医学界新聞

急性期病院が地域と共に取り組む

松本 朋弘,小澤 秀浩

寄稿

2020.09.07

 【寄稿】

急性期病院が地域と共に取り組む
摂食嚥下障害に対するコミュニティアプローチ

松本 朋弘小澤 秀浩(練馬光が丘病院救急総合診療科総合診療部)


 本邦では肺炎で9万5498人,誤嚥性肺炎で4万354人が亡くなっており1),その多くが65歳以上の高齢者である。

 誤嚥性肺炎の発生を防ぐことはもちろん重要であるが,QOLを低下させないためにも再発予防は大きな役割を担う。再発予防策としては,①口腔ケア,②リハビリテーションと栄養療法,③絶食期間の短縮などが有効性を示している2, 3)。①②はいずれも生活の場,例えば在宅などの非急性期に必要な概念である。他方,③絶食期間の短縮とは,リハビリテーションと栄養療法が絶え間なく行われることであり,急性期,回復期,在宅/施設などあらゆる現場で継続して取り組まれる必要があると言える。裏を返せば急性期病院の頑張りだけでは,誤嚥性肺炎による死亡や再入院,それにかかわる人的,経済的損失を防ぐことは難しいのである。誤嚥性肺炎による急性期病院へのたった一回の入院で致命的なpoint of no returnを迎えないためにも,患者のステージごとに多職種で議論できる,共通言語(ケア知識,ケア技術)としての適切なケア移行の実践が求められている。そこで本稿では,誤嚥性肺炎の再発を防ぐために行う摂食嚥下障害に対する当院の取り組みを紹介する。

地域を巻き込んだ新しい医科歯科連携の形

 急性期病院である当院が位置する練馬区の現状を示したい。都内の一般病床数,療養病床数がそれぞれ平均645.4床/10万人,173.5床/10万人であるのに対し,練馬区は227.2床/10万人,86.8床/10万人4)と,いずれも大きく下回る。そのため当院にはリハビリテーション機能とケア移行の強化が求められている。こうしたケア移行の取り組みの一つには,誤嚥性肺炎を防ぐための医科歯科連携も不可欠な要素であるものの,当院には多くの地域の中核病院と同様に歯科は存在しない。しかし,義歯調整などの治療が必要な患者が数多く存在するのもまた事実である。加えて,入院患者を担当するわれわれ医師にその治療適応があるか否かの判断を下す意識が希薄であることも問題だと考えている。

 そこで当院では医科歯科連携の新しい形の提案として二つの取り組みを始めた。一つは練馬区歯科医師会の練馬つつじ歯科診療所の田中医師と連動した,当院入院中の患者に対する合同回診である(写真1)。この取り組みは,医師の歯科的問題の認識が明確化されるだけでなく,医科歯科共通のゴールを設定でき,より患者中心のケア移行を進めるアクセルとなった。

写真1 地域の歯科医師と当院総合診療科スタッフによる合同回診の様子

 もう一つは年4回行われる練馬区摂食嚥下研究会の立ち上げである。本研究会は摂食嚥下障害への介入におけるケア技術,伝達情報,食形態の均一化を目標に掲げ2018年度にスタートし,毎回100人程度の多職種が集う。以下,この研究会での取り組みについて詳述したい。

食事介助技術の向上をめざしたコンテンツ作成

 練馬区摂食嚥下研究会では,口腔ケア,栄養療法,摂食嚥下評価,ポジショニング,食事介助に関するテーマをワークショップ形式で扱っている。ワークショップは講義と実技セッションの二つに大きく分かれており,実技セッションには相互実習とVR(Virtual Reality)動画体験を導入する。これは適切介助と不適切介助のパターンを実際に参加者に体験してもらうことで,学習効果の増強を狙ったものである。

 実技セッションにより多くの時間を割くため,参加者には事前にYouTubeチャンネルにアップした技術動画で知識部分に関する予習をしてきてもらい,当日は予習動画の視聴時に感じた疑問に答える形で進められるよう工夫している。事前の予習動画は,①ベッド上でのポジショニングと食事介助,②車椅子に座った時のポジショニングと食事介助の2編から構成され,各15分ほどの動画とし,参加者の負担にならないよう配慮した。

 実技セッションではベッドを使用し,介助する側/される側に分かれて相互実習を行う。ここでのポイントは介助する側よりも介助される側に力点を置いていることである。なぜなら実際の現場では,良い食事介助を行おうと意識し過ぎるあまり,容赦なくのどの奥にスプーンが差し込まれていたり,強い力で舌の上に食べ物を置いていたりすることがあっても,介助する側がその事実を知る機会に乏しいからだ。介助される側の身になる,つまり患者の体験こそが実技セッション実施の狙いである。また,実習の前後に食事介助技術にまつわる簡易的なテストを実施し,その結果に基づいたフィードバックを行うことで知識の定着を図っている。

