医学界新聞

2020.12.07

《評者》獨協医大教授・総合診療医学

まず,本書評を書かせていただくにあたって触れるべきこと。それは何をかくそう,評者(私)の最強メンターは本書の監訳者,徳田安春先生であるということである。徳田先生はどのようなメンターであったか? それを語るには,本書で個人的に最重要章と感じる,Chapter 3をお読みいただきたい。同章の骨格となるポイント,すなわち「メンターでなく,メンティー自身の成長に有益なタスクを与えよ」「動き続けよ」「難しい対話に備えよ」「いつでもつながれるようにする」(詳細は本書をお読みください)などは,まさに往年の徳田(メンター)―志水(メンティー)の関係そのものを言語化したものである。徳田先生と出会ったのは2005年11月,東京都立墨東病院での徳田先生の講演で,自分はそのシャープかつ俯瞰的な指導に魅了され,徳田先生の行く先々に追随し,オンライン・オフライン問わず,バスの中で,飛行機の隣で,新幹線の往復で,フレッシュひたちの中で,貴重な教えをスポンジのように学んだ。宝物のような時間だった。それは自分が米国に滞在した中でも後も継続したのである。「ジャーナルではレビューとエディトリアルを毎週フォローしてください」「私が診ます,といえば丸く収まるのです」「スピードと集中がカギです」など枚挙にいとまがないが,全てメンティーの自分がメンターとして拡散すべき“グレート・アントニオ”徳田の教えである。

いきなりChapter 3にフォーカスしたが,ここで本書の構成を紹介したい。本書は全10 chapterからなり,メンターへ(Chapter 1-3),メンティーへ(Chap ter 4-7),そしてメンター&メンティーへ(Chapter 8-10),という3部構成に分けられている(さらに巻末に約50ページにわたるメンタリングの参考文献の数々の紹介もうれしい)。とはいえ,メンターはメンティーの章を,またメンティーはメンターの章を読むことで,相手の立場をおもんぱかることができる。その結果,全ての読者は本書の全ページから重要な学びを得られるだろう。

本書の優れたところは他にもたくさんある。ダイバーシティ(Chapter 9)やミレニアル世代(Chapter 8)にも配慮しているところは秀逸である。特に,世代間の違いでは,例えば評者が心酔する昭和プロレス式「プッシュアップとスクワット」でナンボ,はミレニアルには地雷(というかアウト)である。このような時代のギャップへの配慮も大事である。徳田先生の「年齢を重ねると時代にマッチした戦略を立案することが難しくなる」(p.96)はメンターにとって心すべき金言である。だからこそ,メンターとメンティーのお互いの振り返り(Chapter 10)と柔軟な心が必要ということになる。

序文にもある通り,メンタリングの関係は相互的であり,メンターはメンティーによって知の拡散を実現し,メンティーはメンターにより知へのガイドを得られる。しかしそれがWin-Win,Give and Takeのようなドライな関係で終わらないのは,本書では明言して強調こそされてはいないものの,その文底で語られる,師弟愛ともいうべき互いの信頼関係である。そう,究極的にはメンタリングとは愛だと思う。

本書はメンタリングという難しくとっつきにくいテーマを,米国を代表するSaint/Chopraという臨床教育2大巨頭がわかりやすく解説し,それが日本代表の臨床教育マイスター徳田安春&沖縄アソシエイツの手によって日本のあらゆる層にコモディティ化されたという,希代の名著ともいえる。2020年,いや,2020年代を通じたMust Buyといえるだろう。


《評者》社会医療法人柏葉会柏葉脳神経外科病院理事長・院長

私は脳神経外科医として顕微鏡手術を学び,現在も手術を継続している。北大脳神経外科で初めて内視鏡手術が行われたのは,下垂体腺腫の手術だったと記憶している。私の部下が初めて下垂体腺腫に対して内視鏡手術を行った時のことは今でも鮮明に覚えている。私は術衣に着替え顕微鏡と共に手術室内に待機した。手術が難航した際には顕微鏡手術に切り替えるつもりだったからだ。当時の内視鏡は今よりも解像度が低く,内視鏡手術用の道具も限られていた。顕微鏡手術の倍の手術時間と出血量を要したが,私は一度も手術を替わろうとは思わなかった。自分がどんなに工夫しても顕微鏡下手術では見えなかった海綿静脈洞壁や鞍上部がモニターに映し出されていたからである。

ウォーモルド先生が執筆された本書には内視鏡下手術の利点,特に優れた可視性を最大に生かした手術手技が網羅され,しかもその一つひとつが細部に至るまでしっかりと書かれている。例えば内視鏡下髄液漏閉鎖術の章で紹介されるバスプラグ法などは脂肪の採取の部位,糸のかけ方,使用する道具,術後の管理,腰椎ドレーンを入れた場合はその排液量までが細かく記載されている。「賛否が分かれるかもしれないが」とただし書きをつけた上で,ウォーモルド先生の手技が紹介されている。本書を読んでいると,このような細かな手術手技や術後管理を学びにかつてはお金と時間を費やして海外にまで行ったのに,と思われる諸兄も多いはずである。

