医学界新聞


看護基礎教育で培いたいホスピスマインドとは

対談・座談会 恒藤 暁,田村恵子,小山 富美子

2020.01.27



【座談会】

緩和ケアに学ぶ看護の本質
看護基礎教育で培いたいホスピスマインドとは

恒藤 暁氏(京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 教授/同大学医学部附属病院緩和医療科 科長)=司会
田村 恵子氏(京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻緩和ケア・老年看護学 教授)
小山 富美子氏(神戸市看護大学療養生活看護学領域慢性病看護学分野 准教授)


 緩和ケアの実践から浮かび上がる看護の本質とは何か。1975年にカナダで初めて緩和ケア(palliative care)の言葉が用いられて以来,WHOは緩和ケアの推進に積極的に取り組み,世界各国で発展している。「早期からの緩和ケア」が提唱され,近年はがん以外の疾患にも緩和ケアが適用されるなど,対象となる疾患,病期,そして実践の場が広がっている。時代とともに緩和ケアの実践は変化しても,変わらぬケアの本質があるのではないか。

 看護学テキストシリーズ「系統看護学講座」の1冊である『緩和ケア』は,近年変化する緩和ケアの状況に即して,このたび全面改訂が行われた。本書の編集に当たる恒藤暁氏,田村恵子氏と,緩和ケア教育に携わる小山富美子氏の3人が,緩和ケアの現状と課題を踏まえ,緩和ケアの専門性と教育の意義を議論した。


恒藤 わが国で「緩和ケア」の言葉が初めて公式に使われたのは,診療報酬に「緩和ケア病棟入院料」が新設された1990年のことです。それから30年,緩和ケアはわが国の医療制度に広く浸透しました。

田村 この間,緩和ケアの概念が大きく変化したのが,2006年のがん対策基本法(以下,基本法)の成立ではないでしょうか。今でこそ「症状が緩和され,患者さんのQOLが改善すれば自宅に帰って過ごせる」との希望を持てるようになりましたが,以前は難しい時代でした。基本法の施行以降,早期からの緩和ケアが提言され,緩和ケアによるQOL向上への期待が医療者だけでなく一般の方にも周知されました。

恒藤 他科の医師が,緩和ケア科に患者さんを紹介する際の垣根も格段に低くなったと思います。

小山 そうですね。がん対策推進基本計画を受けて,医師を対象にした緩和ケア研修会「PEACEプロジェクト」も始まり,緩和ケアに対する認識を多職種で共有できるようになりました。それ以前は痛みのマネジメントや臨死期のケアは試行錯誤の連続で,医師と方針が相容れずに葛藤した経験もあります。鎮痛薬の処方や積極的な副作用対策などについては,患者さんに基本法の恩恵が届いていると実感します。

患者の死に向き合うこと,それが緩和ケアの専門性

恒藤 2018年の診療報酬改定で緩和ケア病棟入院料が1と2に区分されたように,在宅ケアへの移行が促される方針へと変化しています。「終のすみか」と考え緩和ケア病棟に移った患者さんと家族が,在宅ケアへの移行を迫られる場面も増えてきました。私たちがめざしてきた緩和ケアと国の政策との間にギャップが生じていると感じます。

田村 おっしゃる通りです。さらに近年は循環器疾患や呼吸器疾患など,がん以外にも緩和ケアを適用する動きが広がっています。その意義は評価できるものの,ホスピスケアあるいはターミナルケアと呼ばれた時代から私たちが取り組んできたホスピスマインドに,蓋をされてしまった感があります。

恒藤 それは,どういうことでしょう。

田村 緩和ケアを受ければ死の恐怖から逃れられる。そのようなメッセージが医療者や患者さんの間で強まったと思うのです。

恒藤 確かに死というものが強調されなくなったのは否めませんね。Elisabeth Kübler-Ross先生は「死は成長の最終段階」と表現し,死に直面した患者さんは驚くべき成長を見せると指摘しています。同時に「決して患者さんを安らぎや受容へ導こうとしてはいけない。それは有害だ」とも述べている。田村さんの考えるホスピスマインドとは具体的にどのようなものですか?

田村 全人的苦痛の緩和と,患者さんに最期まで寄り添い続けることの2つです。ホスピスとは,死の存在を否定せずに残りの人生の生き方を考えていくという,延命至上主義の医療に対するアンチテーゼの側面があったと思うのです。それが,基本法を境に従来のホスピスマインドが「古い考え方」と受け止められたような気がして……。私は割り切れない思いを抱きました。

小山 同感です。薬剤の使用さえできれば緩和ケアができていると考える看護師が少なくないように思います。臨床で患者さんから「看護師さんに相談しにくい」との訴えを聞いたときは,危機感を抱きました。

恒藤 症状マネジメントが重視され,身体的苦痛ばかりに目が向いてしまっているようですね。そのため患者さんや家族とのかかわりが疎かになっているように感じられるのでしょう。

小山 はい。クリニカルパスや業務効率化によって看護師の自律的な判断の機会が削がれていると感じます。加えて在院日数短縮により,患者さんに手を差し伸べる余裕も失われています。WHOが緩和ケアの定義で「生命を脅かす病」を対象としていることに立ち返り,身体的,精神的,社会的,スピリチュアルを含めた全ての苦痛に対するケアの在り方を見つめ直さなければなりません。

田村 患者さんの死に向き合うこと,突き詰めればこれが緩和ケアの専門性です。日本ホスピス緩和ケア協会が実施する専門的緩和ケア看護師教育プログラム「SPACE-N」における看護師の役割が,「苦や死に向き合って生きるがん患者・家族を支える」とあるように,この実践こそが緩和ケアに求められると考えます。

恒藤 英国のリバプール大学で専門的緩和ケアの教育プログラムを開発したJohn Ellershaw名誉教授は,「緩和ケア医は他科の医師と何が違うのか。それは死にゆく患者さんに対するケアである」と述べています。死に向き合うことは,患者さんと家族だけでなく医療者自身にも困難が伴います。しかし,そこから逃げずに向き合うことで,「生命を脅かす病」のある患者さんの生活や人生がより有意義なものになる可能性がある。緩和ケアの専門性は,そこにこそ見いだせるのではないでしょうか。

芽生えるホスピスマインド

恒藤 では,近い将来死を迎えるという,重大な問題に直面している人に向き合うためには,どのような緩和ケア教育が必要でしょう。緩和ケアを教えるお二人は,学生に特に何を学んでほしいと考えていますか。

小山 看護学生として,死に直面する人を前に何ができ,そしてできないことがいかに多いか知ることです。実習で現場に出たら,患者さんにできるだけ寄り添う姿勢を持ってほしいですね。学んだ症状マネジメント,セルフケア支援をしなければならないと,どうしても気持ちが焦るのはわかります。たとえ獲得した知識全てを実習で生かせなくても,患者さんに合わせたケアを自ら考え抜くことが大切だと伝えています。

恒藤 学びには,方法論である「どうすべきか(How To)」と,本質論である「どうあるべきか(What To Be)」の2通りあると言われています。症状マネジメントの知識や技術は短期間で学べて実践しやすい一方,患者さんと向き合うために自分はどうあるべきかは,簡単な答えがありません。京都大...

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