医学界新聞

対談・座談会 岡崎 研太郎,三澤 美和

2020.11.30

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プライマリ・ケア領域におけるcommon diseaseの一つである糖尿病は,医学の発達で治療の選択肢が広がり,患者の生活領域で治療される慢性疾患に位置付けられている。糖尿病と診断された患者は,食事や運動のブレーキとアクセルを踏み間違えないよう,生涯にわたり安全運転を心掛けなければならない。一方で医師は,目の前の検査データを画一的に見るだけでなく,生活環境の変化や家族関係にも目を向けながら患者と長いスパンで付き合っていきたい。

病いの経験を日々生きる患者に対し,プライマリ・ケア医はどのような心構えで診療すればよいか。『かゆいところに手が届く! まるわかり糖尿病塾』(医学書院)の編者で,日本糖尿病学会専門医の資格を保有し総合診療部門に勤務する三澤美和氏と岡崎研太郎氏の2人が,プライマリ・ケア医に期待する糖尿病診療について語った。

岡崎 療養行動によってコントロール可能な慢性疾患である糖尿病は,「ヴァーチャルな病気」1)とも言われます。

三澤 すぐに失明や人工透析,下肢切断に至るわけではないので,痛くもかゆくもなく自覚症状のない患者さんは,糖尿病の実感が湧きづらいですよね。

岡崎 そう。ところが本人は,主体的に療養することを生涯にわたって求められる。そこが,「ヴァーチャルな病気」と表現されるゆえんです。

三澤 示された数値を患者さん自身が直視し,真に自分ごととしてとらえられるかは,担当する医師や多職種のかかわりも大きく影響します。

岡崎 戸惑いなく治療に入る方もいれば,ショックを引きずり治療に取り組めない方もいて,患者さんとの接し方や治療の方法には唯一の正解がありません。私たち医療者は,ともすると血糖値やHbA1cの変化ばかりに注目しがちです。しかしそれが,医師―患者関係にギャップを生む一因になっているのも確かです。病名や数値を突きつけられた本人は大きなショックを受けると肝に銘じて,診療に臨まなければなりません。

三澤 「糖尿病」と初めて言われる衝撃は,がんの告知にも似たものがあると想像します。糖尿病か予備軍(pre-diabetes)かは医療者にとってグラデーションの違い程度に映るかもしれない。だけど,患者さんには天と地ほどの差に感じられるはずなんです。

岡崎 予備軍と言われたら「自分はまだ,糖尿病ではない」「治療を回避したい」と否認や逃避行動を示す方もいます。人間の心理として当然ですよね。

岡崎 そこでまず,健診で糖尿病を指摘されて初診外来に訪れた方には,どう対応すればよいでしょうか。

三澤 糖尿病診療は最初が肝心です。患者さんの受け止め具合を医師が理解しないまま不十分なフォローアップをしてしまうと,次回以降の来院で想像以上に血糖コントロールが悪化してしまうことにもなりかねません。初診の患者さんが来たら,「自分は糖尿病なんだ」という衝撃が和らぐよう今後の見込みや診察のスケジュールを伝え,以下の点を確認します。

  • 1)病態,併存疾患,合併症はあるか
  • 2)追加で必要な検査は何か
  • 3)糖尿病や耐糖能異常を指摘されたことへの患者本人の思い
  • 4)現段階でどんな介入をするか
  • 5)次回受診の約束

大切なのは,生涯にわたり糖尿病との付き合いが続くことを丁寧に伝えること。そして,次回の受診を約束し,つながりを途切れさせないことです。私たち医療者には,患者さんがこれから糖尿病と向き合い生活していく大変さを想像する力が不可欠です。

岡崎 医師が患者さんと向き合う時間は月に1回,約10分として,1年でわずか120分にすぎません。生活習慣の全てを把握するのは当然できないため,今日何を食べて,どう運動するか,しないのかは,全て患者さんの判断に委ねられることになります。

三澤 そこが糖尿病診療ならではの特徴ですよね。糖尿病の患者さんは9割方,“自分が主治医”。本人次第との自覚を短い時間でいかに引き出せるかが重要です。

岡崎 自覚を促す工夫はありますか?

