医学界新聞

我流よ,さらば!

対談・座談会 西城 卓也,鋪野 紀好

2020.03.09



【対談】

我流よ,さらば!
医療者教育学を体系的に学ぼう

西城 卓也氏(岐阜大学医学教育開発研究センター准教授)
鋪野 紀好氏(千葉大学医学部附属病院総合診療科/総合医療教育研修センター)


 医療者はその知識や技術を次の世代に教え伝えることが求められる。しかし学び方が多様化し,多職種連携によるチーム医療が求められるなか,医育機関ごとのファカルティ・ディベロップメントや講習会など従来の手法では複雑化した教育の課題への対応スキル獲得が困難になっている。これらの課題を追究すべく,職種を越えてその課題の根源にある教育学を体系化し,その研究を推進する学際的学問が「医療者教育学」である。

 日本にはあまりなじみのない医療者教育学であるが,国際的には修士課程レベルでの専門家養成が進展している。1990年に7校しかなかった修士課程は,現在150校以上に達する。そして2020年度には,国内初の医療者教育学専攻修士課程が岐阜大大学院にて開講することになった。本紙では,オランダ・マーストリヒト大にてMHPE(Master of Health Professions Education:医療者教育学修士)を取得した西城氏と,日本で診療に従事しながら米マサチューセッツ総合病院の医療者教育学修士課程に在籍している鋪野氏の対談を企画。医療者教育に携わる医師の,さらなる学びの場としての医療者教育学の魅力や学び方を議論した。


鋪野 私は現在,マサチューセッツ総合病院(MGH)の医療者教育学修士課程に在籍しています。医学生や研修医の教育に長らく携わってきましたが,理論を知らないままに我流で教えていたことを痛感する日々です。

 一例を挙げると,シミュレーションセンターで行ったデブリーフィングの場面です。最初に褒めた後で悪い部分を指摘し,最後にまた褒めて終わるというPNP(Positive・Negative・Positive)法でフィードバックをしたところ,教員にダメ出しされたのです。後で教えてもらった文献1)によると,PNP法はエビデンスに乏しくて,日本では耳学問的に広まっているにすぎないようです。人間関係を作るにはPNP法でもいいのかもしれませんが,本人のパフォーマンス改善に焦点を当てるにはもっとふさわしいやり方があることに気付かされました。

教育研究者でなくとも役立つ医療者教育学

西城 フィードバック技法ひとつ取っても学術的な知見の積み重ねがありますから,教育方法を体系的に学ぶことによって日々の指導に自信が持てるようになりますね。

 私自身に関して言えば,教育方法以外のことも幅広く学ぶ必要性を感じて医療者教育学修士課程に進学しました。

鋪野 私もそうなのですが,やはり学生や研修医を指導する中でそう感じたのでしょうか?

西城 ええ。例えばやる気のない研修医の問題です。実際に本人の話を聞いてみると,指導医に放置されるなど置かれてきた環境が原因の場合も多いのですよね。あるいは学生の手が挙がらない授業。筆記試験が重視され,一方的な講義を受け続けたら,成績だけを気にする受け身の姿勢が学生に定着して質問しなくなるのは当然です。こういった課題を解決するには,評価やカリキュラム開発についても学ぶ必要性を感じたのです。

鋪野 指導法は見様見真似でなんとかなるにしても,評価やカリキュラム開発に関してはやはり専門的なトレーニングを受けない限り,実践は難しいですものね。修士課程に在籍すると,医療者教育学の三大基本領域である指導(Teaching&Learning)・評価(Assessment)・カリキュラム開発(Curriculum development)について体系的に学ぶことができます。

 加えて,修士課程はアカデミアの要素が強いので,そのジャンルに必要なリサーチメソッドを学べるのも個人的にはありがたいです。MGHの場合は教育へのテクノロジー活用に熱心な教員が多くて,関連の研究活動が盛んです。私自身,アクティブ・ラーニングのためのツールなど現場ですぐに活用できる知識を得るだけでなく,研究活動にも修士課程での学びが活きています。

西城 教育研究は医学研究とはアプローチが異なるので,やはり専門的なトレーニングが必要ですね。今回の対談テーマである医療者教育学は,これらの課題を解決するための学際的学問です。多くの医療者にとってはなじみがないかもしれませんが,臨床と教育のうち,教育の比重が経験年数とともに高まるにつれて,体系的な知識を身につける必要性が増していきます。

 医療者教育にかかわる医師の立ち位置とワークロードは図1のとおりです。臨床の最前線の臨床指導医や各部門の診療だけの責任者ならば,適切なワークショップや講習会の機会を得るだけでも十分かもしれません。逆に修士号が特に活かされるのは,臨床よりも教育のワークロードの比重が高い教育コンサルタントや教育研究者。さらには,臨床と教育の中間の立ち位置にある臨床教育家もその役割を果たすのならば,学内や病院内での教育に対応できる力をつけるために修士号の取得を検討する価値はあります。

図1 医療者教育にかかわる医師の立ち位置とワークロード(クリックで拡大)
[西城卓也,他.医療者教育コンサルタントの役割.治療.2019;101(1):81-85.]より一部改変

鋪野 私はMHPE取得後も現場で学生・研修医を指導し,より良い総合診療医を育成していきたいと思っています。めざすところは臨床教育家なのかもしれません。

西城 臨床教育家は,臨床医かつ教育の専門家として2足のわらじを履くことになります。2つのワークの狭間でベストを尽くす“ワーク・ワーク・バランス”が求められる。大変な立ち位置です(笑)。

 でも今後は,鋪野先生のような役割を果たす臨床教育家の重要性が増していくでしょうね。昔は医師として経験を積むことによって自然と良い指導者になれたのかもしれませんが,現在の医学は日進月歩で教育技法も驚くほど進化しています。経験を積んだ医療者が,ある種のリカレント教育としての教育学を学ぶ必要がある。その意味でも,あらゆる臨床...

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