医学界新聞

寄稿 武田 朱公

2020.02.17



【寄稿】

アイトラッキングシステムを用いた認知症スクリーニングの可能性

武田 朱公(大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学 寄附講座准教授)


 高齢化に伴う認知症患者の急増が保険・経済上の大きな社会負担となっている。厚労省発表の認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)によれば,日本の認知症患者数は2025年に700万人に達し,認知症の前段階とされる軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)も認知症と同程度の有病率と推定されている。一方で,世界の認知症患者数は現在4000万人以上に上り,2050年には1億人を超えるとの予想もある。特に開発途上国における認知症患者の増加が著しく,患者数やその増加率はむしろ先進国よりも大きいとされる1)

認知症早期診断の難しさ

 近年は,認知症を早期に発見し早期に介入することの有効性を示す医学的エビデンスが蓄積されつつある。Livingstonらの報告によれば,認知症の危険因子のうち約35%は現実的に回避可能なものであり,運動習慣や生活習慣病の改善などの適切な介入によって認知症の発症予防や進行抑制が可能であることが示されている1)。さらに,認知症の予防対策により将来的な介護費を数兆円規模で抑制できるという国内の試算もあり,根本的治療法が確立されていない現在,認知症の早期発見・早期介入の重要性は極めて大きい。

 しかしながら,現状は認知機能障害を早期の段階で見つけることは難しく,多くの認知症患者は症状が進行してしまってから専門医を受診する。この最大の原因は,スクリーニングとして利用できる簡便な認知機能評価法が存在しない点にあると筆者は考える。

 通常,認知症検査の最初のアセスメントは,MMSE(Mini-Mental State Examination)などの簡易認知機能検査で行われることが一般的である。長い歴史と実績がある信頼性の高い検査であるため,抗認知症薬の治験などでも利用されている。しかし,問診をベースとした検査であるため評価に時間がかかる上,被検者の心理的負担が大きく,熟練した検者を要するという特性から,認知症のスクリーニング法として問題点が多いと指摘されていた。

アイトラッキングを利用した新しい認知機能評価法

 こうした従来の認知機能検査における課題を克服するためには,より簡便な認知機能評価法が必要とされる。そこで筆者らは,JVCケンウッド社と共に視線計測装置「Gazefinder」を用いたアイトラッキング(視線検出)技術による簡便かつ客観的な認知機能評価法の開発を進めてきた2)。本評価法は,認知機能評価タスク映像とアイトラッキングを組み合わせることで,注視点データから被検者の認知機能を定量的にスコアリングするシステムである。具体的には,記憶,注意,判断,視空間認知などの認知機能ドメインを評価するタスク映像をモニター上に提示し,それを眺める被検者の視線動向をアイトラッキングで連続的に定量記録する(図1)。得られた視線データを基に各タスクの正答率が算出され,定量的な認知機能スコアとして提示される。

図1 アイトラッキング式認知機能評価法
約3分間表示されるさまざまなタスク映像に対する視線の動きをアイトラッキング技術で記録,解析し,簡便かつ客観的・定量的に認知機能のスコアリングを行う。

 タスク映像を眺める検査時間はわずか3分弱で,15分程度の検査時間を要する従来の問診形式よりもはるかに短い時間で検査を終えることができる。また,被検者は声に出して回答する必要もないため,たとえ間違えた場合でもそのことが周囲(検者など)に知られることはない。問診形式では,簡単な問題に答えられなかった場合に被検者の自尊心を傷つけてしまうことが多く,こうした点に対する配慮は検査中の被検者の心理的ストレスを大きく軽減させる。さらに,タスク映像を眺めるだけであるため原則的に検者は必要なく,医療者側の労力の軽減にもつながる。

 このシステムによって算出される認知機能スコアは,MMSEやアルツハイマー病評価尺度等......

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