医学界新聞

インタビュー 山本 則子

2020.12.14



【interview】

ポストコロナ時代に向けた看護系大学の針路は

山本 則子氏(東京大学大学院 医学系研究科健康科学・看護学専攻 教授/日本看護系大学協議会代表理事)に聞く


 看護職を育成する看護系大学は2020年4月現在,276大学291課程ある。約800を数える本邦の大学の3分の1以上を占める。看護系大学もまた,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による教育環境の大きな変化に直面している。分野別評価の開始や,保健師助産師看護師学校養成所指定規則改正の中,コロナ時代の看護系大学がめざす方向性は何か。今年6月に日本看護系大学協議会(JANPU)の代表理事に就任した山本則子氏にビジョンを聞いた。


――今年の2月以降全国に広がったCOVID-19が看護学教育に与えた影響は何ですか。

山本 最も大きな影響は,対人支援を担う職種の育成に不可欠な臨地実習が例年のようにはできなかったことです。臨地実習に代わる学内の演習でもソーシャルディスタンスを要するなど,多くの大学で例年並みの教育ができていません。遠隔教育の導入など教員が工夫を凝らして取り組んでいるものの,今なお手探りの状況が続いているのが現状です。

――COVID-19の収束が見通せない中での代表理事就任となりました。現在の心境はいかがですか。

山本 いまだかつて経験したことのない非常事態に各大学が見舞われており,看護系大学を支援する責任の大きさを感じています。学生や教員は従来の教育手法が通用しない中でどうしたらいいのか不安を抱えています。そうした教育現場の課題をくみ取り,対応策を共に考えたい思いが一番にありました。

――JANPUの社会的な位置づけを,どのようにとらえていらっしゃいますか。

山本 定款にあるように,看護学教育の充実・発展と学術研究の水準の向上を通じて人々の健康と福祉へ貢献することです。看護の役割はこの10年,20年で大きく変わっていくでしょう。看護に対する社会の期待から,日本の高等教育において看護系大学の存在感が増しているように感じます。大学において看護学教育を行う強みを一層伸ばせるように尽力したいと思います。

COVID-19を契機に実習で得られる経験を整理する

――COVID-19の拡大を受け,看護系大学4年生の臨地実習に関する調査結果1)が9月に公表されました。どのような実情が明らかになりましたか。

山本 国家試験の受験に必要な最低限の教育は,先生方が工夫しておられますが,臨地実習への影響はやはり大きいようでした。緊急事態宣言が発出された期間を含む,4~7月の前期期間に当初の計画通り実習を実施できた大学は1.9%にとどまり,全て学内に変更した大学が74.1%に上りました。

 しかし,患者さんの体温や皮膚に直接触れたり,全身で向き合ったりするリアルな体験は,臨地実習でしか得ることができません。調査結果を踏まえJANPUでは,「新人看護職研修の支援に関する要望書」を厚労省医政局に提出しました。大学や地域によって実習の実施状況は異なるものの,例年通りに実習できなかったことに不安を感じる学生が少なからずおり,そのような状態で卒業していくことが懸念されます。そのような新人看護師に配慮が必要と思います。

――COVID-19の中長期的な影響を想定し,大学側にはどのような対応が求められると考えますか。

山本 臨地実習を補完代替する教育方法を検討してゆく必要があると思います。例えば,シミュレーション教育の充実はその一つだと思います。諸外国でシミュレーション教育が積極的に展開されてきた背景には,患者さんから実習を簡単に受け入れてもらえない場合が増えたことがあるように思います。日本では患者さんの理解もあり,看護実習が広く受け入れられてきました。しかし,COVID-19の収束が見通せない中,多数の学生が実習で現場に入れ替わり訪れることにはリスクが伴います。COVID-19によって実習に制約が生じたことを契機に,教育方法の新たな開発が望まれます。臨地実習だからこそ得られる経験と,その他の教育方法で代替できる内容について,データに基づいて整理することが必要ではないかと思います。

――データに基づいてとは,どのようなものを想定しますか?

