医学界新聞

森田 朗,曽根 智史,友田 明美,真田 弘美,徳久 剛史,吉岡 由宇,堀 憲郎,大熊 保彦,齋藤 宣彦,荒木 暁子,森村 尚登,坂下 千瑞子,荒木田 百合

2020.01.06



2020年
新春随想


データヘルス改革への期待

森田 朗(津田塾大学総合政策学部教授)


 中医協の公益委員を務めたことから,これまでも医療制度改革の動向には関心を持ってきた。北欧を中心とした先進諸国を毎年のように視察してきたが,近年,それらの国々が改革の舵を大きく切り始めていると感じる。それらの国では,社会の高齢化,医療技術の著しい進歩,そしてそれに伴う医療費の増加に対して,医療の質を落とさず,持続可能な医療提供体制をいかに構築するか。一言でいえば,このような問いに答えるべく,改革が進められている。

 その方向は,第一に,医療の分業化と集約化を前提としたマネジメントの強化による効率化であろう。そして,第二が,こうした効率化を実現するために,大量のデータに基づき,医療の質を評価し,ムダの削減を図るとともに,適正な資源配分を実現しようとするデータヘルスの推進である。

 データヘルスのために,国民各自の健康データを蓄積し,そのビッグデータの解析を通して,ベストな医療を追求しようとしている。それとともに,国民の一人ひとりに応じた最適の健康管理をめざそうとしている。

 わが国は,これまで高い医療の質を維持してきた。そして,データも蓄積してきた。しかし,それを活用し,今述べたような質のより高い効率的な医療を実現してきたかというと,まだ先進諸国との間には隔たりがある。

 だが,データヘルス改革の名の下にデータ活用の基盤整備が最近始まった。電子カルテの標準化や,NDBデータ活用等の動きである。そして,国民各自のデータ連携のためのIDとして,被保険者番号を使用することも決定された。被保険者番号を使うシステムは非常に複雑であり,また個人情報保護の観点からの制約も大きい。そのため,真にデータを活用し医療における質の向上と効率化を図るには,まだまだ課題が残されている。

 こうした状態を改善し,データヘルスを推進するためには,医療等の分野における情報の活用方法と範囲を明確に定め,データ活用の根拠を示した「医療情報基本法(仮称)」制定が必要であろう。

 医療の目的は,何よりも患者の命と国民の健康を守ること。それを忘れてはなるまい。今年は,そのような改革が一気に進むことを期待したい。


SDGs実現に保健・医療が果たす役割とは

曽根 智史(国立保健医療科学院次長)


 持続可能な開発目標(以下,SDGs)とは,2000~15年のミレニアム開発目標(MDGs)を踏まえ,2015年9月の国連総会で2030年までの取り組みとして採択されたもので,17の目標と169のターゲット(達成目標)から成っている。内容は多岐にわたり,途上国,先進国を問わず,全世界が取り組むべき課題として提示された。

 日本政府も2016年以降,SDGsの実現に向けて,さまざまな取り組みを行っている。自治体,民間企業,NGOやNPOもそれぞれの得意分野で取り組みを進めており,積極的にその成果をアピールしている。今や新聞や雑誌でSDGsの文字を見ない日はないほどの盛り上がりを見せているのは大変喜ばしいことである。誰もがそれぞれの立場でかかわれるハードルの低さが特長で,人目を引く色使い,わかりやすいピクトグラム(絵文字)もその普及に一役買っていると言える。

 さて,保健・医療の分野は,SDG 3「あらゆる年齢の全ての人々の健康的な生活を確保し,福祉を促進する」の下に,妊産婦死亡,子どもの死亡,AIDSや結核等の感染症,精神保健,生活習慣病(NCDs),薬物やアルコール依存,交通事故,リプロダクティブ・ヘルス,ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC),公害等に対するターゲットが設定されている。わが国での取り組みが世界的に見ても進んでいる部分もあれば,国内でやるべきことがまだまだたくさん残っている部分もあり,進捗はさまざまである。

 先進的な部分については海外に参考にしてもらう働き掛けがますます重要になる。私が勤務する国立保健医療科学院では,発展途上国の行政官を対象にUHCやNCDs対策に関する政策研修を長年実施している。最近は特に「運営のディテールやうまくいっていないところを知りたい」,「できないことをお金のせいにしたくない」など,参加者の意識の変化を感じる。伝える側にもさらなる研鑽が必要である。

 国内的にさらにやるべき部分については,政策を含め一層真摯に取り組む必要がある。ただし,前述のようにSDGs全体としては,さまざまなステークホルダーが参入してきているのが現状なので,保健・医療分野においても,今後,多様な解決策(のシーズ)を持った保健・医療以外のステークホルダーと協働していく機会が増えるのではないかと考えている。

