寄生虫が1型糖尿病治療の鍵に
インタビュー 下川 周子
2020.07.20
【interview】
寄生虫が1型糖尿病治療の鍵に
下川 周子氏(国立感染症研究所 寄生動物部主任研究官)に聞く
寄生虫は宿主との共生のため,宿主の免疫機能を低下させ免疫機構を回避すると考えられている。国立感染症研究所の下川氏らはこのほど,寄生虫感染と自己免疫疾患との関連性に着目し,腸管寄生蠕虫が1型糖尿病(以下,T1D)の発症を抑える仕組みを報告した1)。この免疫機構の解明は宿主となり得るヒトの免疫学の発展にも通じる。これまで寄生虫が誘導する抑制性の細胞の種類や分泌物質を同定する研究が求められてきたため,本研究成果に期待が高まる。寄生虫感染による免疫メカニズム解明のための研究の現状と将来展望について,下川氏に聞いた。
――寄生虫がT1Dの発症を抑制するメカニズムについて,2020年4月に研究成果を報告されました。初めに,研究の概要を紹介してください。
下川 今回,マウスを用いた実験で,無症候性の感染を起こす腸管寄生蠕虫Heligmosomoides polygyrus(Hp,写真)がトレハロースを産生し,そのトレハロースを餌とする腸内細菌Ruminococcusが増殖することで,リンパ球の一種であるCD8陽性制御性T細胞(CD8Treg)が誘導されることを報告しました1)。さらに,CD8TregがT1Dの発症を抑制する重要な細胞であることも明らかにしました。この結果は,自己免疫疾患や炎症性疾患の治療の糸口になると考えられています。
――CD8Tregの機能は解明されているのでしょうか。
下川 現時点では全貌は未解明で,さまざまな研究が進められています。その中でわれわれは,CD8Tregが膵臓β細胞を破壊する自己応答性のCD4陽性T細胞やCD8陽性T細胞を抑制することで,T1Dの発症を抑えることを見いだしました(図1,2)1)。
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図1 マウスにおけるCD8TregとT1D発症抑制との関係(文献1より) |
Hp非感染マウスにT1Dの発症を誘導すると血糖値が上昇する(○,△)。一方で,Hp感染マウス(■)や,Hp感染マウスから単離したCD8Tregを移入した非感染マウス(▲)では,T1Dの発症を誘導しても血糖値の上昇が抑えられた。 |
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図2 Hp感染による免疫反応の流れ |
Hp感染によって産生が促進された二糖のトレハロースがRuminococcusを増殖させる。このRuminococcusによって誘導され増加したCD8Tregが,自己の膵臓β細胞を攻撃するCD4/CD8陽性T細胞を抑制。β細胞が破壊されなくなったことでインスリンが正常に分泌され,血糖値の恒常性が保たれる。 |
これらの研究は全てマウスを用いて行われましたが,ヒトにおいても,T1D患者は健常者と比較してCD8TregとRuminococcusの数が少ないことが明らかになりました1)。ヒトの腸内細菌叢は①Bactereoides型,②Prevottela型,③Ruminococcus型の3タイプに大別されます2)。その中でRuminococcusが数多く分布する③は日本人に多いとされます。世界的に見ると日本ではT1Dの患者さんが少ないと言われており,その一つの理由と考えられます。
寄生虫を知ることで宿主の免疫機構を解き明かす
――そもそも自己免疫疾患と寄生虫感染症との間にはどのような関係があるのですか。
下川 近年,自己免疫疾患だけでなく花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギーも含めた炎症性疾患は増加の一途をたどっており,その理由の一つに,寄生虫や細菌などによる感染症の減少,いわゆる衛生仮説が挙げられます。従来,衛生仮説についてはさまざまな研究がなされていたものの,科学的な証明はできていませんでした。
また,今まで支持されてきたTh1/Th2パラダイム説(註)についても,この説だけでは説明できない現象が多く,寄生虫が何らかの抑制性の細胞や物質を誘導しているのではないか...
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