山本 各大学がきちんとデータという形でフィードバックを得ながら教育プログラムをデザインする,ということでしょうか。臨地実習は最低何時間必要か,どのような内容はシミュレーション教育でよいか,など考える必要があるでしょう。データは必ずしも定量データだけではなく,実習の振り返りを文章化してまとめることなども重要と考えます。そのようにデータに基づいて,新たな時代の教育プログラムを考えていくことが必要と考えています。

――教育のニューノーマル(新しい常態)に対応した支援を求める声が,今後高まるのではないでしょうか。

山本 シミュレーション教育等で学生に臨床現場をなるべくリアルに体験してもらうには,単に人形を購入するだけではだめで,模擬的な病室環境の設定や入念なストーリー作りなど広範囲の取り組みが必要でしょう。このような教育のニューノーマルを実現するためには予算措置も必要であり,JANPUとしては予算の確保なども念頭に置いて各所に働きかけたいと思います。

地域のヘルスニーズを適切にくみ取り教育に反映を

――看護系大学の質保証にJANPUはどうかかわりますか。

山本 2018年から日本看護学教育評価機構(JABNE)が発足し,2021年から分野別評価が正式に開始されますので,JABNEに期待するところが大きくあります。どの大学も本学こそ優れた教育を行いたいと工夫を凝らしたカリキュラムを構築していると思います。一方で,看護学の学士教育を俯瞰して,望ましい教育の実現にどのような必須の要素があるかを正確に把握し,客観的な評価をもとに,各大学の教育力向上のための支援を組み立てていかなければなりません。2021年のJABNEの本格稼働に向けて,引き続きJANPUとJABNEの両組織間で密に連絡を取り合い,全国の看護系大学をエンパワーしていきたいと考えています。

――保健師助産師看護師学校養成所指定規則(以下,指定規則)が改正されました。一方で,アドミッション・ポリシー(入学者受入方針)やディプロマ・ポリシー(卒業認定・学位授与の方針)などに独自性が求められます。

山本 指定規則に基づいた到達目標を大学ごとにどう設定していくかは,コロナ時代になったため,今まで想定していたものとは次元の違う検討が必要になるでしょう。指定規則改正の方向性には,①解剖生理学や薬理学の充実による基礎的能力と臨床判断能力の強化,②医療の場が病院から地域へ展開されている現状を受け,「地域・在宅看護論」の内容充実,③裁量をもたせた実習単位の設定――の大きく3点があります。特に,②と③は,地域包括ケアシステムを確立していく上でどのような教育を行うか,地域ごとの検討が求められるように思われます。

 看護系大学は全国レベルの基準に依拠するばかりではなく,地域のヘルスニーズを適切にくみ取り教育に反映することも含め,独自性を追求したカリキュラム編成が必要になるでしょう。地域包括ケアシステム自体も,このコロナ禍において,どのように実現してゆくのかは変わっていくと思います。人々の健康というゴールは変わらないと思いますが,どうやったらそれが実現できるかの部分にかなりの変更が必要になってくるでしょう。そのような地域の多様性とその変化に即応できる教育が実現できるよう,看護系大学を支援していきたいと思います。

医療提供体制の変化に応じた高度実践看護師制度の役割は

――高度実践看護師育成の今後の見通しをお聞かせください。

山本 JANPUでは,高度実践看護師の教育に関して,専門看護師(CNS)とJANPUナース・プラクティショナー(JANPU-NP)の2種類の教育課程の認定とJANPU-NPの個人認定をしています。また,高度実践看護(APN)グランドデザイン委員会を設置し,CNSやJANPU-NPの育成に関する長期的な将来計画を検討中です。CNSは1995年の創設から25年になり,現在2500人ほどになります。JANPU-NPはまだ歴史が浅く,2019年度に初めての個人認定を行ったばかりです。2014年に特定行為研修制度が創設された中で,大学院の教育を受けた看護師の高度実践看護師制度をどう進化させればよいか,多角的な検討が必要です。

