医学界新聞

COVID-19対策の「最後のとりで」

インタビュー 西田 修

2020.07.20



【interview】

COVID-19対策の「最後のとりで」
集中治療体制をいかにして再構築するか

西田 修氏(藤田医科大学医学部麻酔・侵襲制御医学講座主任教授/日本集中治療医学会理事長)に聞く


 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を機に,日本の集中治療体制の脆弱性が指摘された。来る第2波に向けて集中治療体制をいかにして再構築するか。日本医師会COVID-19有識者会議「COVID-19集中治療体制にかかわるタスクフォース中間報告書」(2020年5月25日)1)を踏まえ,同タスクフォース班長を務めた日本集中治療医学会理事長の西田修氏に聞いた。


――COVID-19の第1波を振り返って,今の心境からお聞かせください。

西田 欧米でみられたような最悪の事態に至らなかったことに,ひとまず安堵しています。感染爆発によって重症者数が集中治療のキャパシティを超え,本来なら助かるはずの命が次から次へと失われていくような状況を,日本はなんとか回避できました。

 それと同時に誇らしいのは,日本の集中治療レベルの高さが改めて証明されたことです。人工呼吸管理とECMO(体外式膜型人工肺)管理のいずれにおいても,諸外国と同等以上の治療成績でした。一例を挙げると,日本におけるECMO救命率は現時点で7割を超えています2)。救命率の評価時期が異なるとはいえ,この治療成績はECMO専門家で構成する国際組織からの報告を上回っています3)

――意外です。ECMOに関して日本は遅れていると思っていました。

西田 確かに2009年の新型インフルエンザ流行時のECMO治療成績は,諸外国と比較して良好とは言えませんでした。その反省を踏まえて2012年に発足したのが,呼吸療法医学会・集中治療医学会が主導する「ECMOプロジェクト」です。

 それ以来,ECMO治療実施施設から多職種(医師・看護師・臨床工学技士)がチームで参加する形式で研修を行うほか,メーリングリスト等での症例検討を重ねてきました。つまり,日本のECMO治療は前回のパンデミックを機に発展した経緯があるのです。

――ではCOVID-19は,「来るべき時が来た」という気持ちだったのですね。

西田 ええ。ただ楽観はできませんでした。というのも,日本の集中治療体制の特徴をひと言で表現するならば,「治療のレベルは高いけれども,キャパシティに余裕がない」。キャパシティを超えた状態では,良好な治療成績は全く保証できないのです。

東京都の重症患者用ベッドは常に満床状態だった

――実際どれくらい「余裕がない」状態だったのでしょうか。

西田 重症患者が増えた4月末の段階で応需が逼迫したと一般には思われるでしょう。ところが現実には,3月末から逼迫した状態が持続していました。

 集中治療医学会などで運営する日本COVID-19対策ECMO netでは,CRISIS(横断的ICU情報探索システム)を用いてCOVID-19重症患者の集計を独自に行っています。これは,各施設の受け入れベッドの状況などをクラウド上でリアルタイムに共有できるシステムです。

 東京都のデータをみてください()。「受け入れ可能数(CRISIS申告数)」と「人工呼吸器装着COVID-19症例数」の折れ線の隙間は,人工呼吸器装着症例が急増した3月末から等間隔に近い状態が続きました。他にも人工呼吸管理を行わない重症例が一定数いることを併せて考えると,実際には2本の折れ線の隙間は全くないでしょう。つまり重症患者用ベッドの満床状態が1か月近く続いていたと推察できます。実際このころは,重症患者の受け入れ先が都内では見つからず,近隣の県に搬送されていたという話を聞いています。

 東京都の人工呼吸管理症例と受け入れベッド数の推移(文献1より)(クリックで拡大)

――行政はこの事態を把握していたのでしょうか。

西田 行政が把握する以上に現実は深刻だったのでしょう。厚労省は5月19日に初めて,重症患者の受け入れ先として各都道府県が確保した病床数を公表しました。それによれば,東京都は5月15日時点で400床を確保したことになっています。ところが,同時期にCRISISで申告された受け入れ可能病床数は185床にすぎません。CRISISによるカバー率が実際のICUベッド数の8割であることを考慮しても,230床程度にとどまる計算です。

――行政が把握する重症患者用ベッドと,実際の状況に乖離があった?

西田 図をもう一度みると,人工呼吸器装着症例が増加するにつれ,追われるように受け入れ可能数も増加している。行政に届け出たベッド数は確保したとしても,診療現場では受け入れに即座に応じられず,なんとかやり繰りしたのでしょう。いつ医療崩壊が起きてもおかしくない状態だったのです。

――重症者の受け入れに即座に応じるのが難しい理由は何でしょう。

西田 日本では,ICUベッドを遊ばせておく余裕はないのです。COVID-19以外にも状態が安定しない患者はたくさんいて,いつ重症化するかわからない。多発外傷や緊急手術後の患者がICU入室となる場合もあるでしょう。特に日本の場合は,小規模ICUが各地に点在していることもあってすぐに満床になってしまう。COVID-19のために数床を確保するだけでも大変です。

ハコ・モノよりも足りないのはヒト

――4月7日の緊急事態宣言に先立ち,4月1日には集中治療医学会から「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する理事長声明」が出ました4)

西田 COVID-19の感染拡大によって急激に死者が増え始める変曲点は,重症者が集中治療のキャパシティを超えた段階であることは明らかです。国家的危機に対して日本の集中治療体制が脆弱であることを,学会員だけでなく,広く社会に訴えたいという思いがありました。

――そのころからICU病床数の国際比較,あるいは人工呼吸器の台数などの話題がマスメディアでも報道されるようになりましたね。

西田 ただ,日本で人工呼吸器が足りなくなる事態は現実的ではありません。集中治療医学会による調査では,国内に4万台以上の人工呼吸器が保有されています。新たに追加する意義は少ないでしょう。それよりも,今ある人工呼吸器を活用するだけの「ハコ」は十分でしょうか。ICUベッドは日本全国に約7000床しかないのです。

――厚労省が後に示した見解によれば,特定集中治療室管理料のほかに,救命救急入院料とハイケアユニット(HCU)入院医療管理料を請求できる病床も合算すれば,ICUおよびそれに準じた機能を持つ病床として最大1万7000床になります5)。人口10万人当たりのICU等病床数としては13.5床となり,欧州並みの水準です。

西田 国によってICUベッドの機能が異なるので一概には言えませんが,そのような算出も可能でしょう。ただ,「ハコ」に見合うだけの「ヒト」は足りていません。これは厚労省の見解とも一致するところですが,重症患者に十分な医療を提供するに...

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