医学界新聞

2019.10.07



Medical Library 書評・新刊案内


甲状腺細胞診アトラス
報告様式運用の実際

坂本 穆彦 編

《評者》佐藤 之俊(北里大主任教授・呼吸器外科学)

「診断カテゴリーに特徴的な細胞所見」が圧巻

 『甲状腺細胞診アトラス――報告様式運用の実際』が上梓された。本邦初の甲状腺細胞診に特化したモノグラフである。副題に「報告様式運用の実際」とあるように,甲状腺診療に直結する項目が目白押しと言える内容である。

 まず,呼吸器外科医である私がなぜこの本の書評を? といぶかしむであろう読者にその理由をお伝えしたい。私は今から30有余年前に病理を学んだが,本書の編集である坂本穆彦先生の勧めもあってサイロイドクラブに参加した。このサイロイドクラブが母体となって,日本甲状腺病理学会が設立されたことをご存じの読者も多いことと思う。当時は,現在甲状腺病理分野で名だたる先生方がまだ新進気鋭の若者であった頃で,甲状腺はわずか20~30 gの臓器で,病理切り出しは難しくなく,乳頭癌と濾胞性腫瘍の診断ができれば十分かな,というのが私の安易な考えであった。その頃の知識といえば,乳頭癌は核所見,濾胞性腫瘍は被膜浸潤の有無といったポイントを外さなければ,それなりの病理診断はできるというようなものだったかもしれない。このような事情から,「30年にわたる甲状腺研究の進歩をよく理解するように」という坂本先生の指導の一環として書評を依頼された次第だと思う。

 さて,サイロイドクラブ時代と違う立場で本書を手に取ってみると,何ともわくわくするような内容であった。一般に,アトラスやガイドラインの多くは“わくわく”というよりは,“しぶしぶ”あるいは“やむなく”といった,必要に迫られてひもとくという性質の本である。しかし,本書はアトラスを超え,細胞写真の質の高さ,規約,組織分類,診断の問題点など,甲状腺を専門としない者にとっても,ついそばに置いておきたい一冊である。

 中身を見てみたい。本書は「総論」,「診断カテゴリーに特徴的な細胞所見」,そして「NIFTPをめぐる諸問題」の3つの章から構成されている。まず「総論」の章では,甲状腺癌取扱い規約の細胞診報告様式に沿って解説がなされており,特に検体採取と検体処理についてわかりやすいシェーマを数多く用いながら解説されている。

 圧巻なのは第2章の「診断カテゴリーに特徴的な細胞所見」である。本書名にあるように“アトラス”としての役割が見事に凝集されており,350枚を超えるきれいな図(細胞写真)がコンパクトな解説とともに目に飛び込んでくる。

 第3章は取り扱いが問題となっているNIFTPについて,40ページを割いて解説がなされている。この概念がWHO分類に追加された理由として,過剰診断や過剰治療が問題となった米国の事情は理解できるが,実際に,本邦において,あるいは,国際的に広く導入すべきものなのか,複雑な問題を有している概念であることがよくわかった。

 いずれにせよ,本書は甲状腺診療を専門とする読者のみならず,診療や研究の現場で活躍する医療者や研究者,そして,「甲状腺学」あるいは「甲状腺細胞診」を始めたばかりのビギナーまで幅広く活用できる必携の一冊であると言える。

B5・頁256 定価:本体10,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03909-3


SHDインターベンションコンプリートガイド

ストラクチャークラブ・ジャパン 監修
有田 武史,原 英彦,林田 健太郎,赤木 禎治,白井 伸一,細川 忍,森野 禎浩 編

《評者》伊苅 裕二(東海大教授・循環器内科学/日本心血管インターベンション治療学会理事長)

新しい技術を安全に広く日本全国の臨床に届けるために

 構造的心疾患(Structural Heart Disease;SHD)に対するカテーテル治療の必要性は,飛躍的に広まっています。

 カテーテル治療は1970年代に冠動脈形成術が開始され,現在の第2世代薬剤溶出性ステントを用いた冠動脈インターベンション(PCI)において,冠動脈バイパス術と並ぶ標準的治療法となりました。冠動脈領域のみならず,末梢血管領域,SHD領域にも,手術と並ぶカテーテル治療が出現し,一部取って代わる時代になりつつあるのは,低侵襲を望む患者さんの希望の表れでもあります。現在では,冠動脈領域,末梢血管領域,SHD領域はカテーテル治療の3本柱となり,広く行われる体制と変わってきています。

