循環器診療に性差医療の視点を
女性の健康を守る「なでしこプロジェクト」
寄稿 中尾 葉子
2020.08.03
【寄稿】
循環器診療に性差医療の視点を
女性の健康を守る「なでしこプロジェクト」
中尾(舛方) 葉子(国立循環器病研究センター OIC/循環器病統合情報センター レジストリ推進室長)
問題解決を図る夫と共感を求める妻,昆虫に夢中になる男の子とプリンセスに憧れる女の子……。日常生活のいろいろな場面で,多くの人が直観的に「男と女は違う」と感じているであろう。しかし医療の現場においては,時として性差の視点が忘れられてしまう。
われわれは,CTによる冠動脈動脈硬化指標と心血管イベントの関連における性差解明を目的とした多施設共同研究(Nationwide Gender-specific Atherosclerosis Determinants Estimation and Ischemic Cardiovascular Disease Prospective Cohort Study:なでしこ研究)を実施している1)。なでしこ研究は,冠動脈疾患が疑われる50~74歳の男女を対象とした,現在進行中の全国規模の前向きコホート研究である。本稿では,これまでのなでしこ研究の成果を交え,「冠動脈疾患の性差」と新たに始動した「性差を加味した冠動脈疾患AI診断システムに関する研究開発――なでしこプロジェクト」について紹介したい。
性差が及ぼす影響のエビデンス集積が急がれる
米国では1980年代後半頃から生物学的,科学的,社会的な性差に基づく医療を推進する体制づくりが始まり,循環器分野においても性差研究が推し進められた。一方で当時の米国では「循環器病は男性あるいは高齢者の病気」として,女性にはあまり関心をもたれていなかった。2003年頃から米国心臓協会(American Heart Association:AHA)は,循環器病に対するエビデンスの蓄積と共に女性における循環器病の認識を高めるため,大規模な社会的イニシアティブ「Go Red for Women」を立ち上げ,多くの女性たちが循環器病のことを知るに至った2)。
10年遅れて,わが国で米国における性差医療の取り組みが紹介され始めた。その後,性差に関する体系的な研究がなされるようになり,2010年には日本循環器学会において初めて「循環器領域における性差医療に関するガイドライン」が発表された3)。しかしながら,性差に基づく循環器疾患のエビデンスの集積は,いまだ不十分な状況にある。わが国における循環器病対策を推進するために,性差が循環器病の発症,進展,予後に与える影響を医学的,社会的な側面から包括的に検討し,エビデンスを積み重ねることが急務である。
女性が冠動脈疾患を診断されにくい臨床的背景
循環器病における性差の疫学はよく知られている。女性は男性に比し虚血性心疾患の発症が少なく,その割合は1:2~1:4である4, 5)。また,男女間で発症時期に違いがあり,男性では55~60歳前後で虚血性心疾患を発症するのに対し,女性では男性より8~10歳遅れて発症する6)。女性の冠動脈疾患は閉経後に増加することから高齢発症となり,高血圧・脂質異常症等のリスク重積例が多く,進行性血管病変合併率が高い7)。
では,診療プロセスにおける性差はどうだろうか。多くの疾患においてまず症状が出現し,それを診察や検査によって診断,そしてリスクを層別化した上で適切な治療を選択するという,診療における一連のプロセスがある。冠動脈疾患においては,このどのステップにおいても性差が存在している(表)。
表 性差医療の視点を加味した冠動脈疾患の診療プロセス(クリックで拡大) |
例えば冠動脈疾患発症の際,女性では典型的な胸痛のみならず,めまいや疲れやすさといった非典型的な症状も含めて幅広く訴えることが多い8, 9)。また運動負荷検査では,男性に比べて筋力や体力の問題で目標心拍数まで到達する十分な負荷を達成できないことが多いため,冠動脈疾患の診断が困難な場合がある10)。さらに,診断や治療の機会が少なく重症化しやすい社会的な背景も合わせ,男性に比して予後が悪い3)。
冠動脈疾患を診断・予測するマーカーの一つに,冠動脈石灰化がある。冠動脈石灰化は,非......
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