医学界新聞

2020.04.06



Medical Library 書評・新刊案内


スパルタ病理塾
あなたの臨床を変える! 病理標本の読み方

小島 伊織 執筆

《評者》市原 真(札幌厚生病院病理診断科)

抜群のリーダビリティで「臨床」と「病理」を橋渡し

 冒頭3ページ目で,私は早くも心をツカまれた。

 「内科では『初めに疾患ありき』の内科学の他に『初めに症候ありき』の内科診断学を勉強する時間が学生時代に十分あったのに,病理については『初めに疾患ありき』の病理学の授業はあっても『初めに所見ありき』の病理診断学をしっかり勉強する時間は設けられていなかったのです」。

 これが「序章」に書いてあって,私はいきなりぶっとんでしまった。なるほど,病理医にとっての症候診断学……いわば「病理所見学」の教科書か! 心をわしづかみにされ,Amazonから本が届いたその日のうちに一気に読了,どころかなんと1日の間に2度通読してしまった。抜群のリーダビリティ。おまけに読みやすさだけではない,「覚えておきたくなる何か」が盛り込まれている。

 本書の対象は医学生と臨床医である。一方の私は病理医だ。だからここに書かれている知識は全て身についているはずなのだが,とうに知っていて説明し慣れているはずの所見にも,「なるほど,こう語れば伝わりやすいのか」という驚きがある。小島伊織先生の切り取ったカメラワークから病理の世界をあらためて見直すことに,大げさでなく感動を覚える。

 組織所見に「ベクトル」の考え方を導入することは実におもしろい。パターン分類を扱うタイミングがニクイ。注釈により厳密な論を展開しつつも本文の方向性がぶれない語り口。「手練れ」である。

 読み始めてすぐの頃は,病理の所見などというニッチな本に世のニーズはないだろう,かわいそうだからせめて病理医である私はこの本を応援しよう……などと偉そうに案じていたが,余計なお世話だった。心配しなくても本書は確実に売れるだろう。その理由は,本書中で小島先生自身が看破されている。以下は,私による要約。

 「これからはバーチャルスライドが発展するから,放射線科のPACS画像を多くの臨床医が気軽に閲覧できるように,病理画像もずっと手軽に見られるようになる。臨床医が自分の患者をよりよく知ろうと思うとき,病理の所見の見方を学んでおくことは必ず役に立つ」。

 完全に同意だ。小島先生は病理医のキャリアを積みながら,救急当直や内科当直を並行して実践されてきたのだという。臨床と病理を橋渡しするために生まれてきたような人の渾身の著作を,多くの臨床医に推薦したい。

 あまりにすばらしい本だから,意地の悪い私はアラ探しをしたくなる。しかし,ないのだ。用いられている組織写真の色温度が程よい。倍率も適切だ。弱拡大と強拡大のバランスには文句の付けようがない。症例選びのセンスが最高。ミニコラムが洒脱。肝臓内科医や呼吸器内科医,皮膚科医などが読んでも納得の知識量(臨床医向けだからといって無駄にカンタンにし過ぎていないところがいい)。著者の近影を検索したところ普通にイケメン。巻末あとがきで妻子に感謝を述べる性格の良さ。病理医ヤンデルが膝から崩れ落ちる名著である。

A5・頁206 定価:本体3,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04130-0


移動と歩行
生命とリハビリテーションの根源となるミクロ・マクロ的視座から

奈良 勲,高橋 哲也,淺井 仁,森山 英樹 編

《評者》橋元 隆(九州栄養福祉大教授・理学療法学)

2020年,PT・OTの新カリキュラムの根幹となる実践書

 これまで歩行に関する専門書は,数多く出版されている。しかし,それらの多くは歩行分析や異常歩行に関するもので運動学や動作学的観点で書かれたものである。本書のタイトルは『移動と歩行――生命とリハビリテーションの根源となるミクロ・マクロ的視座から』とされている。

 表紙のデザインは筆頭編者の奈良勲氏らしく地球に生息する種々の動物をはじめ,人間の移動形態や宇宙天体の移動などが描かれ,まさしく本書の概念を表すべく生命体の存在の根源をミクロ・マクロ的に包含している。

 「序章」には奈良哲学ともいえるメッセージが記述され,第1章,第2章はその関係性を保って時空・もの・生命の流れを含む“移動”の概念と理念(倫理)が記述され,第3章は代表的な疾患者の移動形態と移動圏が時系列的に解説されている。

