医学界新聞

患者や医療者のFAQに,その領域のエキスパートが答えます

寄稿 小島 伊織

2020.04.20



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
病理診断の依頼と報告の活用

【今回の回答者】小島 伊織(大同病院病理診断科医長)


 春が来た。病理医にとっては,新しく赴任してきた各科の医師と一緒に仕事をするのを楽しみに感じるとともに,新人専攻医らが提出した白紙の病理診断依頼箋(以下,依頼箋)を前に頭を抱えることもしばしば経験する季節である。

 臨床医と病理医のコミュニケーションの多くは,依頼箋と病理診断報告書(以下,報告書)のやりとりで行われる。正しい病理診断を得るために,また病理診断を有効に臨床現場で活用するために,臨床医と病理医の間で必要とされるコミュニケーションについてまとめた。


■FAQ1

臨床医が依頼箋に記載すべきことは何ですか?

 臨床医に誤解されがちであるが,病理診断とはプレパラートを顕微鏡観察することのみによって病名を割り出す業務ではない。例えば炎症性疾患のほとんどは形態学的に定義されているわけではなく,特徴的な所見が存在しても必ずしも特異的ではないことが多い。そのような場合は病理所見に加えて,臨床情報や検査データと総合して診断を行うのである。

 また,病変の全体像が診断に必要な場合,病理医が切り出しを行う手術検体では自ら肉眼観察できるが,病変の一部を採取した生検検体では臨床医が記載する依頼箋の情報に頼るしかない。私はこの状況を,「臨床医が肉眼観察を担当し,病理診断に参加している」ととらえている。

 一般に病理診断の思考過程は臨床診断と同様,鑑別疾患を挙げ,疾患を絞り込む手順を経る。年齢や現病歴,既往歴,服薬歴などの情報によって鑑別に挙がる疾患のバリエーションは異なり,たどり着く最終診断が変わることもある(例えば形態的にリンパ腫としか言えない病変も,免疫抑制剤を使用している患者であれば診断は“その他の医原性免疫不全関連リンパ増殖性疾患”となる)。

 そもそも病理診断の使命とは,あらゆる情報を徹底的に活用しつつ,それらを矛盾なく説明できるような合理的な総合診断をすることである。とはいえ,あらゆる情報を依頼箋に記載するのもまた現実的ではない。

 病理医の立場から実際に記載していただきたいと感じることは,臨床的に最も考えられる診断と鑑別に挙げる疾患,さらにそれらを考えた根拠となる情報である。すなわち,上記に当てはまる事項を現病歴・既往歴・服薬歴・検査データから抽出し,肉眼・画像・内視鏡所見(病変の部位・大きさ・性状を含む)と併せて記載していただきたいと考える。可能ならばシェーマ程度の図を描いていただければさらにわかりやすい。また,手術検体では術前治療が行われている場合,組織学的治療効果判定を病理診断報告書に記載する必要があるため,その旨記載をお願いしたい。

 加えて重要な情報は,採取した部位,個数と採取方法である。これらは医療安全上大きな意味を持つ。例えば,依頼箋には「胃生検」と書いてあるのに標本が「大腸粘膜」であった場合,提出された検体の個数が依頼箋の記載と異なった場合,あるいは依頼箋には大腸ポリープの生検検体と書いてあるのに標本には熱変性した断端が存在しEMR(内視鏡的粘膜切除術)が施行されたように見えた場合などには,どこかで検体の取り違えが発生している可能性がある。取り違えであれば,どの検体と取り違えられたのかを探す必要も出てくる。このように,依頼箋の記載が重大...

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