医学界新聞

寄稿 酒井 康弘,上原 久典

2020.06.15



【寄稿】

JP-AIDによる病理医支援のためのAI開発×ICT基盤構築

酒井 康弘(藤田医科大学医学部病理診断学講座 講師)
上原 久典(徳島大学病院病理部 教授)


 言をまたないことではあるが,病理診断学なくして現代医療は成り立たない。悪性腫瘍の確定診断は当然のこと,IgG4関連疾患や自己免疫疾患,好酸球性炎症などの非腫瘍性疾患においても病理診断が重要である。近年ではがんゲノム医療におけるエキスパートパネルといった分子病理学をも担っており,病理医は多忙を極めている。

 しかし,本邦において病理医の数は異常に少ない。病理専門医数は2020年4月現在2508人で,医師に占める病理専門医の割合はわずか0.75%程度である(日本病理学会のデータより筆者算出)。病理専門医の平均年齢はなんと54.25歳であり,病理学界の老い先は不安に満ちている。そして,これは医療界の老弱をも意味する。この現状を打破するために日本病理学会は,日本医療研究開発機構(AMED)の支援のもと,世界最高水準の科学技術を持つ国立情報学研究所(NII)と協働して病理医を支援するAIの開発に乗り出した[課題番号JP19lk1010027]。このプロジェクトはJP-AID(Japan Pathology AI Diagnostics)と名付けられている1)

 JP-AIDの使命は,「AIやICTの力で病理医の負担を減らすこと」にある。いくつもの成果が上がってきており,本稿ではその一部を紹介したい。

病理医の病理医による病理医のためのAI開発

 多くの病理AIが感度,特異度,AUC(Area Under the Curve)といった数字を追っているだけで,病理医に「勝った」「負けた」の議論に固執している。そして,病理医を「敵視」するあまり,AIを利活用する病理医を気遣って創られたものは稀有である。

 しかし,「何のために創るのか?」という意義を慮ることはモノ創りの基本である。これは池井戸潤先生著作の『下町ロケット――ゴースト』(小学館)に書かれている,農業用トラクターのトランスミッション用バルブコンペの話と酷似している。スペックだけに固執したバルブではなく,トラクターとのベストマッチを狙った佃製作所のバルブが勝ったように,私たちも病理医とのベストマッチを狙ったAIを創らなければ,「最先端の技術を駆使した無用の長物」と揶揄されることになる。良いAIを創るためには,「病理医×AI」のタッグを組む必要がある。

 JP-AIDがめざすのは,精度の高い優秀なAIを競い創ることだけでなく,AIの強化学習を永続的に行える研究基盤を整備すること,そしてその先の病理医の負担を減らすことにある。そこで私たちはAIを開発する前に,全国の大学病院や市中病院,病理学会支部を結ぶネットワークインフラを整備し,11万症例を超える多彩な症例の病理診断と病理組織デジタル画像(Whole Slide Imaging:WSI)を収集した。この膨大な病理データベースはなおも巨大化しており,病理医・工学者・情報学者が協働して精確で実用的なAIを開発・強化できる研究基盤が整備されている。

 JP-AIDで開発するAIに使用される教師データ(ground truth)は,全て専門医資格を有した病理専門医が病理診断やアノテーション(マッピング)の責任監修を務める。これは感度,特異度,AUCなどの数字に表れる「精確さ」のみならず,利活用する病理医に私たちのAIを安心して認めてもらえるよう,「信頼」を勝ち得るためである。

 また,多くの病理AI は単施設で開発されており,多施設検証を経て実務に耐えられることを保証したものはほとんどない。JP-AIDで開発した胃がんをスクリーニングする胃生検AIエンジンは,新たなアルゴリズムを適用すると,開発施設以外の11施設で多施設検証しても,AUC=0.940~0.990という高い値を示す。すなわち,HE染色の色合いの施設間差異にも対応でき,単施設のみで開発・検証されたものよりもはるかに実用的なレベルに達している。

徳島県における病理遠隔診断ネットワーク

 JP-AIDでは,病理医不足の問題に対応するため,ICTネットワークを介して病理医が遠隔診断を行う「『病理医×ICT』による病理診断支援システム」の構築を徳島県と福島県で進めてきた。本稿では徳島県のシステムについて紹介したい。