 またSDG 3以外にも,SDG 2「飢餓を終わらせ,食料安全保障及び栄養改善を実現し(以下略)」,SDG 6「全ての人々の水と衛生の利用可能性(以下略)」など,保健・医療が一定の役割を果たせる分野も多い。SDGsを共通言語として,分野間の連携・協働が一層加速するのではないかと期待している。

 一方,SDGsはその理念として「誰も取り残さない」と宣言している(We pledge that no one will be left behind.)。これは保健・医療の基本理念でもある。どのようなステークホルダーと組もうとも,保健・医療従事者が率先して示すべき姿勢であろうと思う。


多職種連携による「とも育て」を

友田 明美(福井大学子どものこころの発達研究センター教授)


 私はこれまで,外見からはわかりづらい「こころの傷」を可視化するために,さまざまな「マルトリートメント(虐待などの避けるべき子育て)」を受けた人の脳の画像をMRI(磁気共鳴画像化装置)を使って,調べてきました。

 その結果,最近,厳格な体罰や暴言虐待を受けたり,両親間のDVを目撃したりすることで,視覚野や聴覚野といった脳の部位に“傷”がつくとわかってきました。「マルトリートメント」が発達段階にある子どもの脳に大きなストレスを与え,実際に脳を変形させていることが明らかになったのです。

 この傷がずっと残ることから,虐待を受けた子どもは大人になってもつらい思いをするのです。これまでは,生来的な要因で起こると思われていた子どもの学習意欲の低下や引きこもり,成人期以降に発症する精神疾患も,この脳の傷が原因で起こる可能性があることがわかりました。大人が日々,何気なく掛けている言葉や取っている行動が子どもにとって過度なストレスとなり,知らず知らずのうちに,こころや脳までも傷つけてしまっていることがあるのです。

 また,脳が最も発育する幼少期に,不適切なかかわりのせいで愛着が形成されない場合,特に精神面において問題を抱えてしまうことがあります。具体的には,うつなどのこころの病として出現したり,幼少期に問題がないようでも成人してから健全な人間関係が結べない,達成感を感じにくい,意欲が湧かないなどのさまざまな問題が現れたりします。

 虐待は,たとえ死に至らなくても深刻な影響・後遺症を子どもに残し,過酷な人生を背負わせることになります。虐待の日常化は「支配─被支配」といった誤った関係性を家庭内に生みます。このような環境の中で暴力の恐怖におびえながら成長した子どもは,他人に対して不適切な接し方を身につけてしまう可能性があります。

 一方で少子化・核家族化が進む社会では親も苦しんでいます。育児困難に悩む親たちは支援を容易に受けることができず,ますます深みにはまっていきます。「虐待の連鎖」が言われて久しいですが,被虐待児たちの3分の2は自らが親になっても虐待しないという事実にも目を向けてほしいと思います。現代社会には,育児困難に悩む親たちを社会で支える「とも育て(共同子育て)」が必要です。

 養育者である親を社会で支える体制は,いまだ脆弱なのが現実です。虐待を減少させていくには,多職種が連携することで家庭・学校・地域を結び付け,子どものみならず親たちとも信頼関係を築きながら,根気強く対応していくことから始めなければなりません。

 今回,小児期の被虐待経験と「傷つく脳」との関連性を紹介しました。これらのエビデンスに関する理解がもっと深まれば,子どもに対しての接し方は変わっていくはずです。このことが,子どもたちにとって未来ある社会を築くことにつながればと願っています。


幸福寿命延伸に向けた看護学研究の挑戦

真田 弘美(東京大学大学院医学系研究科附属グローバルナーシングリサーチセンター長/日本看護科学学会理事長)


 世界に類を見ない高齢化率に達する日本の将来に向け,看護の役割は一段と大きくなってきた。いわゆる老年症候群である認知症や寝たきりの療養者の増加とともに,看護のケアの場が急性期病院から在宅や施設へ移りゆく中,症状コントロールは看護の最も大きな責任になっていく。痛みや症状を自ら伝えられない療養者が増え,「主観的な痛み」を取り除く支援は,在宅や施設で既に限界にきている。この局面を打破する方法として,AI等の先端技術の看護への応用は非常に大きなケアイノベーションとなる。さらに,高齢者が生きやすい地域システムづくりの一環としてコミュニティの再考など,喫緊の課題といえる。

