MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2020.10.26
Medical Library 書評・新刊案内
宮坂 道夫 著
《評者》向谷地 生良(浦河べてるの家/北海道医療大学)
対話と承認がもたらす日常の「民主化」
私が,本書のタイトルになっている「ナラティヴ」と出合ったのは2002年ごろだったような気がする。当時,私は『べてるの家の「非」援助論――そのままでいいと思えるための25章』(医学書院,2002)の執筆のために医学書院に足を運んでいたが,ちょうど同じころ,『物語としてのケア――ナラティヴ・アプローチの世界へ』(医学書院,2002)を書かれた野口裕二氏(東京学芸大)とも,直接お会いする機会があった。その際に「べてるは,ナラティヴ・コミュニティー」という言葉を頂いたのが最初である。
◆ナラティヴは実現困難な理想なのか?
本書でも触れられているように,わが国でもM.ホワイトとD.エプストンの『物語としての家族』(金剛出版,1992)が紹介されて以来,次々に「ナラティヴ」本が刊行され,すでに静かなブームとなっていたが,不勉強な私は「ナラティヴ・コミュニティー」の真っただ中にいるという自覚もないままに「三度の飯よりミーティング」を理念として掲げ活動をしていた時期であった。
著者は,当時,あれほど注目され,現場を熱くした「ナラティヴ」の世界が,いまだに手応えと手掛かりを失い「実現困難な理想」(本文p.2より)の域を出ないのは,なぜかと問うことから論を立ち上げている。そして,「ナラティヴ」を「理想」の域から,より身近な私たちの日常の世界に引き戻し,定着させるために用いたキーワードが「対話と承認」である。「ナラティヴ・アプローチというものを,異なる階層にいる人たちが専門性の違いを超えて取り組める対話実践と位置付け,それによって心のケアに対する社会的な障壁を少しでも低くする」という本書の意図は,当事者研究という対話実践を試みてきた私自身の問題意識とも重なるものである。
◆対話と承認による変革の予感
しかし,「対話」の持つ難しさは,それが単なる「話し合い」や「傾聴」ではなく,オープンダイアローグを創始したヤーコ・セイックラの言葉を借りるならば「人生そのものが対話」であり,「あまりにもシンプルなので,シンプルだと認識できないパラドックスがある」ことである。「ナラティヴ」の概念をまとったさまざまなアプローチが,「理想」の域を出ないのは,「人は,生まれた瞬間から対話がはじまる」という対話の持つ生命論的な可能性と特徴,さらにはそれを裏付ける「いかに動くか」という目に見えるシステムの変革が重要であるという理解が不十分なまま,専門家による心理的,態度的技法という枠の中でしか扱えなかったからではないか,と私は考えている。
本書が提示する「対話と承認」の視点は,私たちの医療や福祉の現場ばか...
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