医学界新聞

寄稿 石川 和信,諸井 陽子

2020.12.07

インターネット上で構築されるコミュニケーションの場を提供する,SNS(Social Network Service)を介した誹謗中傷やいじめにより自らの命を絶つニュースが相次いで報道され,政府も問題のある発信者の情報開示請求の手続きを簡素化する方針である。モバイル端末の普及やSNSプロバイダーの拡充により,簡便に情報の獲得やコミュニケーションの輪を広げることが可能になった反面,プライバシーの無断開示,差別的な書き込み,性犯罪,殺人などの深刻な社会問題が生じ,情報モラル教育とSNS利用者の行動規範の確立が求められている。

翻って医療分野に鑑みると,臨床実習や臨床研修でも電子カルテ記載やネットワークを介した検査データ,画像イメージの伝達が日常化している。近年,医療系学生と医療専門職が引き起こした報道が相次いだことから,問題事例の調査と事故防止のための研究を行ったので紹介する。

2005~14年に国内で報道された医療系学生と医療専門職が引き起こしたモラルハザード事例をデータベース解析し,20件の事例を抽出した1)。8件が医療系学生,12件が医療専門職による事例で,10~20歳代によるものが過半数であった。

事例の中身(重複あり)は,守秘義務違反10件(医療系学生3,医療専門職7),動物解剖の写真を猟奇的な表現を加えてアップするなどの悪ふざけ6件(医療系学生2,医療専門職4),遺族等への誹謗中傷5件(医療系学生1,医療専門職4),試験等での不正行為2件(医療系学生2)で,懲戒解雇や退学などの厳しい措置となった事例も確認された。最近では,看護師が新型コロナウイルス感染患者の個人情報を親族と同僚にスマートフォンアプリLINEで送信し,受け取った親族と同僚が周囲に拡散した事例が報道された。モラルハザード事例は継続して発生している。

われわれはこれらの事例の分析から,SNS関連の問題行動を「不適切・不必要な医学・医療情報の収集や投稿」「医療情報についての守秘義務・プライバシー違反」「医師としてのプロフェッショナリズムの逸脱・倫理観の欠如・悪ふざけ」の3つに区分した2)。以下,それぞれの概要を述べる。

具体例としては,臨床実習や臨床研修で担当した患者の診療録,検査・治療の文書,同意書などの電子情報を個人のUSBにコピーしてパソコンに保存することが該当する。医療系学生や研修医の日常では,カンファランスや学会発表の準備に追われ,患者の個人情報を含む電子データを自宅に持ち帰って処理したいという状況が生じるが,診療情報に関する院内ルールの遵守が求められる。臨床研究者が登録患者データを個人のUSBに不正コピーし,出張先で紛失したことで厳重処分を受けた事例も報告されている。患者が特定され得る診療情報(病院名,ID,イニシャル,年齢,性別,国籍等)を含んだ文書・画像・検査データをクラウドサービスにアップロードすることも不適切な行動である。興味本位で知人や著名人の電子カルテを閲覧することも不適切な情報収集に該当する。

LINE,Twitter,YouTube,Instagram,Facebook等を通じて,不特定多数の人々に患者情報を発信することは,医療系学生にせよ医療専門職にせよ厳重な処分が科される。患者個人が特定されないと判断しても想定外のところから患者に不利益がもたらされる事例がある。日常診療の記録として,ブログ記事をインターネット上につづる医師が散見されるが,担当患者やカンファランス等で話題に挙がった患者・家族についての記載は避けるのが望ましい。一度SNSに発信した内容は,当初のサイトから不特定多数の人にコピーされ追跡不能な状況となり,相手の不利益を完全に償うことができないことを理解しなければならない。