 その中においても,SHD領域は,井上寛治先生によるInoueバルーンが僧帽弁狭窄症に有効であることが示され,世界中に広く施行されることになったことから始まり,大動脈弁狭窄に対するTAVIにより日本で決定的に広まることとなりました。TAVIを契機とし,ハートチームの各施設での見直し,ハイブリッド手術室の整備など劇的に変貌を遂げた領域であると思われます。そして,僧帽弁のクリップ,また先天性心疾患の短絡閉鎖,左心耳閉鎖など,今も適応領域が広がっています。この進展スピードは目を見張るものがあります。

 新しい技術の発展を安全に広く臨床サービスとして日本全国に届けるには,日本語のテキストが重要です。今回,ここに『SHDインターベンションコンプリートガイド』が発行されることになりました。最初の試みは2013年であり6年が経過しましたが,この間に新たに適応となった手技,新たなエビデンス,数え切れないほどの新しい情報がある時代です。これを的確にコンパクトにまとめあげ,SHDインターベンションの術者には有益な情報がある優れた日本語のテキストであると思われます。これを基に,新しい技術であるSHDインターベンションが安全に日本で広まっていくことは日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)としても望ましい方向性であります。

 インターベンション治療は外科手術と比べて低侵襲であることが優れています。長期成績を含めてまだまだ明らかにしていかなければいけない点も多数ありますが,本テキストによる手技の標準化が安定した成績につながることを期待します。

B5・頁456 定価:本体13,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03667-2


医療英会話キーワード辞典
そのまま使える16000例文

森島 祐子,仁木 久恵,Flaminia Miyamasu 著

《評者》川名 正敏(東京女医大特任教授・総合診療医学)

病歴聴取や説明,治療同意で使える英語をバラエティー豊かな例文で学べる

 最近の外国人旅行者の増加,そして今後の外国人労働者の受け入れ拡大が議論される中,医療現場における外国人への対応は喫緊の課題になっています。

 筑波大の森島祐子先生らが2006年に発刊された本書の兄貴(姉貴)分である『そのまま使える 病院英語表現5000』(医学書院)は,外来,救急現場,病棟などさまざまな場所で大活躍しており,私もこの本の大ファンの一人です。外国人の患者さんに対して最初のコンタクトを取る際に,受付,外来診察室,手術室など,それぞれの関連ページを開いてそこに記載されている文章を読み上げれば(場合によってはお見せすれば)よいということで,多職種の人たちがあまりちゅうちょせずに外国人の患者さんとのコミュニケーションを取れるようになってきました。

 次のステップは,もう少し詳しい病歴を聞いたり,やや複雑な病態生理を説明して検査や治療の同意を得たりということになるのですが,この場面でいくつかのキーワードから英語の文章を発展させていくことがなかなか難しいことがありました。

 森島先生が仁木久恵先生,Flaminia Miyamasu先生と周到な準備のもと集大成として発刊された本書『医療英会話キーワード辞典――そのまま使える16000例文』は,このような場面でとても便利に使うことができます。

 例えば,「きょうしんしょう 狭心症」の項では「狭心症 angina(pectoris)」の表記の次に

・狭心症は心臓への血液の供給が減ることによって起こります Angina is caused by a decrease in blood supply to the heart.

という例文が入っていて,患者さんにはこのような表現をすればいいんだ! とすぐにわかります。

 この辞典はいわゆる「医学用語辞典」ではありません。医療機関で英会話をするときによく出てくる普通の語句が大変多く収載されていて,それを病院ではこのように使うという例文が,実に臨場感を持った形で紹介されているのです。例えば「きょうゆう 共有する」の項では,下記のような例文が載っています。

・患者と医療者間で臨床上の情報を共有する patients and physicians share clinical information(with each other)

・この冷蔵庫は共有になります This is a communal refrigerator for use by patients.

