医学界新聞

対談・座談会

2019.11.11



【対談】

地域発,外科医の教育戦略

本多 通孝氏(福島県立医科大学低侵襲腫瘍制御学講座 教授/総合南東北病院外科 医長)
今村 清隆氏(手稲渓仁会病院外科 主任医長)


 手術の高度化や細分化を背景に,より専門性の高い診療経験を求めて都市部の専門病院での研修を希望する若手外科医が増えている。一方,地域医療の現場では,外科医は救急診療,集中治療,抗がん薬治療,緩和ケアなど広範な領域を受け持つため,都市部偏在による外科医不足は地域医療の活力低下に直結する喫緊の課題だ。

 高いレベルの手術修練を積みたい若手外科医と地域医療におけるニーズの融和を図り,地域の病院で若手外科医を育てるにはどのような工夫が必要か。市中病院が大学と連携して手術修練と臨床研究の実践を両立させるプログラムを福島県で立ち上げた本多氏と,オンライン外科勉強会で外科医の魅力を北海道から全国に発信する今村氏の2人が,若手外科医のキャリアアップを支援する,地域発の教育戦略について議論した。


本多 専門施設への外科症例の集約化が推進される昨今,地域医療の現場に残る若手外科医が少なくなっています。特に,新専門医制度の開始に伴い,大学に人が集まる傾向が強まっています。手稲渓仁会病院では,新専門医制度の開始による影響はありますか。

今村 懸念される通り,若手外科医は今まで以上に大学志向となり,当院を含め市中病院は募集に苦労しています。見学者を増やすために魅力を積極的に伝えたいと思っていても,機会を得難い状況です。キャリアアップをめざす若手外科医は,大学病院,あるいは都市部の専門施設へと集中しているのが実情です。

専門医資格取得後のキャリアプランを若手に示せるか

本多 同様の問題はどの地域でも起こっているでしょう。しかし,症例の多い都市部の病院で専攻医になったからと言って,誰でも一人前の外科医になれるわけではありません。というのも,手術手技の高度化に伴い,若手が術者を経験できる機会は非常に少なくなっているからです。

今村 専門分化が進んだ最近の消化器外科は,マイナー科の1つとして学生や研修医の目に映っているのかもしれません。全身管理を必要とするダイナミックな手術を担当するジェネラルな外科医の魅力が薄れているのではないかと危惧します。

本多 そうですね。全国のほとんどの地域医療では,外科医が救急の初療から抗がん薬治療,そして看取りまで行います。狭い領域の専門家をめざすことが格好いいとされ,大都市のハイボリュームセンターでの研修を志向する若手が増え過ぎることで,日本の地域医療が求めるジェネラルな外科医が育たなくなるとの危機感を抱いています。

今村 特に消化器外科は,他科に比べ救急疾患への対応が多い領域です。救急現場でジェネラルな外科的知識や経験を有する消化器外科医の存在は,警察や消防と同様に全国に満遍なく必要な人材であり,言わば“公共財”とも言える存在です。にもかかわらず,「医師の働き方改革」も相まって,質・量ともに外科医が不足しています。

本多 おっしゃる通りです。たとえ都市部の病院で高度なスキルに特化した研鑽を積んでも,いざ地域の第一線病院で職を得たときにギャップを感じ,モチベーションが維持できないという人も出てきています。

今村 当院を含む地方の市中病院が,若手外科医に対してキャリアアップのプランを具体的に示せないと,選んでもらうのは難しいですね。

本多 何も手を打たなければ,自施設で教育した初期研修医にさえ残ってもらえません。専門医資格取得後も見据え,将来なりたい外科医像がイメージできるキャリアプランの提示が必要です。

今村 若手にとって魅力に思える工夫を施せば,地域の病院でも人材獲得の成果を上げられるでしょう。しかし,外科の修練には長い年月が必要です。例えば内科系研修は,先輩から後輩に教える「屋根瓦式」の教育法に定評がありますが,外科は手術を行う卒後3年目の医師に,4年目が指導的な助手として屋根瓦式に付くことは難しい。

