医学界新聞

対談・座談会 峰松 一夫,小室 一成,斎藤 能彦,橋本 洋一郎

2020.01.06



【座談会】

健康寿命延伸へ,対策加速を

峰松 一夫氏(医療法人医誠会 常務理事・臨床顧問/国立循環器病研究センター 名誉院長)=司会
小室 一成氏(東京大学大学院医学系研究科循環器内科学 教授)
斎藤 能彦氏(奈良県立医科大学第一内科 教授)
橋本 洋一郎氏(熊本市民病院脳神経内科 首席診療部長)


 「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」(以下,5ヵ年計画)の5戦略事業が進む中,2018年12月に脳卒中・循環器病対策基本法(以下,基本法)が成立し,2019年12月に施行された。法律に基づき新たに動き出す脳卒中・循環器病対策は2020年以降,具現化へ向けた針路をどう取るのか。脳卒中領域から峰松一夫氏と橋本洋一郎氏,循環器領域から小室一成氏と斎藤能彦氏が出席した本座談会で,対策の重要テーマと実行へのビジョン,健康長寿社会に向けた予防と啓発の意義を議論した。


平均寿命と健康寿命の乖離を縮めるには

峰松 2020年は脳卒中・循環器病対策が国家プロジェクトとして始動する画期的な年になるでしょう。日本脳卒中協会が基本法成立に向けた活動を2008年に始めてから,東日本大震災や政局に絡む廃案を経ながらも,10年越しの悲願として成立したことは喜ばしい限りです。

小室 峰松先生をはじめ日本脳卒中協会の皆さんと共にわれわれ日本循環器学会の委員も2015年より,議員会館や国会へ何度も足を運びました。そのたびに法律を作ることの難しさを知り挫折しそうにもなりましたが,基本法が成立して本当にうれしく思います。

峰松 立法化に向け日本循環器学会の協力を得て,さらに2016年には日本循環器学会の呼び掛けで日本脳卒中学会が5ヵ年計画の策定に加わりました。協会および両学会の連携が実を結び,基本法の成立に至ったと言えます。

 日本循環器学会の代表理事として5ヵ年計画策定や立法化を牽引してきた小室先生は,基本法成立が日本社会にどのようなインパクトを与えると考えますか。

小室 脳卒中と循環器病の診療が大きく発展することで健康寿命の延伸が期待されます。日本人の平均寿命は男性81歳,女性87歳と現在まで延び続けており,世界トップクラスを誇ります。しかし,健康寿命と平均寿命の間には男性で9年,女性で12年の乖離があります(図1)。要介護になる原因の22.2%を脳卒中と循環器病が占めることからも,わが国の目標である健康長寿社会の実現に脳卒中・循環器病対策が急務です。

図1 平均寿命と健康寿命の差(クリックで拡大)
日本は世界トップレベルの長寿社会を実現した一方,平均寿命と健康寿命の乖離が見られる。この差を可能な限り縮めるには,寝たきり原因の3割を占める脳卒中・循環器病対策が不可欠になる。
[出典]厚労省.第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会.2018より作成

峰松 さらには,年々増え続ける日本の医療費が30兆円を超え,脳卒中を含む循環器病が大きな割合を占めています。

小室 医療費の約20%が脳卒中を含む循環器病に使われており,これはがんの1.4倍に上ります。脳卒中と循環器病はがんと同等,もしくはがん以上に課題の多い疾病と言っても過言ではありません。基本法成立が各種施策の後押しとなり,健康寿命延伸の実現に向け加速すると期待しています。

脳卒中診療「失われた10年」

峰松 課題が顕在化する中,脳卒中と循環器病に対する危機感が,一般の国民はもとより医療界や行政に十分周知されてこなかった面もあったのではないでしょうか。そこで,国が対策に乗り出すよう,日本脳卒中協会が中心となって2008年から「脳卒中対策基本法」の立法化がめざされたわけです。その火付け役の一人である橋本先生は,立法化以前から脳卒中対策に尽力してきました。立法化の端緒はいつでしたか。

橋本 2006年です。この年が日本の脳卒中医療の節目の年と言えます。脳卒中をめぐる施策は基本法が成立した2018年まで6年周期で動いてきました。基本法成立からさかのぼると,2012年に社会保障と税の一体改革,2006年が小泉内閣による医療制度改革とがん対策基本法の成立,2000年は介護保険制度が始まり回復期リハビリテーション病棟が認められた年です。