 また,「こまる 困る」の項を見ますと,

・何かお困りのことがありますか(心配事があるか) Is anything bothering〔troubling〕you? / (何か問題があるか)Is anything wrong?

・排尿のコントロールに困っていますか Do you have(any)difficulty(in)controlling your bladder?

・便秘で困っているのですか Do you have any trouble with constipation?

・困ることがあれば,相談に来て下さい If you have any problems〔If you're ever in trouble〕, feel free to come and talk with me.

・それは困りましたねえ That's too bad.

というように,医療機関内に特化してはいますが,実にバラエティーに富んだ例文が紹介されているのです。

 このような使い方をしていますと,ある単語を調べた後に,ついそばの単語を読み込んでしまうという,紙の辞書ならではのよさを久しぶりに感じることができました。

 さらに,この辞典は英文の紹介状,診断書から症例報告や臨床論文を書く際にも威力を発揮します。最近海外赴任する方の紹介状を作成したのですが,この表現で「適切」かどうかを確認するのに本書は大変役立ちました。

 本書を医師,看護師をはじめとする医療スタッフのみならず,医学生・看護学生からヘルスケア関連企業の方にも必携の一冊としてお薦めします。

B6・頁776 定価:本体3,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02813-4


レジデントのための内科クリニカルパール1000

Lewis Landsberg 原著
松村 正巳,畠山 修司 訳

《評者》清田 雅智(飯塚病院総合診療科診療部長)

一瞬の出来事を一生の気付きとして認識させるパール

 臨床の奥深さは,優れた臨床医によって初めて理解できる。彼らは,正しく病態を理解し,適切な処置を施すものであるが,その能力を裏打ちしているのは圧倒的に深い,病気への洞察である。一人の医師がさまざまな領域に精通することが難しいと考えられる今日で,この本の内容を単著で書ける人はどのくらいいるのだろうか?

 私は,圧倒的に学びが多い本書の内容から衝撃を受けた。本書は臨床の奥深さを知っている者にしか書けないものであり,一人の医師の経験のみで本当に記したのだろうかという疑念すら持った。また1000もパールがあるのかという疑問と,将来の引用のため,通し番号を振ってみたら,最後はno.1046だった。原著者は内分泌の教授なので,この領域が最多の147個なのは理解できるが,血液学,リウマチ学,消化器学も100個以上あった。

 ところで,大動脈弁狭窄症(AS)が末期になると失神を来すようになるが,弁口面積が狭いために血流が少なくなり生じると思われがちかもしれない。実際には,運動による血管拡張により反射的に起こるものであることを,故・竹下彰教授のnoon lectureで聞いて意外に感じたことを今でも記憶にとどめている。

 パールというのは,その一瞬の出来事を一生の気付きとして認識させる貴重な情報である。私はこのメカニズムを十分理解していなかったが,p.80 no.302「ASにより心拍出量が固定される状況があると起こる」というパールは心に響いた。2000ページもある浩瀚な循環器の成書『Braunwald's Heart Disease』を読むと,実は一文で書かれている内容だが,果たしてこれを読む気になるだろうか? また読んだとしても,その重要性に気付くだろうか? こうした気付きは,運動時ではない安静時のASの失神はp.74 no.280の心房細動の存在が重要になることが理解でき,p.73 no.279のatrial kickの重要性も理解できる。特に本書の循環器領域のうんちくは素晴らしい。また全体を通じ,随時添えられた訳者の解説も内容の理解に役立つ構成となっていた。

 このような優れた臨床医がどのように作られたのか,謝辞を読んでピンときた。米Yale大でポール・B・ビーソンに,米Harvard大でユージン・ブラウンワルドらに師事していたのだ。優れた臨床家は,優れたclinician-educatorが育て,その血肉となるものはクリニカルパールという形で,古き良き伝統が受け継がれていたのだ。

 私はこの本を読んで,自身の師匠たちからの学恩を思い出し,そして私淑しているポール・B・ビーソンにここでも邂逅する機会があったことをうれしく受け止めた。この本の内容から,失われつつある臨床の師匠を得ることができるかもしれない。

A5変型・頁320 定価:本体4,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03849-2

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