三澤 私はよく,車の運転に例えて患者さんに話をします。糖尿病と付き合うためのハンドルを握っているのは患者さん自身。アクセルを踏み込み過ぎたり,信号を無視したりしたら事故に遭ってしまうけれど,ブレーキに気を付け交通ルールを守ってドライブすれば良い景色が見られますよ,と。医療者に任せきりではなく,患者さん自身が賢くなって健康を追求してほしいとの思いを伝えています。

岡崎 糖尿病で特徴的なのは,適切な食事療法や運動療法の実行度が,血糖値やHbA1cの数値と必ずしも強い相関を持たないことです。数値の変化に一喜一憂せず,患者さんと一緒に糖尿病と長く付き合うために,どう継続外来に臨めば良いでしょうか?

三澤 気を付けたいのは,数値の改善を画一的に見るだけの診察にしないことです。基本的なフォローアップは,①糖尿病のコントロール,②合併症のチェックとヘルスメンテナンス,③心理社会的なサポートの3要素からなります。このうち,②のヘルスメンテナンスは車に例えれば「車検」で,その人に必要ながん検診や予防接種などのスクリーニングを指します。プライマリ・ケア医が糖尿病を診るメリットはそこに見いだせます。

岡崎 例えばHbA1cの上昇が続き,今後の治療方針に煮詰まってしまうこともありますね。そんな時,糖尿病以外に併存症の症状を聞いたりインフルエンザなど予防接種の状況を確認したりと,今必要なヘルスメンテナンスの説明に切り替えれば,患者さんも治療に対するモチベーションを下げることなく,今後の方針を仕切り直すことができます。

三澤 血糖値やHbA1cの変化は生活環境の変化が内在している場合があるため,③の心理社会的なサポートも重要です。

岡崎 そうですね。昨今の新型コロナウィルス感染症(COVID-19)は糖尿病患者さんにも大きな影響を及ぼしました。外出自粛で生活スタイルが変わり,会食機会がなくなるなどして血糖コントロールが良くなった人もいれば,一斉休校や在宅勤務に伴うストレスで悪化してしまった人もいます。

三澤 生活環境の変化に伴うストレスによって自身の糖尿病に構っていられなくなり,過食や不規則な食事に陥ってしまう方もいました。

COVID-19で見逃せないのが生活習慣以外にも影響が出たことです。緊急事態宣言で仕...

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名古屋大学大学院医学系研究科地域医療教育学講座特任講師

1993年京大医学部卒後,天理よろづ相談所病院にて研修。米ミシガン大医学部医学教育部門クリニカルフェロー,同大公衆衛生大学院を修了。佐賀大病院,国立病院機構京都医療センターを経て,13年から名大地域総合ヘルスケアシステム開発寄附講座講師。17年より現職。糖尿病診療の現場を再現する「糖尿病劇場」で,医師―患者関係の溝を描き出す試みを続ける。日本糖尿病学会専門医,日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医。編著に『かゆいところに手が届く! まるわかり糖尿病塾』(医学書院)。

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大阪医科大学病院総合診療科医長/同大学地域総合医療科学寄附講座特任助教

2005年滋賀医大卒後,長浜赤十字病院にて初期研修。10年弓削メディカルクリニックで家庭医療後期研修。11年長浜赤十字病院糖尿病内分泌内科/救急部を経て,16年より現職。卒前卒後の家庭医療・糖尿病の医学教育に従事する。日本糖尿病学会専門医,日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医,家庭医療専門医,認定指導医。編著に『かゆいところに手が届く! まるわかり糖尿病塾』(医学書院)。

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