 さらにその6年前の1994年は,脳卒中治療を行う私たちにとって「失われた10年」の始まりでした。それは何か。脳梗塞治療に用いられる血栓溶解薬「rt-PA」の特許権民事訴訟で米国に敗訴し,製造販売の中止によって日本国内で使えなくなってしまったからです。

峰松 日本が,欧米から一気に遅れる原因となる出来事でした。

橋本 ええ。2005年にrt-PA製剤の使用がようやく認可され,「失われた10年」が終わって迎えた2006年,国循が「循環器病克服10ヵ年戦略」を作りました。同年には,日本脳卒中協会が脳卒中対策を練るべく「脳卒中戦略会議」を開きました。4回にわたり開催する予定で始まった第1回会議に私もメンバーとして出席したのですが,会議はこの1回限りで終わってしまったのです。

峰松 なぜでしょう。

橋本 この年にがん対策基本法が成立したためです。脳卒中も基本法を作る方針へとかじを切りました。「失われた10年」が終わり,基本法成立をめざして進み始めた2006年がまさに,日本の脳卒中医療の転換点でした。

峰松 その後,2014年に議員立法で脳卒中基本法案が発議されたものの衆議院の解散で廃案となってしまいました。1疾患1法案への反対意見もあったため,危険因子が共通することの多い循環器病を加えるべく日本循環器学会と手を取り合い,立法化に向け再スタートを切りました。

橋本 2016年に,日本脳卒中学会と日本循環器学会が策定した5ヵ年計画は,基本法成立への弾みになりましたね。「失われた10年」に加え,基本法成立までさらに10年以上を要し,欧米から20年以上後れを取る中,5ヵ年計画の策定に日本脳卒中学会を巻き込んでくださったことに,感謝しています。

峰松 その5ヵ年計画の策定がどのような経緯で始まったのか,日本循環器学会学術委員会の委員長を2015年から務める斎藤先生からお話しください。

斎藤 2006年に国循から「循環器病克服10ヵ年戦略」が出たものの,その後どう生かされたかの検証はおろか,その位置付けさえも当時の学会員に十分周知されていませんでした。日本循環器学会はそれまで科学的な関心を優先してきた側面があり,循環器病対策を検討する基盤となるようなプランを学会として持ち合わせていなかったのです。

 日本糖尿病学会では「対糖尿病5ヵ年計画」を当時既に第3次まで改訂を重ね,先行していました。そこで日本循環器学会は,10ヵ年戦略が満了するのを機に新たに5ヵ年計画を検討することになったのです。

峰松 その時,共に立法化をめざす日本脳卒中学会にも声を掛けてくださったわけですね。

斎藤 ええ。策定に当たり脳卒中領域から基本法の成立を見越した内容を検討しようと提案があり,立法化の機運が一段と高まりました。5ヵ年計画は5戦略事業を軸に「ストップCVD(脳心血管病) 健康長寿を達成するために」のキャッチコピーを掲げ,2016年12月16日に公表となりました。5ヵ年計画の基盤があったことで整合の取れた基本法が出来上がったものと思います。

橋本 その後,厚労省の「脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方に関する検討会」では脳卒中,心血管疾患のそれぞれでワーキンググループが開催され,5ヵ年計画を作るメンバーも数多く協力して報告書が取りまとめられました。その結果,学会,行政,立法の三位一体による対策が動き出すことになりました。

峰松 基本法が成立したときには既に5ヵ年計画が動き始めており,基本法の道筋をつけていく準備が整っていたわけです。5ヵ年計画と基本法は成り立ちこそ違えど,最初は細かった糸が長い年月をかけて編まれたことで,対策を束ねる一本の太い綱が出来上がったと言えます。

救命を左右する医療体制の整備をどうするか

峰松 さて,基本法の施行後は,法に基づいた政策立案がいよいよ始まります。2020年に政府は循環器病対策推進協議会を設置し,循環器病対策推進基本計画を策定します。さらに,都道府県単位でも努力義務である推進協議会の設置を呼び掛け,個別具体的な推進計画を立てる段取りです。都道府県では推進計画をもとに予算編成がなされ,2021年4月頃から具体的な活動が始まる見通しです。

