。Zoomを用いて講演や実技トレーニングをする際には,“1人Zoomシミュレーション”を前もって行います。カメラの位置,自分の見え方などをチェックします。複数の教員と連携して教えるときは,シナリオの確認と共にカメラ位置,画面を切り替えるタイミングなど細かく打ち合わせをしています。効果的な教育には教員のチームワークが欠かせません。

淺田 遠隔教育という新しい学修形態だからこそ,ストレスなく学生が学ぶことのできる環境作りは必要不可欠です。学びの場を提供する教員の役割がいかに重要か,教育の在り方に変化をもたらしたコロナ禍によって私も認識を新たにしました。直接対面できない学生との接し方はいかがですか。

阿部 コロナ禍の遠隔教育で私が追求したのは,教員が学生と一体感を持って学ぶ感覚を高めることです。Zoomを用いた座学の講義も,出席者全員の表情をこまめに見るよう心掛けています。1人では限界があるので,必ずサポートする教員と一緒に行い,学生全員を観察します。

淺田 100人近くいる学生を1画面で確認するのは難しくありませんか?

阿部 そこはサポート役の教員が画面をスクロールし,頻回に学生たちの様子を見ます。集中力を欠いた学生を見つけたら,メモに名前を書いて私に教えてくれるんです。すかさず私が,その学生を指名する。画面の向こうにいる学生も,発言を求められるとけっこう喜んで生き生きと参加していますよ。

 サポート教員には他に,画面共有の切り替えやミュートの解除,ネット環境の不具合が出た学生やブレイクアウトでうまく参加できなかった学生の対応などを助けてもらっています。主となって講義する側は話すことに夢中でどうしても手が回らないためです。

淺田 複数教員での役割分担も,対面とはまた違った形で求められています。助けがあればそれだけ有意義な講義や実習ができると思うと,遠隔教育に対応したスタッフの育成や配置は今後必要ですね。

阿部 教員が新しい力をつける意欲さえあれば困難な状況も乗り越えられるはずです。コロナだから「あれもダメ」「これはできない」とマイナスにとらえるのではなく,今置かれた状況で今までと違う時間の使い方をすればいい。既存の手法を組み合わせたブレンディッドラーニングを実施するなど,置かれた状況で最善のコンテンツを創意工夫しながら提供するのがプロフェッショナルな教員ではないでしょうか。

淺田 実習に代わる一つの方略であるシミュレーションも,対面や遠隔,バーチャル・リアリティ(VR)など他の方略との組み合わせが焦点になります。

阿部 学修方法のブレンドで今手応えを感じているのが,遠隔によるシミュレーション教育です。

淺田 教員と学生を遠隔でつなぎ別々の場所から実技を行うものですね。具体的にどう実施しているのでしょう。

阿部 Zoomにオンラインホワイトボード「Miro」を組み合わせた遠隔シミュレーションを行っています。看護学科の演習では3つの教室に学生を分け,各部屋に2人ずつ教員を配置します。主となる教員がカメラに向かって血圧測定や注射の方法などの技術をデモンストレーションするのです()。

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 東京医大で行う遠隔シミュレーション教育のイメージ
感染対策のため3つの教室に分かれ,主となる教員がデモンストレーションを行う教室(図上)と,他の教室をオンラインでつなぐ。各教室に教員を2人ずつ配置し,学生の進行をサポートする。

淺田 阿部先生の動きを学生が画面越しに見ているわけですね。

阿部 そうです。主となる教員は,3つの教室の状況を手元のモニターで把握し,3教室同時に進行します。

淺田 興味深い試みです。どのような点にメリットがありますか?

阿部 教室ごとに別の教員が進めるよりも,教育の質が均一に保たれる点です。本学の医学・看護学科と,姉妹校の東京薬大薬学部との多職種連携教育(IPE)では,Miroを使い遠隔でシミュレーションも行いました。多職種からなるチームがブレイクアウト後に,オンラインで参加する模擬患者さんの話を聞き,その対応をMiroにまとめていくものです。私たち教員が全チームのMiroを見ると,学生が今何をディスカッションしているかわかる。もしMiroへの書き込みが止まったチームがあればそのチームに教員がサポートに入ります。

淺田 オンライン診療も広がりつつある中,リアリティある体験になりますね。

 VRも取り入れていると聞きましたが活用の見通しはいかがですか?

