医学界新聞

対談・座談会

2019.09.16



【対談】

働き方改革に若手医師の声をいかに届けるか

阿部 計大氏(東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学・特任研究員)
中安 杏奈氏(日本赤十字社医療センター産婦人科専攻医)


 厚労省「医師の働き方改革に関する検討会」(以下,検討会)が2019年3月に取りまとめた報告書では,時間外労働の上限規制が定められ,今後の履行に注目が集まる。長時間労働を行っている,主に卒後10年以下の若手医師や,将来医師として働く医学生は,働き方改革が進むこの転換期をどう見ているのか。

 若手医師・医学生の意見を提言書1)にまとめ厚労省の検討会に提出した阿部計大氏と,全国赤十字病院の研修医を対象に働き方調査2)を実施した中安杏奈氏の2人が,それぞれの調査経験を踏まえ,若手医師が考える働き方改革の現状と課題,若手の声を政策提言として発信するための展望を語った。


阿部 医師の働き方改革の議論が始まり2年がたちました。現場での変化は何か感じますか。

中安 2017年に卒業して3年目を迎え,この間に当院も初期研修医の時間外労働の管理が厳格になり,当直明けは可能な限り早く帰宅させる動きが出るなど改革の本格化を実感します。

阿部 私が大学を卒業した2010年当時はまだ,働き方改革が始まる前の時期でした。しかし,この間に研修プログラムによっては研修環境の向上が進められ,研修期間中に,当直明けは半日勤務で帰れるよう制度が変わるなど,変化を感じていました。

中安 働き方改革の機運が高まる中,自分たちの勤務環境に関心を示す研修医が周囲に少ないのは気になります。

阿部 そうですね。今回,医学生と卒後10年以下の若手医師を対象に行った調査結果から,半分以上の若手医師に労働基準法や労使協定に関する理解が乏しいことがわかりました。私も調査を行うまで詳しく把握していなかったのですが,労働問題に対する若手医師の問題意識はあまり高くないのが現状でしょう。

中安 自分が頑張れる範囲で充実した初期研修を2年間過ごせればそれでよいと考える人も多いかもしれません。

阿部 何より初期研修中は,自分がローテーションする診療科の業務に慣れることや,患者さんを診療することに精一杯で,労働問題にまで考えが及びませんよね。多少大変だと感じても,手技の獲得など新しい経験が次々にでき,学ぶ楽しさを感じる時期でもあります。

中安 私も初期研修で外科をローテーション中は,緊急手術を担当させてくれるなら勤務時間外でも行きたかったほどです。やりがいを保ちながら勤務時間にも配慮するのは難しいですね。

阿部 ただ,過酷な勤務環境で働く医師も一人の人間であり,時に病気にもなります。国を挙げて働き方改革が進む今こそ,医師の長時間労働が将来にわたり継続することへの危機感を共有し,患者安全や医師の健康にも配慮された持続可能な医療の在り方について,当事者である若手医師も考えなくてはならないと思うのです。

若手の意見が働き方改革の議論に反映されているか

中安 阿部先生はなぜ,若手医師の働き方に関心を持ったのでしょう。

阿部 きっかけは,卒後3年目の2012年,日本医師会Junior Doctors Network(JMA-JDN)の設立に参加したことです。JMA-JDNは,2010年に世界医師会のJDN設置を受けて日本でも若手医師有志によるプラットフォームとして立ち上がりました。2013年にブラジル・フォルタレザで開催された世界医師会総会に初めて参加し,各国の同世代の医師と対話する中で,彼らが医師のWell-beingや医学教育の質などについて高い問題意識を持って調査やアドボカシー活動を行っていると知りました。

 その後,2017年の厚労省での検討会の開始を受け,自分たち若手医師も何らかのアクションを起こしたいと考えるようになりました。まずはアドボカシースキルを学ぶことから始め,集まった若手医師と医学生有志でAdvocacy team of Young Medical Doctors and Students(AYMDS)を発足させました。

中安 今回,提言書をまとめるに至った経緯は何だったのでしょう。

阿部 検討会の議論を追う中,2つの疑問を持ったことです。1つは若手の率直な意見が議論に反映されているか。例えば,若手だけで働き方の議論をするときに出る意見と,指導医の先生方と一緒に議論するときの意見は違いますよね。そして,もう1つは若手医師の,一般的な集団の意見が議論に反映されているかです。そこで,若手医師の立場で検討会の構成員を務めていた先生方をはじめ,医学生組織の代表,医療政策研究者,マーケッターらと共に,AYMDSとして調査・提言を行うことになりました。

 中安先生は,全国の赤十字病院の研修医を対象とした調査をどのような目的で始めたのですか?