小室 5ヵ年計画の5戦略事業の一つである医療体制の充実には,都道府県ごとの医療資源に応じた整備が不可欠です。基本法の第12~19条からなる「基本的施策」のうち,医療体制の充実は13,14,15,16条にかけて定められていることからも重要な位置付けとわかります。

峰松 医療体制の整備には,①発症後速やかに救急搬送できるネットワークの構築と,②急性期から回復期,維持期の施設,在宅療養に至るまでシームレスな医療・介護体制の整備,この2つの両立が必須です。循環器の急性期医療体制の状況はいかがでしょう。

小室 急性期の循環器疾患で対応すべきは急性心筋梗塞,急性心不全,急性大動脈解離の3つです。急性心筋梗塞の場合,プライマリPCI(直接的経皮的冠動脈インターベンション)を24時間施行可能な循環器専門施設に患者を搬送し,適切な治療を提供する仕組みが多くの都道府県で既に整っています。

峰松 東京都では,救急搬送のネットワークを先駆的に整備してきました。どのような機関が関与していますか。

小室 CCU(冠疾患集中治療室)を持つ病院,東京都医師会,東京消防庁,東京都福祉保健局の4者です。東京都は1978年に「東京都CCU連絡協議会」を組織して以来,各機関の連絡を密にし,急性心筋梗塞患者の搬送体制を整備してきました。例えば,施設の改修でCCUが一時的に使えない病院があれば,近隣の別の病院に患者が振り分けられます。都では心筋梗塞を発症した9割以上の方がこのネットワークに乗って搬送されるようになっています。

峰松 急性大動脈解離の診療体制はいかがでしょう。循環器病の中でも医療機関の総合力が問われるインパクトの大きい疾患です。相当の医療資源が必要であり,その「ある/なし」が患者の救命を左右します。しかし,大血管の手術に24時間365日対応できる施設は限られるのではないでしょうか。

小室 東京都CCU連絡協議会は2010年に,大動脈解離の手術が可能な施設による「急性大動脈スーパーネットワーク」を新たに開始しています(図2)。手術が第一選択となる,上行大動脈に解離が及ぶような大動脈解離の患者も,手術可能な施設へと迅速に搬送されるようになりました。

図2 東京都急性大動脈スーパーネットワークによる搬送体制(クリックで拡大)
緊急大動脈疾患の治療は時間との闘いである。東京都では迅速な患者搬送システムを構築し,死亡数減少を図る。「緊急大動脈重点病院」は,急性大動脈疾患の入院・手術を24時間365日受け入れ可能な施設で,救急隊に優先搬送を推奨する。なお,重点病院が手術中・満床など収容困難であれば「緊急大動脈支援病院」が受け入れて治療を行う。
[出典]東京都CCU連絡協議会ウェブサイトより作成

斎藤 かつてそれほど多くないと思われていた大動脈解離は,心筋梗塞の3分の1を占めることが明らかになっています。

峰松 実際に多いと感じます。心筋梗塞と考えられた突然死に,大動脈解離も相当数含まれていたはずです。東京都が独自に整備したシステムは今後,全国のロールモデルになると期待されます。

斎藤 急性心筋梗塞の救急医療体制は,関西圏をはじめ各地で均てん化が進んでいます。ただ,急性大動脈解離の体制は地域によって不十分な面もあります。24時間365日体制で大血管手術が可能な施設を持たない医療圏があるからです。医療資源の乏しい地域では,県をまたいだ搬送体制も検討されています(図3)。基幹病院をどの程度設けるかの議論は,脳卒中領域が1次脳卒中センターや包括的脳卒中センターによる機能分けを先駆けて進めているので,循環器側も参考にしたいと考えています。

図3 心血管疾患の急性期診療提供のネットワーク(クリックで拡大)
時間的制約のある脳卒中治療は施設間連携が重要になる。医療資源が豊富な地域は医療資源を効率的に運用し,24時間365日体制を確保する。医療資源が乏しい地域では遠隔診療を用い,脳卒中診療に精通した医師の指示の下でrt-PA静注療法を行うことになる。施設間連携では,rt-PA静注療法を開始した上で病院

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