社会問題化しているオンライン上の誹謗中傷やいじめが該当する。うまく対応できなかった患者や家族に対する反感,怒りを発信し,相手の人格や尊厳を顧みず不特定多数の人々に共感を求めた事例が報告されている。多くの場合,投稿者が感情的になり,相手の個人情報やプライバシーが侵される。病気や障がいによる身体的特徴の揶揄,動物虐待,解剖の献体・標本を使った悪ふざけの写真・動画の投稿もこの範疇である。いずれも医師としてのプロフェッショナリズムや,生命倫理に対する理解の未熟さからと考えられる。医師の立場は,病院から離れたSNS上でも社会から認知されることを心に留める必要がある。

医療系学生・医療専門職によるSNSモラルハザード事例は上述した3つに大別されるが,実際の事例では3要素が重なり合って問題を助長している場合が多い。に筆者らが作成したモラルハザード事例を踏まえたSNS利用チェックリスト10項目を示す。今後,義務教育過程ではネットリテラシーを身につけるための学習が導入されるが,医療系における教育研修ではいまだ発展段階であり,ICT利用の技能的側面に加え,倫理的側面の充実が求められる。

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 医療系学生と医療専門職のためのSNS利用チェックリスト(文献2より一部改変して転載)

2020年6月に日本財団が全国の17~19歳の男女1000人を対象にSNSに関する意識調査を行った3)。SNSの利用経験があると答えたのは94%であり,情報収集,友人とのやり取り,学校や仕事などの連絡のためにSNSを日常的に利用し,うち40%は何らかの情報発信の経験があった。また12%が誹謗中傷の被害,5%が批判・悪口の発信や誹謗中傷発言をシェア・リツイートしたと回答している。回答者は一般の高校生,大学生,社会人ではあるものの,とがめられる理由がわからないまま長期間苦しんだり,アカウントを特定され実生活でのいじめに発展したりした経験も述べられている。

SNSの匿名性は権力者からの非人道的な行為に抗するための担保と考えられているが,一部の人々が誤った正義感から一個人を対象とした攻撃を繰り返している。また,SNSの情報発信の拡張性が誹謗中傷の拡散をシステム的に支えている実態があり,ネットリテラシーを犯す個人のパーソナリティーの特徴が心理学領域であぶり出されてきた。多くのSNS利用者が問題発信者への厳罰化と情報開示の迅速化を法的に求めているのも事実である3)

SNSは喜怒哀楽が見えない相手と向き合う対人行為であり,アイコンタクト,うなずき,表情から汲み取るべき非言語的情報が欠落したコミュニケーションツールの1つである。医学を学び医療に携わる者は,この弱点をしっかり認識して上手に活用されたい。


◆参考文献・URL

  • 1)諸井陽子,石川和信,他.医療系学生・医療専門職が起こしたインターネット上のモラルハザード事例.医教育.2016;47(3):185-7.
  • 2)諸井陽子,石川和信,他.モラルハザード事例調査に基づく医療系学生と医療人のためのソーシャルメディア利用チェックリストの開発.医教育.2020;51(4):401-4.
  • 3)日本財団.「18歳意識調査」第28回テーマ:SNSについて.2020.
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福島学院大学 特任教授

1986年山形大医学部卒。聖路加国際病院,山形県立中央病院にて臨床研修。山形大,米カリフォルニア大ロサンゼルス校,福島医大内科学第一講座にて,循環器内科医として動脈硬化と酸化ストレスの研究に従事。2008年より福島医大医療人教育・臨床研修を担当。クリニカルスキル,医療コミュニケーション,プロフェッショナリズム研究に取り組む。欧州医学教育学会アソシエートフェロー。16年国際医療福祉大医学教育統括センター・シミュレーションセンター 教授。20年より現職。

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福島県立医科大学医療人育成・支援センター 助手

1998年福島大教育学部卒。第1種放射線取扱主任者。福島医大医学部附属放射性同位元素研究施設の専任主任者を経て,2010年より現職。ICTを活用した教育手法の開発を中心に医学教育に携わる。

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