1990年代,本邦の頭蓋底手術は世界をリードしていた。しかし当時の日本には手術に必要な外科解剖を学ぶ方法が少なかった。われわれは海外のカダバーラボに在籍して毎日微小外科解剖の勉強をし,来るべき手術に備えて解剖学的指標をアナログ写真に残していった。本書の特筆すべき点は,献体を使った高画質の微小外科解剖写真がふんだんに使用されていることである。例えば頭蓋底手術では手術の手順に沿って,蝶形骨洞,海綿静脈洞や斜台の解剖学的指標が明確に示され,それらはCT写真やナビゲーション画像と連動してわれわれを安全な手術へ導いてくれている。スマートフォンでQRコードを読めば動画で手術道具の使い方や止血方法が解説される。微小外科解剖が安全な手術を行うためにいかに重要であるかを熟知した外科医の書いた手術書である。高画質の頭蓋底微小外科解剖が提示されているという点においては顕微鏡,内視鏡を問わず,頭蓋底手術に携わる多くの医師にぜひ読んでいただきたい手術書である。序文にもある通り,メンタリングの関係は相互的であり,メンターはメンティーによって知の拡散を実現し,メンティーはメンターにより知へのガイドを得られる。しかしそれがWin-Win,Give and Takeのようなドライな関係で終わらないのは,本書では明言して強調こそされてはいないものの,その文底で語られる,師弟愛ともいうべき互いの信頼関係である。そう,究極的にはメンタリングとは愛だと思う。

最後に,しびれるような手術書を上梓したウォーモルド先生に敬意を表するとともに,日本語版の出版に尽力された北大耳鼻咽喉科・頭頸部外科の医局員の先生方に心から感謝を申し上げたい。


《評者》名大教授・手外科学

本書の主役である「手」のことを深く理解する人はどれほどいるだろうか? 手はとても身近な器官であり,ほぼ全ての所作にかかわり,営みのあらゆる場面を支え,そして,「第2の目」と称されるように貴重な情報収集源ともなっている。人々は「手の価値」を問われれば異口同音に「大切」と即答するだろうが,その際羅列される根拠の大半が「手」からすれば実に過小で心外なものであろう。この状況は「空気」,「水」,「伴侶」,など,あまりにも身近であるが故にことさらに考えることを忘れがちなものに共通する。「脳」は異なるもの,まれなものへの分析が大好きだが,当たり前のものへの敬意は総じて足りない。「あって当然」であり,「居ることが当たり前」なものは失って始めて真の価値に気付かれ,深い洞察の対象となるのである。

本書の原題は『The Hand and the Brain:From Lucy's Thumb to the Thought-Controlled Robotic Hand』と随分潤いを欠くものである。これに対する邦文タイトル『手に映る脳,脳を宿す手』はとても神秘的で,読者の好奇心をくすぐるものとなっている。タイトルは本の顔であり究極の要約であるが,原書と訳書でこれほどにタイトルのテイストが異なる背景には砂川融先生をはじめとする本書の翻訳にかかわった全ての人の,読者へのある種の込められた思いがあるのだろう。

本書を手にする方の大半はこの世に「Hand Surgery(手外科)」という外科分野が存在し,わが国にも1000人を超える手外科専門医が居ることを知らないだろう。本書の著者Göran Lundborg先生と本書を監訳した砂川先生はいずれも現代を代表する手外科医である。「手外科」は2度の世界大戦により生まれた大量の障害者の機能回復を目的に米国陸軍がリードして国策により設置した外科領域であり,「手」の繊細かつ高度な機能を回復させるには整形外科/形成外科/血管外科の三領域をまたぐ外科技術の開拓が必要との認識に基づいて1945年に始まった新興外科分野である。1 mm以下の細かい血管や神経を操作する微小外科技術を開拓し,麻痺により失われた機能を再構築する多様な外科治療を創造してきた。1945年当時はいかなる外科医も寄せ付けずno man's landとすら形容された手の重度損傷治療も今日ではリーズナブルに回復させることができる。このように長足の進歩を遂げた“手外科”であるが,奇しくも砂川先生が訳者前書きで吐露したように,「動く手は再建できても究極の目的である『思い通りに動く手』を再建できない」とのざんげは全ての手外科関係者が共有するものである。「手」は脳の延長,外部の脳,そして魂の鏡とも表される。「手」の役割はマニピュレーションに留まらず,思考を助け,意思伝達を担い,目や耳と相互補完して脳に世界をビビットに映し出す。従来の手外科に欠けていたのはここへの配慮であり,ここに訴求しないと本当の手を回復できないのである。Lundborg先生が人類学からロボテックスに至る広範な話題を通して紹介する「手」の実像は手外科医としてのざんげから出立した科学の旅路で拾い集めた情報に基づき描かれたものであり,われわれがBrain Science Based Hand Surgeryと呼ぶ次世代手外科に礎を与えるものである。難解な専門用語を意図的に排除してわかりやすく紹介されるめくるめく手と脳の関係は医療にかかわりのない一般の読者にも十分に楽しめるものだろう。本書を通して,ともすれば忘れがちな“手”を多くの皆さんに深く再考していただきたいと思う。


