データサイエンティストが描くAI研究の未来像(浅井義之,川上英良)
対談・座談会
2019.11.04
【対談】データサイエンティストが描くAI研究の未来像 |
浅井 義之氏(山口大学大学院医学系研究科システムバイオインフォマティクス講座教授)
川上 英良氏(千葉大学大学院医学研究院人工知能(AI)医学教授) |
2012年6月,Googleが発表した論文(通称キャットペーパー)で深層学習に注目が集まり,人工知能(AI)の有用性が再度脚光を浴びた。医学分野でも深層学習を利用した病理診断や内視鏡診断,創薬への応用が進み,画像解析,ゲノム解析の2大領域では医師の能力を凌駕する研究も現れ始めた。しかし,これら2大領域以外では深層学習を利用できるほどのビッグデータを集積しづらいのが現状だ。近年,こうした領域以外でAIを活用する新手法として注目されるのが,ディープフェノタイプに基づくデータ駆動型研究(以下,ディープフェノタイプ研究)である。システムバイオロジーの考えをもとに,バイオマーカーや生活環境などのあらゆるデータを統合的にAIで解析し,疾患の発生・進行予測に活用する。
本紙では,医学部の中にAIセンターを立ち上げ,ディープフェノタイプ研究の推進,および医学教育に取り組むデータサイエンティストの浅井氏,川上氏の対談を通じて,AI研究の新たな潮流を紹介する。
浅井 ここ数年のAIブームにより,「こんなデータがあるけど何かできますか」と,医療データを私の研究室に持ち込んで来られる医師が増えました。これはある意味AIブームのいい副作用だととらえています。解析の手法としてAIが選択肢に入っている証拠で,ブームがなければ従来通りの統計解析に終始していたでしょう。
川上 そうですね。同じ研究領域で先を越されてしまった場合,それを超えるような知見が出ない限りは,解析データはこれまで死蔵されてきました。しかし,AI研究が盛んな今,新たな知見を生み出す可能性のあるデータを死蔵させるのは大きな損失です。
浅井 一方で,臨床医が死蔵データのAI応用を考えた際,現場での活用法がイメージできているのかは重要な課題です。現状は,AI研究の主流である深層学習を用いた画像解析やゲノム解析の領域であれば,研究に生かしやすい有用なデータが医師から持ち込まれるのですが,それ以外の研究分野に関しては,冒頭の依頼のように「AIで何ができるか」の具体的なイメージがないまま医師が相談に来られることはまだまだ多いです。
川上 同感です。けれどもその貴重なデータをどう生かすかがわれわれデータサイエンティストの使命でもあります。そこで近年,医用画像,ゲノム情報以外のデータに対応しようと頭角を現してきたのが,変動するバイオマーカーに対してAIを活用し,予防医療への応用をめざすディープフェノタイプ研究です。
既存の分類の基準を疑う
浅井 医用画像やゲノム情報は,ある一時点をとらえたデータのため,腫瘍の有無や良悪性の判定などは比較的行いやすく,深層学習に最も向いたタスク設定です。一方で,ディープフェノタイプ研究が標的とするバイオマーカーは,時系列によって大きく変動するため,深層学習の活用に向きません。当センターでもシステム医学の観点からこの研究に取り組んでいますが,最近,川上先生は血液検査データをもとにAIを応用した興味深い研究成果を出されましたね。
川上 はい。2010~17年の間に,慈恵医大産婦人科で治療された334人の悪性卵巣腫瘍患者と101人の良性卵巣腫瘍患者の診断時年齢および術前血液検査32項目のデータに基づいて,術前に腫瘍の良悪性の判定や進行期,組織型などの特性予測に取り組みました(Clin Cancer Res. 2019[PMID:30979733])。
浅井 なぜ卵巣腫瘍患者に注目したのでしょう。
川上 卵巣がんの治療は外科手術が第一選択となっていますが,化学療法への反応性も比較的良いため,術後に化学療法を行うことがほとんどです。一方で,進行期や組織型によって化学療法への反応性は大きく異なります。最近は有効な抗がん薬も登場してきたので,何とか術前に特性を予測して治療戦略を立てられないかと思い,機械学習を導入しました。
浅井 なるほど。研究の詳細を教えてください。
川上 図1に示すように機械学習の中にもさまざまな種類があります。今回はその一つであるランダムフォレスト を利用しました。
図1 人工知能のさまざまな手法 |
研究開始に先立ち,まずは術前血液検査データをもとに,良悪性の判定を予測したところ,AUC=0.968(註)と高精度に予測することができました。ここまでは割と一般的な教師あり学習です。しかし,同様の手法を進行期予測に適用すると,AUC=0.760までしか上がらず,組織型の予測においても,組織型によって大きな予測差が出てしまいました。
浅井 進行期と組織型がうまく判定できなかったのは,単にアルゴリズムやデータの質の問題だったのでしょうか。
川上 最初はそう考えていました。ですが,組織型分類は別として,本来,進行期の分類は,薬剤の効果や5年生存率など個人の予後につながる因子を踏まえて分けているにすぎず,分類が絶対的では
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