 特に,第3章の代表的な疾患者の移動軸として,①病院内,②外来通院,③市町村内,④市町村内~県内,⑤市町村内~国内,⑥海外への移動と6段階に分類され,移動向上への介入,移動圏拡大に向けた症例紹介は斬新である。この分類の中に家庭内移動は含まれていないが,第2章「環境因子と個人因子に基づく移動圏」で,住居内の移動に利用する福祉用具,さらには移動環境とバリアフリー整備に関する法制度および安全な移動のための環境整備としてまとめてある。

 臨床現場でたびたび遭遇する事例として,「私は再度歩けるようになりますか?」との問い掛けに対して,「リハビリ頑張りましょう」と回答することが多々ある。対象者が頑張れば歩けるようになるのか? 対象者の「歩ける」は病前のような実用歩行であるにもかかわらず,担当セラピストは「上手に歩けるようになりましたねえ」と励まし,褒めたとしても対象者は満足するのだろうか?

 このような悩みを第1章「2 医療分野における生命倫理学の変遷」で解き明かしてくれている。この項の「はじめに」には,「臨床においては対象者の気持ちと治療者側の意向が合わないことも多い。インフォームド・コンセント(informed consent:IC)という用語は定着してきたが,その本質的な意味が理解されないまま,対象者の考えが医療者側へ届かないことも少なくはない。時代は,対象者の意向を尊重して治療方針を定めてゆく方向に大きくかじを切っており,その背景と考え方を学ぶことが重要となる。その意味で,生命倫理を学ぶことは治療を進めるうえで私たちの道標となってくれるであろう」と記述されている。また,「おわりに」の項には「医療人が生物学的な狭い範疇にとどまることなく,社会学的な視点をもって治療に生かし,学問的にも取り組む時期にきていることを自覚する必要がある」との記述もある。

 本書は,2020年から実施される理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則改正に伴うカリキュラムの根幹をなす書の1つであると考える。教員・学生はもとより,臨床家として新人を指導する中堅や管理職者などに求められる幅広い層に対して「移動と歩行」についてICFの共通言語をもとに,IADLからQOL,社会参加への実践書として世界観を触発してくれると確信する。

 なお,この書評を依頼されたころ,新型コロナウイルス感染症拡大(ウイルスの移動)のニュースが流れ,小学校から高等学校までの休校,大相撲の無観客開催,選抜高校野球の中止など過去に経験したことのない社会現象が生じている。移動制限が報じられ,古今東西“移動”は人間の生活基盤をなし,社会参加制約の要因になることを実感するとともに,本書がこの時期に出版されたことに驚きを隠せない。

B5・頁344 定価:本体5,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04080-8


レジリエント・ヘルスケア入門
擾乱と制約下で柔軟に対応する力

中島 和江 編著

《評者》佐野 武(がん研有明病院病院長)

医療安全にもたらすであろう新しい構図を予感できる

 「レジリエント resilient」とは聞き慣れない単語である。医学用語でもない。辞書には,「回復の早い,弾力性のある,柔軟な」とある。では「レジリエント・ヘルスケア」とは何か。この入門書を読めばその意味がわかり,そのコンセプトが医療安全にもたらすであろう新しい構図を予感できる。

 多くの職種が参加する現代の医療行為は,さまざまな要因が非常に複雑に絡みあって成立している。何か問題が起きた時,従来の医療安全管理の手法では,「失敗」に着目してその原因を突き止め,それを改善することで間違いをなくそうとする。これに対しレジリエント・ヘルスケアの世界では,逆に個々の医療プロセスが「なぜうまく行っているのか」に着目し,その要因を解析して生かすことで,より安全なシステムを構築しようというのである。

 複数の人間が自分の職責を自覚し遂行した結果として,一つの医療行為が完結する。何か予定外の環境変化が起きたとしても,個々人が工夫を凝らすことで大事に至らずに解決できる。そうした「弾力性に富む組織」を作ることができれば,あらゆる出来事に対してその時点で最善の対応が可能となるであろう。

 言われてみればまさに「目から鱗」の発想である。だがその実践となると容易ではあるまい。外科医の視点から言うと,トラブルが起こった手術の問題点を指摘することは比較的容易である。しかしそのトラブルはしばしば再発する。これに対し,何事もなくスムーズに進む手術は,実は一つひとつの手技の裏に外科医チームの深い配慮と技術が詰まっていることが多く,こうしたチームでは初歩的なトラブルは起きないし,繰り返さない。しかし歯がゆいことに,スムーズな手術がなぜスムーズなのかを解析して伝えることは容易ではない。