《評者》宮城県立がんセンター薬剤部主任薬剤師

薬剤師,医療専門職に限らず,ひとの知識というものは,その人が持っている“ひきだし”の数によって表すことができるのではないかと考える。数は少ないが広くて深い引き出しを持っている人もいるし,小引き出しをたくさん持っている人もいる(空の引き出しばかりの人もいるかもしれないが)。よく,医療専門職は一生勉強と言われるが,それはすなわち「知識の棚卸しや入れ替えを繰り返しながら,引き出しの中身をブラッシュアップし続けること」を意味しているのではないだろうか。時には,引き出しの奥から古くなって変色した知識も出てくることもあろうが……。

これだけの情報量を1ページに収めるための多大な工夫・ご苦労は察するところではあるが,「少しだけ惜しいな」と思ったのは,各項のビジュアルアブストラクトがややbusyな印象があり,忙しい時にぱっと見ようとすると近眼(老眼の方も……)には少しつらいところがあることである。ただ,それを差し引いても書籍全体の情報の密度は目を見張るものがあり,新人から中堅,ベテランまで必携の一冊であることは間違いないと考える。

本書の優れたところは他にもたくさんある。ダイバーシティ(Chapter 9)やミレニアル世代(Chapter 8)にも配慮しているところは秀逸である。特に,世代間の違いでは,例えば評者が心酔する昭和プロレス式「プッシュアップとスクワット」でナンボ,はミレニアルには地雷(というかアウト)である。このような時代のギャップへの配慮も大事である。徳田先生の「年齢を重ねると時代にマッチした戦略を立案することが難しくなる」(p.96)はメンターにとって心すべき金言である。だからこそ,メンターとメンティーのお互いの振り返り(Chapter 10)と柔軟な心が必要ということになる。

個人的には,本書を初めて手に取ったとき,表紙の次の見返しにあるお役立ちインフォグラフィックスに非常に目を引かれた。このようなスタイリッシュな情報提供ができるようになりたいものである。どんな内容なのかは,ぜひ本書を実際にご覧になって確認してほしい。


《評者》愛知県小牧市消防本部消防署署長補佐

救急救命士法が制定されて30年目となる本年,救急救命士がよりプロフェッショナルになるための本『病院前救護学』が出版された。

本書の中で郡山一明先生は,「救急救命士は現場とはどういうものかを,経験によって得られた暗黙知ではなく,分析的かつ科学的な観点から改めて知っておく必要があります」と書かれている。これまでの救急救命士の訓練は,経験と勘に頼った「暗黙知」によるものや,地域MCのプロトコールに沿った活動の訓練,観察や処置の順番を覚えるというようないわゆる操法的なものが中心で,その指導方法も指導者となる救急救命士個人に頼ることが多かったと思う。一方で,救急救命士制度発足以降,病院前救護活動に関するさまざまな教育コースが開発され,全国各地で展開されてきた。しかしながらそれは,あくまでも病院前救護活動における標準的な指標の一例にすぎず,自分たちが出動する救急現場を全て包含できるものではない。そのため,それらの教育コースを受講した救急救命士はその内容をさらに発展させる必要があると思うが,教育コースで学んだことが生かしきれていないのが現状ではないだろうか。

そうした現状を打破するために,ぜひとも本書を活用すべきと思う。本書では,訓練論として,「訓練課題の抽出」「訓練計画」「訓練設計」というように,順序立てて訓練を組み立てることができるようになっている。また,その他にも,現場論,チーム論,組織における人材育成論,地域解析論など,消防における病院前救護活動にグッと踏み込んだ内容となっている。中でも評者自身が特に印象的だったのは「地域解析論」である。評者も郡山先生から直接ご指導いただき,搬送した傷病者の傷病名を分析して,自分たちの救急活動の根拠を見いだすことができた。救急救命士の皆さんにも現場論に書かれているFagonのノモグラムを用いたり,地域解析論に書かれているような自地域の解析から始めてみたりすることをお勧めしたい。いずれにしても,本書は知識を詰め込む形式ではないため,実際に本を片手に実践していただきたいと思う。

病院前救護活動の向上は,現場の救急救命士にしかできないし救急救命士がやらなければならない。消防署において救急を管理する立場の方,指導救命士,指導救命士をめざしている方,救急救命士研修所の教官,後輩の指導に行き詰まっている救急救命士など,救急救命士を指導する立場の全ての方に,ぜひ一読することをお勧めする。

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