 なお,ワークショップの根幹は,筆者らも所属する「口から食べる幸せを守る会」の小山珠美先生の編書5)の内容を大いに参考とし,歯科医師でもある筆者(松本)の観点から,口腔ケアと急性期病院での対応に特化する内容とした。

患者の気持ちをVRで身をもって体感する

 VR動画体験は,オールインワンVRヘッドセットであるOculus GO®とOculus Quest®(いずれもFacebook社)を使用し,実技セッションの効果をより高める企画としてスタートした。動画の内容は,看護師の実演によるベッド上での悪い食事介助と良い食事介助の2編からなる(写真2)。悪い食事介助編では視界の外から急に口に食べ物が運ばれてくる恐怖を味わう映像が流れる一方,良い食事介助編では食べ物を視界に捉えられ,無理なく食べることを疑似体験できる映像構成とした。

写真2 VR動画(良い食事介助例)の画面キャプチャー
患者が恐怖を感じないように食事介助の行為全てが患者の視界の中で行われ,適切な声掛けとともに自然と口を開けてもらえるよう工夫した。実際には味わえないが不思議と動画内のブドウゼリーの風味が口の中で広がる。良い食事介助例悪い食事介助例はそれぞれYouTubeにて公開中。

 VR動画体験には患者体験に質の違いを生み出すメリットがある。例えば相互実習の場合,実習の進行とともに参加者同士になれ合いが生じ,必要な動作が省略されたり,他の参加者の雑音で集中できなかったりなど,実際のケアの現場を再現できていないとの問題が指摘されている。しかしVRを利用した場合,視覚と聴覚をほぼ完全に掌握されるために没入感が生まれ,患者体験は格別なものとなる。研究会後に実施するアンケート結果でも高い満足度と学習効果が示唆された。

 一方で,VRを実習に導入する際にはいくつかのハードルも存在する。一つは人によって装着感に差が生じてしまう点である。これは人それぞれの瞳孔間距離が異なるため立体視が困難になるからであり,装着時に調整する手間が発生する。もう一つは,参加者がVRに慣れていないケースが多い点である。VR機器のユーザーインターフェイスは初心者には未知のものであり,意図した動作を行ってもらえない可能性が高い。そのため参加者にはストレスなく意図した体験をしてもらえるよう,ファシリテーター側はVR機器のシステムの階層を熟知し,参加者の動きをコントロールできることが必要である。場合によっては体験のみに集中できるよう参加者の操作を制限することも一つの策と考える。

 本稿では,当院が実践する摂食嚥下障害に対するコミュニティアプローチについて紹介をした。患者の気持ちを多職種で共有できることは,ケア移行の実践に際して大きなアドバンテージとなり得る。特にVRを活用した患者体験は,どのようなケアが患者にとって適切かを,身をもって体感する貴重な機会を提供できたと考える。今後のVRの応用はまだまだ手探りではあるが,「患者体験に没入すること」をキーワードに,よりよいケア移行を実現するためのツールとして活用し,患者の気持ちに寄り添える人材の育成に取り組んでいきたい。

参考文献・URL
1)厚労省.令和元年(2019)人口動態統計月報年計(概数)の概況.2020.
2)Singapore Med J. 2005[PMID:16228094]
3)Clin Nutr.2016[PMID:26481947]
4)練馬区地域医療担当部.練馬区における地域医療の充実に向けた現状と課題.2017.
5)小山珠美(編).口から食べる幸せをサポートする包括的スキル――KTバランスチャートの活用と支援(第2版).医学書院;2017.

食事介助の技術動画はこちらよりご覧ください。


まつもと・ともひろ氏
2006年神奈川歯科大歯学部卒。博士(歯学)。11年に東海大医学部に学士編入。16年に卒業後,練馬光が丘病院にて研修。現在同院で内科専攻医。摂食嚥下における多職種連携,研修医・コメディカル教育,患者教育へのICT応用が最近のテーマ。

おざわ・ひでひろ氏
2017年杏林大医学部卒。同年より練馬光が丘病院にて研修。現在同院で内科専攻医。MHFAエイダー,BLSOプロバイダー。映像クリエイターとしての顔も持ち,YouTubeによる動画配信,VR動画の作成を通じた医学教育の偏在性の改善に挑む。

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