医学界新聞

寄稿 枝広 あや子

2020.11.30



【寄稿】

認知症高齢者の食と生活を支える歯科口腔管理

枝広 あや子(東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と精神保健研究チーム 認知症と精神保健研究室 研究員)


 わが国では2015年1月に国家戦略として認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)が策定された。今や要介護状態になる原因の第1位は認知症となった1)ことで,認知症の方にやさしい地域・社会(Dementia Friendly Community:DFC)の実現がますます求められている。本稿では,そうした社会を実現するための一つの方策である,認知症高齢者の食と生活を支える歯科口腔の健康管理について紹介したい。

歯科口腔管理上の困難さとは

 これまで歯科界では,可及的に国民の歯を残し,食べる機能を維持するためのヘルスプロモーション活動「8020運動」を展開してきた。その成果もあり,高齢となっても自分の歯を多く残す方が増加している2)

 一方,慢性炎症の一つである歯周病は認知症発症のリスクファクターと指摘されており3),壮年期から口腔衛生不良で慢性炎症を潜在させた方が,高齢になってから認知症を発症することも少なくない。認知症と診断されADLが部分的に困難になる頃には,口腔のセルフケアへの関心や清潔観念も低下し,より一層急速に口腔清掃状態が悪化する。認知症の症状があり口腔管理が不十分であると,自分の歯が多い方はより歯周炎症面積が広くなる4)。そのため認知症の方からの自訴がなくても歯科的ニーズは高いと言える5)

 口腔の不潔が歯科疾患の悪化を招き,認知症によって歯科受診へのアクセシビリティが低下すれば,放置された歯科疾患がさらなる口腔機能低下を引き起こしてしまう。う蝕や歯周病,破損した義歯による痛みなどの口腔の不快症状がBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)の引き金になることはご理解いただけるだろう。

 また,低栄養と全身の筋力低下,身体機能低下に伴い口腔機能も低下する。認知症初期には廃用の影響は少ないが,重度まで至ると神経伝達物質やシナプスの異常が顎顔面口腔にも影響を及ぼし,その結果口腔顔面失行や知覚・反応性の低下,協調運動低下などにより咀嚼や嚥下運動などが障害され,経口摂取にまでも問題が生じる6)。こうして口腔機能低下,嚥下機能低下が生じていくオーラルフレイルは,認知症によって進行が加速されるため,より早期からの適切な歯科介入が必要である。

機能的な口腔を維持するために

 認知症が中等度以上に進行した方であっても,対象者に合わせた歯科治療方法や術式を選択し,認知機能障害やBPSDへの合理的配慮を行うことで口腔管理が継続できる。歯科医院の外来の環境はなじみがなく緊張する環境となる場合もあり,自宅での訪問歯科診療が適しているケースもまれではない。歯科とのかかわりの継続が,健全で機能的な口腔の維持,ひいては生活の質に影響する。

 しかしながら自発的な歯科受診に任せていると,自訴の乏しい認知症の方ではアクセシビリティが低下するのは自明である。周囲の支援者,例えばかかりつけ医や訪問看護師などが口腔トラブルの徴候を見いだし,歯科受診につなげることが必要である。認知症の進行経過に応じて,主治医,歯科医,介護者や関係職種が相談しながら口腔管理に関する目標設定を共有し,状況に応じたプランの立案が不可欠と言えよう7)

 また,BPSDの軽減を図るために使用した薬剤の副作用で傾眠,口腔乾燥,錐体外路症状が生じ,歯科疾患の悪化や摂食嚥下障害等の症状によって経口摂取に影響するケースも少なくない。こうした症状は歯科受診時や経口摂取アセスメントの際に発見されるケースもあり,適時適切な医歯薬連携が求められる。

原因疾患を踏まえた適切な食支援

 医師,歯科医師を含めた多職種で認知症の方の食事場面を観察評価し,食に関する残存機能を引き出すような支援を検討する取り組みが,食行動観察やミールラウンドという名で広まっている。認知症の方における食の課題は,専門的な摂食嚥下機能評価のみならず,多職種による観察評価が適している8)。観察の要点は食事環境,姿勢,口腔機能,食形態,食具,本人の視線や食べ方など多岐にわたる。

 また認知症の原因疾患によっても,食に関する困難には相違点があり,特徴を踏まえた支援が重要である。アルツハイマー型認知症(AD)では,摂食嚥下機能の低下は中等度の後半以降から生じる。ただしAD軽度,中等度であっても生活習慣への興味消失や稚拙さが生じることから,セルフケア不足による歯科疾患の悪化や基礎疾患の悪化による経口摂取困難が生じ得ることは覚えておく必要がある。

 血管性認知症,特に大脳皮質領域の梗塞巣が両側に存在するケースにおいては,偽性球麻痺による摂食嚥下障害が顕著に残存することがある。認知機能障害が軽度である場合は,残存機能に対してのリハビリテーションや環境の調整が有効であることも知られている。

 レビー小体型認知症では認知機能の変動とパーキンソン症状により,摂食含めさまざまなADLの障害が起こり,嚥下反射や喀出反射といった咽頭反射も障害されて,ADより比較的早期に重篤な摂食嚥下障害が出現するケースが多い。

 その他主な原因疾患別の食に関する症状と対応のポイントを9)に示したので参考にしていただきたい()。

 原因疾患別の障害部位と食に関する症状(文献9より一部改変して転載)(クリックで拡大)

 歯科医師や歯科衛生士が,認知症の方に初期の頃から定期的にかかわり続け,歯科との関係を維持することが,経口摂取を含めた生活の継続性への支援となる。高齢者医療,特に認知症の方にかかわりが深い皆さまにおいては,口腔が快適で機能的であることが生活の継続性を守り,結果的には人生への寄り添いにもなることをご理解いただければ望外の喜びである。

:ADの重症度評価として用いられるFAST(Functional Assessment Staging)に沿った口腔咽頭機能の低下と口腔衛生管理の要点についての詳細は文献7,8,10,11を参照されたい。

参考文献・URL
1)厚労省.2019年国民生活基礎調査の概況――IV.介護の状況.2020.
2)厚労省.平成28年歯科疾患実態調査.2017.
3)Neurology. 2020[PMID:32727837]
4)Psychogeriatrics. 2020[PMID:33089591]
5)Geriatr Gerontol Int. 2016[PMID:26338200]
6)Geriatr Gerontol Int. 2014[PMID:23992204]
7)日本老年歯科医学会(編).認知症の方への歯科治療ガイドライン.医歯薬出版;2019.
8)多職種経口摂取支援チームマニュアル――経口維持加算に係る要介護高齢者の経口摂取支援にむけて 平成29年度版(Ver.1.2).2018.
9)枝広あや子(編).認知症の方の「食べられない」「食べたくない」解決できるケア.日総研出版;2016.
10)本間昭,他.臨床編 病期(ステージ)分類 Functional Assessment Staging(FAST).日臨.2003;61(9):125-8.
11)枝広あや子.臨床に役立つQ&A 認知症などをもつ要介護高齢者の口の管理のポイントを教えてください.Geriatr Med.2015;53(11):1195-8.


えだひろ・あやこ氏
歯科医師。2003年北大歯学部卒。05年東京歯大オーラルメディシン・口腔外科学講座入局。08年東京都健康長寿医療センター研究所協力研究員。12年東京都豊島区口腔保健センターあぜりあ歯科診療所。同年東京都健康長寿医療センター研究所非常勤研究員。15年より現職。

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