医学界新聞

患者や医療者のFAQに,その領域のエキスパートが答えます

寄稿 松本 俊彦,杉山 直也

2020.02.10



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
患者の違法薬物使用を知ったとき,どうする?

【今回の回答者】
松本 俊彦
(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部 部長)
杉山 直也(沼津中央病院 院長/日本精神科救急学会理事長)


 患者が違法薬物を使用していることを知った場合,医療者はどう対応をすると法令違反になり,さらに,どう対応することが患者の健康増進に役立つのでしょうか?

 2019~20年厚生労働科学研究班「精神科救急および急性期医療の質向上に関する政策研究」(研究代表者=杉山直也)ではこの問題を検討し,対応の在り方に関するガイドラインをまとめました1)。今回,その成果に基づいて回答します。


■FAQ1

救急搬送されてきた患者が違法薬物を使用していることが判明しました。警察に通報すべきでしょうか?

 わが国には,患者の違法薬物の使用に関して,医療者に警察への通報を義務付けた法令は存在しません。ですから,通報しなかったからといって,その医療者が何らかの法令違反に問われることは,原則としてありません。

 一方,守秘義務については留意すべきです。刑法第134条1項では,医師や看護師といった医療職に就く者が「正当な理由がないのに,その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは,六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する」と規定されています(秘密漏示罪)。医療者としては,まず守秘義務を優先することが本来的といえます。

 もっとも,だからといって医療者は患者の違法薬物使用を告発してはならないわけではありません。最高裁判例2)によると,現に犯罪に当たる行為が存在する以上,守秘義務を放棄する「正当な理由」が存在すると考えられ,この場合には秘密漏示罪は適用されないとしています。

 それでは,その医療者が公的医療機関に勤務し,犯罪告発義務を負っている公務員(もしくは,みなし公務員)であった場合はどうでしょうか? 公務員の医師は,刑法以外にも国家公務員法や地方公務員法によって守秘義務が課されていますが,同時に刑事訴訟法第239条2項によって「公務員の犯罪告発義務」が課されています。

 実は,犯罪告発義務は全ての公務員,全ての状況に対して無条件に課せられているものではありません。たとえ公務員であっても,職務上正当と考えられる理由があれば,守秘義務を優先することは許容されるのです。例えば,医療を本務とする公務員が治療上の必要から患者の犯罪行為を告発しないのは正当な行為となります。実際,薬物依存症患者の診療では,薬物使用そのものが病気の症状ですから,再使用のたびにその都度告発していたら治療になりません。

Answer…公務員であるか否かにかかわらず医療者は,犯罪の告発に関して裁量することが許容されています。医療者として最も望ましいと思う選択をすればよいでしょう。

■FAQ2

患者の違法薬物使用に関して,警察に通報することが望ましい場合はありますか?

 医療者には,患者の健康増進や回復を支援する責務とともに,治療環境を安全に保ち,他の患者の治療を受ける権利を守る責務もあります。

 例えば,他の患者に対する違法薬物の譲渡や販売,使用の勧誘といった行為は明らかに治療環境の安全性を脅かす行為です。違法薬物の影響で興奮し,患者自身や他の患者,あるいは医療スタッフに危害を及ぼす恐れが切迫している場合も同様です。こうした場合には,他者の権利を侵害する恐れがあり,公益上の強い要請があると判断することができ,守秘義務を放棄する正当な理由になり得ます。

Answer…...

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