 JANPU-NPに関連して,日本看護協会が中心となって「ナース・プラクティショナー(仮称)」の制度化についての意見交換をしております。今後,日本看護協会とJANPU,そして日本NP教育大学院協議会との話し合いのもとで,歩調を合わせながら共同で制度を作っていく必要があると考えています。制度創設に向けた国への働きかけも共同で行ってゆく予定です。

研究知見の統合と可視化も,今後必要に

――COVID-19は看護系大学における学術研究の実施面にも多大な影響があったのではないでしょうか。

山本 看護系大学教員による研究に対するCOVID-19の影響については,日本看護系学会協議会(JANA)との共同で調査を実施しており,多様な場で影響を受けていることが明らかになってきました。コロナ時代の研究のあり方を長期的に見据えた対策と,看護系大学における全般的な研究力の強化を同時並行で進めていかなければなりません。

――質の高い看護ケアの提供に向け,研究機関としての機能も担う看護系大学の今後の使命と役割について伺えますか。

山本 看護系大学が今後取り組むべき研究には,大きく3つのタイプがあると考えます。1つめに,研究に基づいた看護の実践モデル,看護実践を高めるための研究がまず必要だと思っています。従来のEBPの考え方に基づく介入研究等の他に,事例研究やアクションリサーチ,実装研究など多様な研究方法が,看護実践を高めるために必要と思われます。

 2つめの役割は,研究知見の統合発信だと思います。介入研究を統合するメタアナリシスやガイドライン作成などの手法を使って,実践者が参考にしやすいように,研究知見を翻訳して提示することが必要と思われます。定量的な知見とともに,定性的な知見の統合も求められると思います。大学教員による研究といえば,個々の一次研究をすることがミッションとして挙げられやすいのですが,研究知見の統合と可視化も,今後必要と思います。

 3つめは,看護の有効性や効果的な看護師配置等に関するエビデンスを作ることです。これについては,私たちはこれから各種のビッグデータの解析について習熟していかなくてはいけない。このような解析に長じた研究人材を育成しなければと思っています。

 得られた知見を国内だけの発表にとどめず世界に発信することも強く推進したいですね。JANPUの国際交流推進委員会では,国際学会発表の指導法や留学経験者の報告会などを行ってきています。

――研究,教育に携わってきた山本先生のこれまでの経験を,JANPUの活動にどう生かしたいとお考えですか。

山本 市民のみなさまの期待に,より一層応える看護師を教育と研究を通じて増やしていく――。日本の看護系大学に求められるこの役割を果たせるように,私自身のこれまでの経験を全て生かしたいと思っています。

 JANPUがより効果的に活動するためには,JANPUが全国の看護系大学と共に歩む姿勢を持つことが何より大切です。さまざまな事柄について会員校の先生方と議論を深め,理事会として説明責任をきちんと果たして透明性ある組織運営を行っていきたいと考えています。

(了)

参考文献・URL
1)日本看護系大学協議会高等教育行政対策委員会.2020年度看護系大学4年生の臨地実習科目(必修)の実施状況 調査結果報告書.2020.


「市民のみなさまの期待に,より一層応える看護師を教育と研究を通じて増やしていく」

やまもと・のりこ氏
1986年東大医学部保健学科卒。東京白十字病院と虎の門病院に勤務後,91年東大大学院医学系研究科修士課程修了。米カリフォルニア大サンフランシスコ校(UCSF)に留学し,94年博士課程修了。2003年には同大ロサンゼルス校(UCLA)nurse practitioner programを修了した。千葉大看護学部助教授,東京医歯大医学部教授を経て12年に東大大学院医学系研究科教授。20年6月に日本看護系大学協議会代表理事に就任した。

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