 特定機能病院の医療管理者である私には,医療安全は重要課題である。月に数百枚上がって来るインシデント・アクシデント(IA)レポートに目を通しながら,医療の複雑さと,エラーから逃れられないヒューマンのもろさを毎日痛感している。なぜ人はいつまでも同じ間違いを繰り返すのか。間違いの原因を突き止め,仕組みを見直し,チェックシステムを構築しても,なぜその間隙を縫うようにして次の間違いが起こるのか。この硬直した手法から抜け出て,新しい視点から医療行為を解析し,安全性を高めようというのがレジリエント・ヘルスケアである。その具体的手順はまだ発展段階にあると思われるが,大いに期待したいし,その応用で「スムーズにいく手術の極意」を伝えられるようになるかもしれない。

 免疫チェックポイントの解明でノーベル賞を受賞した本庶佑博士の講演を思い出す。がんの遺伝子変異をピンポイントに攻撃する分子標的薬は確かに有効であるが,次々と起こる変異への対応には限界がある。これに対し,洗練された免疫療法は弾力性に富み,どのような変異にもダイナミックに対応できるのだ,と。これこそまさに,レジリエント・ヘルスケアが求めるものではないか。

B5・頁224 定価:本体3,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02828-8


感染予防,そしてコントロールのマニュアル
第2版

岩田 健太郎 監修
岡 秀昭,坂本 史衣 監訳

《評者》本田 仁(東京都立多摩総合医療センター感染症科)

感染対策の重要事項を指南してくれるマニュアル

 この書評を書いている今はコロナウイルス(COVID-19)の流行の真っただ中である。私の病院もコロナウイルスの重症感染症の患者を受け入れ,感染対策室のメンバーは毎日の感染対策を話し合い,現場に教育を行い,実践されていることを確認し,部署でうまくいかないことを毎日吸い上げ,改善を促すという作業を何週間も行っている。この感染症における感染対策で少し特徴的なこともあるが,確認や指導している内容は基本的なことばかりだ。手指衛生はどうあるべきか,フロントラインの医師が個人防護具(PPE)の着脱のどこでつまずいているかを判断し,医療従事者が安全に働けるようにするのが感染対策に携わる者の務めだ。私の病院では感染対策室の推奨はすんなりと受け入れられている。それは基本に忠実に物事を進めているからという自負もある。それでも色々な場面で小さな不備を生じ,そのたびに改善する作業を繰り返している。ただそのprincipleは変わらない。

 今回のコロナウイルスの件で日本の医療機関内外を含めた感染対策には結構不備も多くあることが明らかになったと私は感じている。実は根本の部分にその問題がある印象なのだが,誰もあえて口にしなかったのかもしれない。

 感染対策は一人の優れた臨床医のような存在を必要としていない。同じ感染対策のprincipleを核となる担当者が共有し,それを基に現場に介入がなされることが重要である。この同じ内容の感染対策を共有する上で,感染対策の学問的な理解は欠かせない。

 『感染予防,そしてコントロールのマニュアル 第2版』はこの学問的な理解を深める上で欠かせない書籍である。実際に感染対策の分野において英語の書籍で推奨されるものはあるが,日本語の書籍ではなかなかお目にかかれない。私はこの書籍の初版も持っているが,第2版はchapterがより整理され,見やすくなった印象だ。ページ数も増えており,より実践的な内容が含まれている。特にChapter 1,2に含まれる基本コンセプトの理解と感染対策のプログラムの構築の章は秀逸である。このprincipleの共有ができていないことが日本の感染対策の弱点である。感染対策を始めたばかりの担当者には基本コンセプトの理解を,また経験の長い担当者にもあらためて原点に立ち返るために有用な内容が含まれている。またChapter10に含まれるような内容は感染対策担当者が本当は聞きたいけど,誰に聞くべきかわからない内容が含まれ,現場で実際に役に立つであろう。

 最後に,あえてこの書籍に注文をつけるとしたら,特別なセッティングでの感染対策(例:慢性療養施設や資源が限定的な施設)への言及が少ないことだ。ただこのセッティングの違いさえも,感染対策のprincipleをわきまえていることが重要で,その原則が答えを導き出してくれるであろう。表紙にもある通り,全てのICT(感染対策チーム)のメンバーに感染対策の重要事項を指南してくれるマニュアルとして,この書籍をお薦めする。

B5変型・頁454 定価:本体4,500円+税 MEDSi
https://www.medsi.co.jp/