中安 学生時代,医療のマネジメントについてケースディスカッションを行う山本雄士ゼミという勉強会で代表を務めており,医師の働き方改革を含む医療政策にもともと興味がありました。

 さらに,当院の第一産婦人科部長である木戸道子先生が厚労省社会保障審議会医療部会の委員を務めていたため,「働き方改革に関心があるのなら」と傍聴に連れて行ってくださいました。ただ,そこでの議論を見守る中でふと,「私たちの世代の意見は,伝わっているのかな?」と感じたのです。

阿部 そうでしたか。世代が違えば当然,意見も違ってきますよね。

中安 ええ。議論を進める構成員の先生方の時代と,私たち若手医師を取り巻く今の医療環境は,異なる部分も少なからずあります。また,若手世代の思い描く将来像とのギャップもあると感じました。そこで,将来の医療を担う同世代の医師の意見を把握し,政策に反映させたいと考え調査しました。

阿部 質問項目も練られ,時間を掛けて準備したことが伝わります。

中安 2017年12月から準備を始め,翌2018年2月に調査を実施しました。全国に92ある赤十字病院のうち,初期・後期研修医が所属する60の病院の研修医全員に調査票を送り,226人から回答を得ました。

阿部 調査で重視した点は何ですか。

中安 医師の診療科偏在,地域偏在,そして働き方改革の3つを軸とすることです。新専門医制度の開始直前であり,地域偏在や診療科偏在が厚労省の医療部会でも議論になっていたためです。結論としては,若手医師の多くが出身地で勤務を続ける傾向にあるため,地元医師の育成が地域偏在には重要だと感じた他,働き方を重視して診療科を選ぶ傾向や適切な休養時間の確保を望む声があり,働き方改革が不可欠と改めて認識する結果となりました。

阿部 気になるのは,診療科選択と労働環境の関連です。いかがでしたか?

中安 専門医の診療科選択では医学的興味と働きやすさのどちらを重視するかという問いについて,前者が42%,後者が34%と大きな差はありませんでした。ところが,研修制度や働き方を理由に医学的興味のある専門領域から働きやすい他の領域に進路を変更していた若手医師が30%いました。多忙な科は,労働環境を改善しないとますます人が集まらない悪循環になり,診療科偏在の改善は期待できないでしょう。

阿部 若手医師は労働時間に対してどう考えていましたか。

中安 全体の71%が「不満がある」と答えましたが,そのうち3分の2は許容範囲と答え,改善が必要としたのは3分の1程度にとどまりました。

阿部 現状を受け入れざるを得ない様子がうかがえます。

中安 「なぜ当直明けに帰れないのか」との質問には,制度や人手不足の問題以外に,「雰囲気で帰れない」との回答が3割もあり,すぐに改善できる余地がありそうだとわかりました。

阿部 時間外労働・当直業務の学習効果を聞いている点も興味深いです。

中安 時間外労働や当直業務も貴重な学習機会が得られると57%が答えました。やはり,医師になりたての頃は頑張り時ですし,勉強の意欲も高い。だから今の労働環境について「こんなものかな」と受け入れる人が意外と多いことがわかりました。

 長時間労働の規制だけでなく,当直明けの勤務間インターバル導入など休養時間を確保し,さらには適切な報酬体系を構築できれば,若手医師の勤務意欲を尊重した環境になるはずです。働き方改革によって,医療界全体を持続可能なものにすることが見える結果でした。

客観性と代表性ある,若手医師の意見を行政に届ける難しさ

中安 赤十字病院の調査を準備し始めた時期に,AYMDSの提言書を拝見しました。調査実施から阿部先生が参考人として発表する2017年12月の第5回検討会まで,わずか1か月足らずの短期間で驚きました。

阿部 10月末の第3回検討会で若手医師の構成員らに対するヒアリングがあり,その後に急遽調査を行うことにしたためです。調査は医学生と卒後10年以下の若手医師を対象にオンラインアンケートで行い,10日間ほどで821人から回答を得ました。

 医学生と若手医師の90%以上が,①医師の健康診断や休息の確保,②医師の抑うつやバーンアウト,自殺を予防する対策,③医師の子育て支援とキャリア支援,④研修の質の確保の4項目について「必要」と答えており,検討会で対策の必要性を強調しまし...

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