本多 今村先生のおっしゃる通り,一人前の外科医になるまでに卒後10年,分野によっては15年ほどの教育期間が必要です。卒後3~5年目の後期研修と,卒後6年目以降のサブスペシャルティ確立(サブスぺ研修)までの2つの段階があり,特に後半のサブスぺ研修をどうするかが外科教育ではブラックボックスになっています。臓器別に普遍的な教育理論はあるはずで,それを意識した勤務および学習の環境整備が必要だと私は見ています。

今村 後期研修は専門医資格取得に向け一般外科の初歩を学ぶ期間であり,専門医資格取得は言わば一人前になるスタート地点に立ったところです。専門医資格取得後の次のフェーズにどのような外科医生活を送るかが,その先のキャリアパスに大きく影響します。地域と大学が人材を取り合うのではなく,どう特色を出してすみ分けるか。新専門医制度の開始は,自施設の教育システムを再構築するチャンスととらえたいですね。

臨床研究の方法論を学びノンテクニカルスキルを磨く

本多 外科医教育の充実にはシミュレーション教育や執刀機会を増やすことが重視されますが,それと同時に私は,チームのマネジメントや患者のリスク管理といったノンテクニカルスキルをいかに身につけるかが大切だと考えています。なぜなら,多数の症例を経験した卒後10年目以上の外科医がいざ指導する側になった際に,ノンテクニカルスキルが伴わなければ十分なパフォーマンスを発揮できるとは限らないことが明らかになっているからです。

今村 ノンテクニカルスキルについて米国の教科書は,①状況判断,②外科的判断,③コミュニケーションとチームワーク,④リーダーシップの4つを挙げています。本多先生はどう教え導くのでしょう。

本多 それらを身につけるためにたくさんの方法論があると思いますが,その中の一つとして,臨床研究という視点があります。これは単に論文を読むだけでなく,自分が日々の診療から得た疑問を解決する研究手法を体系的に学ぶことです。その結果,臨床の状況判断力を培えるのはもちろん,他施設と連携し助け合える横の関係を築いたり,他分野の臨床研究に視野を広げたりする中で,コミュニケーション力やリーダーシップが身につきます。外科専門医資格取得後のサブスぺ研修では,手術の修練と同時に臨床研究による学習を両立してこそ地域医療に貢献できる一人前の外科医になれると思うのです。

今村 教育の特色として,臨床研究の学習を打ち出すわけですね。

本多 はい。私が外科常勤医として総合南東北病院に着任した当初は後期研修医がおらず,本来ノンテクニカルスキルを磨くべき時期にある卒後10年目前後の若手は業務に忙殺され,研究などを行える環境ではありませんでした。即戦力となる有望な若手外科医が福島県で臨床研究を学べるよう,福島医大との連携による寄附講座開設に着目し,サブスペ研修の確立をめざす卒後6年目段階の外科医を対象とした4年間のプログラムを2017年に立ち上げました。プログラムの1年目は病院で外科医として一生懸命働いてもらいますが,病棟業務や臨時手術に呼ばれない日を1日設けています。

今村 土休日とは別に?

本多 はい。平日の1日を,自分の臨床疑問の整理や関連論文の精読など,科学的・論理的な思考力を養う時間として確保してもらうためです。

今村 それはいいですね。朝から晩まで手術を行い,土日も緊急対応に追われていると,あっという間に10年,20年たってしまいます。

本多 そうなのです。将来どんな医師になりたいか,そのために何を探究するかを落ち着いて考える時間を持ってほしい。平日1日休んでも,病院の収益は確保できる体制です。

 そして2年目は留学期間として自分の勉強に専念できる施設に出ます。第1期生は4人が京大大学院の臨床研究者養成(MCR)コースに1年間国内留学し,臨床から完全に離れてじっくり学んでもらいました。私もかつて履修した同コースは,医師以外の多職種の受講生と議論を繰り返しながら臨床研究の計画を立てる授業もあり,研究計画遂行のマネジメントやリーダーシップを学べます。

 その後,3~4年目には再び臨床現場で働き,手術修練を行いながら自身の疑問に基づく臨床研究を進めていきます。その成果が論文としてしかるべき国際誌に受理されれば,福島医大に学位を申請できる仕組みです。

今村 とても魅力的なプログラムです。臨床研究を学ぶための十分なチャンスが与えられ,手技修練との板挟みにならないスケジュールであれば,より多くの若手医師が集まりそうですね。

本多 はい。それに,若手医師が集まれば今い...

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