医学界新聞

寄稿 正木 克宜,舘野 博喜,福永 興壱

2020.08.24



【寄稿】

禁煙治療スマートフォンアプリはわが国のデジタル治療の嚆矢となるか

正木 克宜(慶應義塾大学医学部呼吸器内科)
舘野 博喜(慶應義塾大学医学部呼吸器内科/さいたま市立病院呼吸器内科)
福永 興壱(慶應義塾大学医学部呼吸器内科)


 喫煙はがん,慢性閉塞性肺疾患,狭心症・心筋梗塞,脳卒中などの危険因子であり,禁煙はこれらの疾患の発症や増悪の予防において最も重要な役割を果たしている。わが国では,ニコチン依存症と診断された禁煙希望の喫煙者はバレニクリン(チャンピックス®)もしくはニコチン貼付薬(ニコチネルTTS®)の薬物療法を禁煙外来で保険診療として受けることができる。しかし,禁煙外来受診の1年後に禁煙を継続できている方はわずか3割ほどにとどまる1)。この低さの理由の1つは薬物療法の効果に限界があることであり,実際にバレニクリンの使用は短期的な禁煙成功には寄与するものの禁煙後の再喫煙は防止しない2)。そのため,薬物療法に加えてニコチン依存症に対する学習サポートおよび行動支援のアドバイスを行うことが肝要である3)

禁煙外来における時間の壁と空間の壁

 禁煙外来は12週間で5回の受診からなるプログラムであるが,提供される禁煙支援の質には施設ごとに大きな違いがある。例えば禁煙外来は設置にあたり専任者(看護師・准看護師)の登録が義務付けられているが,厚労省の調査結果では専任者へのトレーニングを行っていない施設が約半数に上る。また,禁煙外来を予約制の専門外来としているかどうかの診療体制や,平均指導時間,受診回数にも施設間で差がみられる1)

 さらに,禁煙外来では全5回の外来を受診した方のほうが禁煙成功率も高まるが,医療者の指導時間が30分間以上の施設では全5回受診率が約40%であったのに対し,15分間未満の施設では約25%にとどまったとの分析結果もある1)。すなわち,禁煙外来での指導時間が不足しているがゆえにニコチン依存症についての説明や薬物療法の副作用対策が十分に行われず,禁煙成功に至らない患者が多い可能性が考えられる。

 このように禁煙外来では,患者が診察室に受診しないと適切な禁煙支援が提供されず,その機会も最大5回に限られるという「空間の壁」と,カウンセリングに割く時間が十分に確保できないという「時間の壁」が制約となっている。これらの壁を取り払わない限り,医療者側が現行システムの中で工夫を凝らしても,禁煙成功率向上の根本的な解決策とはならないのが現状である。

デジタル治療の台頭

 こうした時間的・空間的制約の解決策としてスマートフォンアプリを活用したデジタル治療が研究・応用されている。例えば,糖尿病治療用アプリBlueStar®(WellDoc社)は,薬物治療と同様にHbA1cの低下効果をもたらし4),2010年に米国食品医薬品局(FDA)からの承認を得た。同アプリが嚆矢となり,デジタル治療は先進国においては個別化医療の推進や医療費の抑制効果を目的に,発展途上国においては医療インフラを補完する目的に活用され,近年存在感を増している。わが国においても2014 年末に施行された「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」で医療用ソフトウエアが医療機器の範囲に組み込まれ,医療用アプリの臨床現場導入の素地が構築された。

 一方,禁煙支援においてはFacebookやTwitterなどのSNSによるプログラムの提供が効果的であったとの報告があり5, 6),デジタル技術の活用に注目が集まった。治療用アプリとしてはPivot®(Carrot社)やClickotine®(Click Therapeutics社)が開発され,臨床的有効性を示した報告がある7, 8)。しかし,いずれも30日間の禁煙継続を指標とした研究にとどまっており,長期的な禁煙継続を支援する効果のある製品の開発が期待されていた。

企業との共同研究で長期的禁煙継続効果を検証する

 われわれはCureApp社と共同で禁煙治療用アプリ(以下,本アプリ)を新規開発した。本アプリの内容は関連学会が発表している「禁煙治療のための標準手順書」に準拠......

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