 徳島県では,病理診断業務の中心的な役割を担う病理専門医は2019年の時点で18人しかおらず,全国ワースト9位である(日本病理学会の調査による)。さらに,病理医の高齢化や,大量の診断業務を一人でこなさなければならない,いわゆる一人病理医(病院に常勤の病理医が一人しかいない状態)の問題もあり,診断業務の負担をどう軽減していくかが課題となっていた。そこで私たちは,「自立性・持続性を持った病理診断支援システムを構築するための地域実証実験モデル」プロジェクトを立ち上げ,県内で常勤の病理医が一人あるいは不在の医療機関と徳島大学病院との間をセキュリティの保たれた回線で結び,一人病理医の診断支援や病理医不在の病院の病理診断や術中迅速病理診断を遠隔で行えるICTネットワークの構築を進めてきた。

 現在,吉野川医療センター(一人病理医の病院)と阿南医療センター(病理医不在の病院)という徳島県内の2つの医療機関と徳島大学病院を結んだ遠隔病理診断ネットワークを構築し,吉野川医療センターは2018年10月から,阿南医療センターは2019年4月から連携診断を開始している()。徳島大学病院病理部に設置した遠隔診断用の病理診断システムは,2つの連携病院の診断システムとオンラインでつながっており,臨床情報やそれぞれの病院でガラス標本から取り込まれたWSIをみながら診断が行える。年間3000件以上の診断に遠隔病理診断ネットワークが利用されており,各病院の病理診断支援に一定の成果が得られている。

 徳島県病理診断ネットワーク(クリックで拡大)
徳島大学病院病理部に設置した遠隔診断用の病理診断システムは,吉野川医療センター(一人病理医の病院)と阿南医療センター(病理医不在の病院)の診断システムとオンラインでつながっており,WSIをみながら診断が行える(年間3000件以上の診断に活用)。また,診断支援によって得られたWSIの一部を日本病理学会のクラウドサーバーに送り,AI エンジンの開発等に用いている。

「病理医×AI×ICT」が次世代の医学を創る

 さらにJP-AIDでは,徳島県で構築した病理遠隔診断ネットワークの病理診断支援によって得られたWSIの一部を日本病理学会のクラウドサーバーに送り,AI エンジンの開発等に用いている。また,クラウドサーバーに送った病理画像を胃生検AI エンジン(ベータ版)に診断させて,その結果を徳島大学病院で確認できるシステムの実証実験も並行して行う。倫理的,法的な問題から,現在はAI診断の検証は病理診断が確定した後に行っているが,今後このAI 診断システムの有効性が確認できれば,広く全国に展開していく予定である。

 このようにJP-AIDでは,AIを病理遠隔診断ネットワークに実装させ,その有効性を確認する実証実験まで行っている。「優秀なAIを創って終わり」「便益なICTネットワーク基盤を整備して終わり」ではない。それらが有効的に実用化されなければ,どれも“高級なおもちゃ”にすぎない。病理医の診断業務を助けるAI,病理医不足を解消するICT,それが有機的に統合された「病理医×AI×ICT」こそ「次世代の医学」であり,私たちがめざし開発しているものである。これは,真に病理医の一助となってくれるはずである。

 今後も病理医のニーズに応えられるさまざまな診断支援AIをさらに開発し,徳島県・福島県をはじめ,新たに構築する病理遠隔診断ネットワークに実装していく予定である。

参考文献・URL
1)Sakai Y, et al. Development of artificial intelligence to help pathological diagnosis―Japan Pathology AI Diagnostics (JP-AID) project. Impact. 2019;2019(6):40-2.


さかい・やすひろ氏
2009年信州大医学部卒。諏訪赤十字病院,信州大病院で研修後,福井大病院病理診断科医員となる。15年同大医学部病因病態医学講座腫瘍病理学分野特命助教を経て,18年より現職。

うえはら・ひさのり氏
1990年徳島大医学部卒。同大病理学第二講座助手,講師,助教授を経て,2007年より同大大学院ヘルスバイオサイエンス研究部環境病理学分野准教授。15年同大大学院医歯薬学研究部疾患病理学分野准教授。16年より現職。

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