 本学医学系研究科には,2017年より看護学の新分野の構築や若手研究者の育成を目的としてグローバルナーシングリサーチセンターが設立された。その中に,ケアイノベーション創生部門と,看護システム開発部門がある。医学はもちろんのこと,工学,理学,薬学,社会心理学など他の学問分野との融合,そして産学連携研究を積極的に取り入れ,その結果をプロダクトやシステムにして社会実装をしている。

 例えば,腹部症状を伝えられない療養者の便秘アセスメントにエコー画像を取得すると便の量と位置をAIが示すケア支援デバイスと,その実践に向けた教育プログラムを開発している。また,コンビニエンスストアをプラットホームとした認知症患者の見守り,緊急時対応など,高齢者に優しい街づくりに関する研究を練馬区で進めている。

 看護学研究は,Society5.0といわれる時代の要請とともに,療養者のニーズをいち早くとらえて的確に寄り添うため,ロボティクス看護学やイメージング看護学,データサイエンス等の学際的な新しいケアの枠組みの創生が課題である。これを担う若手研究者の育成が日本看護科学学会の責務といえる。この取り組みが奏功する時,看護学は人々が豊かで幸せに生きる幸福寿命の延伸を支援するに違いない。


グローバル人材育成に向けた海外留学必修化

徳久 剛史(千葉大学学長)


 21世紀に入り世界では,情報通信技術の著しい発達によりあらゆる分野においてグローバル化が急速に進むとともに,中国やインドを筆頭としたアジア諸国の経済的発展が加速し,国際競争が激化している。またわが国では超高齢社会を迎えており,社会保障ばかりでなく経済・外交面などにも課題が山積している。そのため日本が世界の国々と共に持続的に発展していくには,創造的な発想力や柔軟な思考力とともに豊かな国際教養と語学力・コミュニケーション能力を持ったグローバル人材の育成が急務となっている。

 千葉大ではこのようなグローバル人材の育成に向けて,スーパーグローバル大学創生支援事業等の支援を得て,多彩な留学プログラムの開発や海外17か所に留学拠点の整備をしてきた。そして,2016年度には国際教養学部を新設して海外留学を必修化した。

 さらに,2020年度よりENGINE(Enhanced Network for Global Innovative Education)プランを実施予定だ。学部・大学院の全学生に海外留学を必修にするとともに,外国人教員の増員等による英語教育改革や,長期留学中でも本学の科目履修が継続できる教育環境整備等を行うことにしている。

 私がグローバル人材の育成において海外留学を重視するのは,学生時代の留学経験による。私は1973年に医学部を卒業後,初期臨床研修を経て大学院に進学し,在学中に米国へ留学した。きっかけは,私の指導教授を訪ねて来日した米スタンフォード大の教授に誘われたことによる。

 研究の新展開と米国生活への憧れから1978年に渡米した。事前の準備をしなかったため,はじめの半年はパニック状態であった。しかし,この留学がその後の人生を臨床医から研究者へと転換する契機になるとともに,世界中から集まった学生や研究者たちと交流する中から文化・考え方の違いや価値観の多様性などを学ぶことができた。

 このような経験から,初めて海外留学をする学生のために大学で適切な留学プログラムを準備することや,学生には留学に備えた事前学修を課すことが必要であると考えていた。このアイデアの下に国際教養学部の学生たちに海外留学を必修化してきたところ顕著な教育効果が見られたことから,全学生に向けたENGINEプランの実施となった。近い将来,ENGINEプランの下で育った人材がグローバル社会をリードすることを夢見ている。


介護のIT化という奥深いテーマ

吉岡 由宇(Abstract合同会社代表)


 介護のIT化は,実はかなり奥が深く面白いテーマです。特に介護記録のIT化について注目してみましょう。

 IT化というと,ADLにまつわる数字のPCへの入力や,行った作業のチェック表の電子化をイメージするかもしれませんが,これは「介護作業のIT化」であり「介護そのもののIT化」にはなりません。介護のIT化では医療的要素に加えて,生活そのもののIT化が必要です。生活という言葉の中には,「〇〇をした」という情報だけでなく,その時の感情,そして他者との人間関係が想像できる情報を含まないといけません。介護記録は介護者が書くものなので記録を通して,介護者と被介護者の関係性が自然と見えてきます。良い介護記録をたくさん集めるには,排泄・食事・入浴などの既存の分類項目を超えた記録方法が必要です。リストからの選択や,テンプレートのコメント入力では情報量が足りません。

 医療職に比べ介護職のITリテラシーが極めて低い傾向にあることも,介護のIT化をチャレンジングにします。これは年配の介護職に限らず,若い介護職にも言えます。最新のスマホを持っているのに,LINEとゲームにしか使わない人が多く,その人...

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