阿部 VRは実習の代替に有効な方略となりそうです。患者さんと病床環境を学生が自由に見られるものと,登場する看護師をシャドウイングできるものの2パターンを作成しています。ただし,ゴーグルを着用すると車酔いの状態になる学生もいるので注意が必要です。VRの映像は短時間のものを大型画面でも見られるようにし,デブリーフィング(振り返り)に時間を多く割くようにすると良いですね。

淺田 VRに近い方法として360度カメラで撮影した立体的な映像を用いる方法もあります。臨場感はVRよりも減りますが,訪問できない施設の様子を酔わずに手軽に見られるメリットがあります。方略の組み合わせによって学生の姿勢に変化は見られますか?

阿部 遠隔での教育は高い集中力を維持して取り組めています。前期の成績は例年通りかそれ以上に達した授業もあります。オンデマンドだと繰り返し視聴できるので,学生はわからない部分を繰り返し確認して理解を深めているようです。

 学生が自宅から参加するオンライン授業で私語はできませんし,教員は参加している学生を次々に指名して発言を促すので,授業以外のことをする余裕もなくなります。そもそも私がMiroを使い始めたのは,遠隔授業でもディスカッションを活発にさせたかったからです。パソコンではZoom,配布したiPadでMiroを,さらに各自のスマホでLINEを使い議論することも良しとしました。

 統合実習の代替として学内で行った看護学科4年生のシミュレーション実習では,学生たちは教員が作成した模擬カルテを使って情報収集をし,関連図を描いて患者さんのアセスメントについて次々発表しました。その様子から,落ち着いた環境でじっくり取り組むことで思考に焦点化でき,臨地実習に行く以上の力をつけられたと実感します。オンラインによる教育はコロナが収束しても間違いなく続けますね。

阿部 コロナ禍で多くの障壁がある中,私たち基礎教育を担う教員はリアリティある教育を保障するため,シミュレーション教育など工夫を凝らしてきました。しかし,これだけで臨床に必要なスキルを身につけられるわけではありません。基礎教育で生じた空白を埋めるためにも,臨床での教育に期待する面はますます大きくなります。

淺田 医学教育では卒前のカリキュラムと卒後臨床研修での到達目標の整合が図られています。卒前・卒後をシームレスに接続し,評価を可能とすることが狙いです。その実現に向けた評価ツールの開発・導入も進んでいます。看護教育も基礎から臨床へシームレスに移行するために両者のギャップを見極め,卒後1~2年目の看護師に必要とされる教育内容が整理されることが第一歩となるでしょう。

阿部 基礎教育はあくまで一人前の看護師になる土台を築く場です。病院によっては設置が進んでいるキャリアセンターを核に,新人の課題克服と長所を伸ばす教育の在り方を共有していけると良いですね。さらに将来的には,現在努力義務である新人看護師の臨床研修を医師と同様に義務化する議論が始まってもいいと思うのです。

 感染対策が求められる状況にあっても学修の保障は欠かせません。困難な時期も,臨床とタイアップした教育によって一人前の立派な看護師を育てられると信じています。ぜひ教育の新しい形にチャレンジしていきましょう。

(了)


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東京医科大学医学部看護学科長・教授/同大学病院シミュレーションセンター センター長

防衛医大高等看護学院卒業後,榊原記念病院,東京医大病院などで臨床を経験。臨床の傍ら聖徳大人文学部教員養成コースに入学。博士(児童学)。2006年東京医大病院卒後臨床研修センター, 11年琉球大病院地域医療教育開発講座准教授を経て,14年東京医大病院シミュレーションセンター長,17年より同大医学部看護学科教授。日本看護シミュレーションラーニング学会副理事長。『臨床実践力を育てる! 看護のためのシミュレーション教育』(医学書院)など著書多数。

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自治医科大学 情報センターIR部門 講師

2005年東大工学部卒。10年東大大学院工学系研究科システム量子工学専攻博士課程修了。同年より自治医大メディカルシミュレーションセンター助教を経て16年より現職。この間,15年熊本大大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻修士課程修了。専門は教育工学。Moodleの運用などICT活用教育の導入支援に取り組む。日本ムードル協会会長,日本シミュレーション医療教育学会理事。

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