医学界新聞


臓器再生をめざして

インタビュー 中山 功一

2020.06.01



【インタビュー】

バイオ3Dプリンタの開発と臨床応用
臓器再生をめざして

中山 功一氏(佐賀大学医学部附属 再生医学研究センター センター長/教授)


 再生医療において細胞を立体的な組織にする研究が盛んに行われている。国内外の多くの研究は生分解性ポリマーやコラーゲンなどさまざまな材料を足場に,培養細胞を混ぜて立体化を試みている。しかし,生体材料は細菌感染の際にバイオフィルム形成が起こりやすく感染の鎮静化に難渋する点や,数年後に起こり得る異物反応のリスクがあるなど,安全性の課題をクリアできる理想的な生体材料の開発はいまだ途上とされる。その中で近年,その打開策として細胞だけで構成される三次元組織の作製に期待が集まっている。

 従来,細胞だけの三次元組織の作製には形状やサイズに制限があり,複雑な臓器再生の実現化は困難と考えられていた。そのような状況下,佐賀大の中山氏が独自でバイオ3Dプリンタ開発に成功。細胞製三次元組織の実用化に向け,視界が開けた。2020年3月に細胞製人工血管を用いた臨床試験を開始した氏の研究の現在地を聞いた。


――初めに中山先生が再生医療の世界に魅せられた理由を教えてください。

中山 私が高校生の頃,日本で最初の生体肝移植が行われました。この報道により移植医療に興味を持った一方,当時は脳死の是非を問う議論も激しく,慢性的なドナー不足の問題も知りました。そんな関心を持ちつつ医学部へ進学したところ,背中にヒトの耳が生えているかのように見える実験用マウス(通称,バカンティマウス)1)が話題となりました。この研究によって臓器再生が現実味を帯びたことで,元来関心を持っていた臓器移植の問題を解決できる可能性を秘める再生医療に,興味を抱くようになったのです。

――医学部卒業後は,10年以上整形外科医として勤務されていたそうですね。

中山 はい。骨折や救急外傷,関節,脊椎,骨腫瘍など,整形外科領域におけるさまざまな疾患に対しチームの一員として治療に当たってきました。その中で,術後より数年経過した後,細菌感染によって移植された人工関節や骨折用金属材料が汚染され,感染を鎮静化するのに難渋した症例を何度か経験しました。こうした経験から,当時(現在も)再生医療,特に組織工学と呼ばれる分野で世界の常識とされる生体材料の使用に対して,細胞だけで三次元組織を作製できないかと考えました。ですが,当時所属していた研究室では再生医療に取り組む研究者は少なく,試行錯誤の連続でした。

紆余曲折を経てたどり着いた生体材料なしの三次元組織作製

――周囲に同様の研究を行う人がいない中で,中山先生にとっての研究の転機は何だったのでしょう。

中山 高校生物の教科書には生体組織を酵素処理でバラバラの細胞にして放置すると,細胞が勝手に集まって凝集体を作り,元の組織に類似した細胞構造が自然に形成される現象が紹介されています。この現象は1907年に最初に報告され2),後に哺乳類でも報告されました3)。また,形成された細胞凝集体同士も一緒に培養すると自然に融合する現象も古くから知られており,この現象を応用することで「細胞凝集体を積み木のように数多く立体的に並べれば,細胞だけで組織を作製できるのでは?」と考え,研究を開始しました。

――研究開始に当たり,さまざまな課題があったと思います。まずは何から手を付けたのでしょうか。

中山 最初の課題は,数万個の細胞が凝集してできた0.5 mmほどの細胞塊を,どのようにして形を保ったまま積み上げて立体構築するかです。紆余曲折を経て思い付いたのは,「一個の細胞凝集体を団子に見立てて,串団子のようにする」という方法でした。極細の注射針4本を平行に樹脂で固めて細胞塊を複数刺してみたところ,上下左右の細胞塊が接着剤もなく融合して写真1のようになり,自身のアイデアが正しそうだと感じました。これをもとに剣山のようなデバイスを自作し,安価な虫ピンを用いた縦横26×26(計676本)の形(写真2)にたどり着きました。実体顕微鏡を用いて直径0.1 mmの虫ピンを縦横1 cm×1 cmの土台に正確に並べるのには延べ10時間程度を要する過酷な手作業でした。

写真1 細胞凝集体を串に刺した様子
注射針4本を樹脂で固めた土台に細胞凝集体を複数刺した翌日の写真。隣接すると細胞凝集体同士が融合するが,距離があると空隙が残る。

写真2 26×26の剣山
縦横1 cmの中に直径約0.1 mmの針が676本並ぶ。

――その上でさらに小さな細胞塊を一つずつ針に刺していく作業は並大抵のことではないように思います。

中山 ええ。26×26の剣山を用いた場合,0.5 mmの細胞塊を最大で9000個程度刺すことになります。人力ではほぼ不可能ですので,立体構造を維持する手法の開発()と並行してロボットなどを活用した作業の自動化も考えていました。

