医学界新聞

2020.02.03



Medical Library 書評・新刊案内


マクロ神経病理学アトラス

新井 信隆 著

《評者》黒田 直人(福島医大教授・法医学)

神経病理の長い回廊を颯爽と歩くために

 このアトラスに掲載された全ての写真は,著者が厳選し言霊を託した「物言う画像たち」である。本書は,解説をわかりやすく最小限度とし,その代わり画像に多くを語らせるという,アトラスの理想を具現化したものだ。

 神経病理学を学び始めた人たちにとって,本書に収録された写真の一枚一枚はその道をたどるための地図片であり,恐らくボロボロになっても読み続けられることだろう。また,経験豊富な剖検医にとっても,新風を彼らの脳裏に注ぎ,重要な転換点を与えてくれるに違いない。

 例えば31ページを開いてみよう。「小脳と脳幹を切り離す」プロセスを解説するのに,ここまで具体的に注意深く写真で示したアトラスが,これまでにあっただろうか。そして次のページをめくると,小脳脚たちの自然の姿(それはわれわれが医学生の頃に神経解剖学で学んだはずなのになかなかイメージできなかった代物)が現れる。恥ずかしながら,小生など今までオロオロしながら脳幹を切離していたのだが,このアトラスはその勘所を見事に示している。これなら今度こそ自信をもって脳幹と渡り合えるぞ,という勇気すら与えてくれているではないか。

 さらに111ページでは,「結節性硬化症」の特徴的な皮質病変が,特大の画像で一つひとつ丁寧に示されている。

 「よく見てごらん。ほら,ここも,それからこれもそうなんだよ」と,著者の教えが聞こえてくるかのような,心強い導きがこのアトラスには込められている。

 このアトラスの特長とも言える大きく丁寧に撮影された写真たちは,所見や特徴を克明に示しているだけではない。それらは,「脳や臓器の写真というものはこのように撮影しなければいけないよ」という重要なメッセージをも読者に与えてくれている。

 他の領域の解剖と比較して,われわれ法医の担当する解剖では脳検査の機会が実はとても多い。しかし,多いが故に駆け足で通り過ぎてしまいがちで,その結果,脳検査に不安を抱くようになることが多かった。指導を受ける好機が非常に限られていることに加え,脳をどのように調べるかをわかりやすく示した教科書やアトラスが乏しかったことが,われわれに不要の彷徨を強いていたのかもしれない。

 世の医学アトラスには,厚く,重く,時として硬く,ページをめくるのにいささか気力を要するものが案外多い。『マクロ神経病理学アトラス』は,全ての剖検医が渇望していた書である。研究室に,解剖室に,そしてくつろぎの場所にさえも置いて,一度ページをめくった人ならいつでも,何度でも,用がなくても開きたくなるような,アトラスかくあるべしという驚嘆の一冊である。

A4・頁152 定価:本体9,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02528-7


作業療法の話をしよう
作業の力に気づくための歴史・理論・実践

吉川 ひろみ 編

《評者》中村 春基(日本作業療法士協会会長)

作業療法人生における学びの楽しさを教えてくれる

 素晴らしい書籍である。書評の機会を与えていただいたことに心より感謝したい。本書のルーツは,米国の作業療法の100年の歴史を綴った,Andersenによる『The History of Occupational Therapy』とのことである。

 第1章は「作業療法のはじまりから今日まで」と題して,作業療法のルーツの道徳療法,アーツアンドクラフツ運動,社会背景,米国作業療法協会の誕生,日本における作業療法,世界作業療法士連盟,作業療法の定義の変遷,理論とエビデンス,これからのビジョンと発展について,43の文献を読み解き,著者の目を通した物語が綴られている。作業療法の歴史の“総説”として,この第1章のみでも十分に価値がある。

 第2章は作業療法の理論が生まれる前夜から現在までを,「作業療法のことば」と題して述べている。キャストは「人間作業モデル」「カナダモデル」「アメリカの作業療法」「生活行為向上マネジメント」である。クライエント中心に至った背景,作業のとらえ方,理論などが横断的に比較されていて,それぞれのモデルを俯瞰できる。また,わが国の50年先を走る米国の作業療法の歴史をひもとき,日本の作業療法の立つべき位置を見極めることの重要性を述べている。この章の5節では,「考える,伝えるための道具としてのことば」として,「作業との結び付きと作業従事」「作業的公正」などについて述べている。これらの概念は,わが国の障害者権利条約の合理的配慮や地域共生社会や地域包括ケア,まちづくりなどにおける作業療法の取り組みを支える概念である。

 第3章は「作業療法をする人」と題して,作業療法の専門性と知識,技能について,人-環境-作業の関係と,それの健康・幸福・人権との関係,またクライエント中心の観点から述べている。

 第2章と第3章は,次の第4章の「作業療法の物語」と第5章の「悩める作業療法士が開く扉」の基調を成している。読者の中には,作業療法の学生であったり,米国やカナダの作業療法の知識に接したことのない方も多いと思う。そのような方でも,第4章で紹介されている25の事例と第5章を読んでもらうと,「なるほど,作業療法とはこういうものか」と納得できると思う。

 その第4章の「作業療法の物語」では,25のさまざまな取り組み事例が紹介されている。その中の一つの物語「資格の壁」では,29歳のハナさんの思いを実現するために,ハナさんの成長に寄り添い,「訪問介護員養成研修事業」を立ち上げ支えた事例が紹介されている。ハナさんの課題を地域課題としてとらえ,地域を資源を開発し支えるという,統合,人権モデルでの作業療法の実践である。また,第5章の3節「作業療法実践を阻む壁」では,「作業療法の認識」「実践環境」の視点から,わが国における作業療法の「しにくさ」についてやさしく解説している。多くの読者に「悩みはわたしだけでない」と勇気を与えてくれると思う。

 最後の章は,寺山久美子,宮前珠子,澤俊二,吉川ひろみ各氏による座談会が収録されている。日本の作業療法の黎明期から現在までをひもとく視座を与えてくれるとともに,作業療法士一人ひとりが行う実践の大切さを教えてくれる。

 冒頭でも述べたが,本書に出合えたことに心から感謝している。作業療法人生における学びの楽しさを教えてくれ,「作業療法の話をしよう」と本当に思わせてくれる良書である。本書とともに,「みんなで一緒に壁を乗り越えていきましょう」。

B5・頁256 定価:本体3,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03832-4

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