 剣山メソッドの概要(クリックで拡大)
採取した線維芽細胞を凝集させ,直径約0.5 mmの細胞塊を作製。できあがった細胞塊を剣山に刺し,目的の三次元形状に造形後,細胞凝集の特性を生かし,互いに融合させ組織を完成する。細胞製人工血管の場合,患者の細胞を増殖するのに1か月,細胞塊形成に2~3日,3Dプリントに1日,細胞がコラーゲンなどを産生して必要な強度を出すのに1~2か月程度を要する。本手法は2008年に初めて学会発表。海外の研究者に「the Kenzan Method/剣山メソッド」と名付けられ,国内外にその呼称が定着した4)

 工業用の3Dプリンタ自体は,当時所属していた九州大学にも2000年頃から設置されており,このコンセプトを応用した細胞版の3Dプリンタのアイデアを思い付きました。そのアイデアをもとに2007年のJSTのグラントに「Bio Rapid Prototyping Project」(当時のバイオ3Dプリンタの呼称)という研究テーマで応募し,採用していただきました。ただ,大手から中小までさまざまな企業に共同開発を持ち掛けたものの,どこにも相手にされずやむなく独自に開発せざるを得なくなりました。

――バイオ3Dプリンタの開発には,医学の知識だけでなく,プログラミングをはじめとした異分野の知識も必要なはずです。外部機関との共同開発なしでは難しかったのではないでしょうか。

中山 その通りです。そのため独学ではありますが,見よう見まねでプログラミング技術を習得しました。開発当初はゲームのコントローラーを操作し,人工授精などで使われるマイクロインジェクションの装置によって細胞塊を捕まえようとしました。素人による作製のため,機械やプログラミングに多少のバグはありましたが,試行錯誤の末,画像処理によって捕獲から剣山中の特定の針への刺入まで,全ての作業を自動化できるようになりました(写真3)。その後,この自作のプロトタイプをもとに石川県にある澁谷工業と私が起業したバイオベンチャーであるサイフューズと共同で,現在のバイオ3Dプリンタ(Regenova®)の開発に至っています(写真)。

写真3 開発初期のバイオ3Dプリンタ
当初はゲームコントローラーを用いてマイクロインジェクションの装置を操作し細胞団子を剣山に刺していたが,途中からコンピューターの画像処理によりほぼ全自動で刺すことが可能となった。

開発したバイオ3Dプリンタ(Regenova®)と中山氏

細胞製人工血管を透析患者の治療に役立てる

――細胞のみで三次元組織を作製するめどが立ちました。次は臨床応用をめざすフェーズです。実用化までの道のりを教えてください。

中山 本手法を用いればさまざまな形状が作れるものの,まずは単純かつ臨床でニーズの高い臓器再生をめざそうと考え,NEDO/AMEDの支援のもと佐賀大医学部胸部・心臓血管外科と血管をテーマに開発を始めました。細胞製チューブ(写真4)に負荷を掛けてみたところ,ヒトの血圧の30倍もの圧力に耐えられるほどの強度,および弾力性に富んでいることがわかり,さらには一般的な外科的操作で移植できることも判明しました5)

写真4 細胞製チューブ
剣山の針の穴も翌日には自然に閉じる。内径6 mm,長さは約7 cm。

――とは言え,生体材料を用いた既存の人工血管でも十分に機能するはずです。これまでの人工血管にはどのような課題があったのでしょう。

中山 ①細菌感染に対して脆弱,②小口径は閉塞しやすい,③穿刺後の針穴は修復されないため血がなかなか止まらない,④何度も刺すと人工血管が破れるリスクがあるため入替が必要といった課題がありました。

 一方で,細胞製人工血管は,これらのリスクを低減することがわかってきたのです5)。例えば,移植後の縫いしろからはほとんど血が漏出せず,移植から1か月後に透析針で穿刺してもすぐに止血できました。また,数週後には穿刺部が判別できないほど治癒し,内腔は12週もたつとどこが移植部か判別が困難なほど滑らかに血管組織が再生することには,研究メンバー全員が驚きました(写真5)。

写真5 移植から12週後の血管組織
内腔は動脈と類似の組織に完全に覆われている。残存する縫合糸(動物実験では吸収されない糸を使用)によってかろうじて移植部の境界が判別できるヒト皮膚線維芽細胞だけを移植したところ,血管内皮細胞と平滑筋細胞が侵入して正常の血管組織に酷似していた。

――それは素晴らしいですね。研究を進める中で,臨床応用を見据え工夫した点はありましたか?

中山 ヒトへの移植を初めから想定し,ヒトの血管に近いブタへの移植実験をこれまで行ってきました。研究当初は血管内皮細胞を内側にコーティングした細胞製チューブをブタに移植していましたが,いざ臨床応用を考えると患者さんから血管内皮細胞を採取するのは困難だと考え,皮膚線維芽細胞だけでブタに移植を行うようにしました。すると,非常に良好な開存と血管組織の再生を認め,最長で約半年の開存が得られました。

 こうした研究結果を経て,2020年3月より透析患者さんのシャント用血管として1例目の臨床研究〔代表医師:伊藤学氏(佐賀大医学部胸部・心臓血管外科)〕を開始しました。現在,患者さんから採取した皮膚線維芽細胞を用いて,細胞製チューブを作製しています。順調に行けば6月初旬に患者さんへ移植予定です。

――なぜ透析...

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