フィードバックで促す研修医のインシデント報告
取材記事
2019.09.09
【取材】
フィードバックで促す研修医のインシデント報告
1999年は,横浜市立大学附属病院や都立広尾病院での医療事故を契機に医療安全対策の機運が高まったことから「医療安全元年」とも言われる。それから20年。それぞれの施設が医療安全対策に乗り出し,診療マニュアルの整備,医療安全部門専従職員の配置,インシデント報告の電子化など,さまざまな手を打っている。
自治医科大学附属さいたま医療センター(628床)は「インシデント報告」「研修医教育」をキーワードに医療安全対策を進めてきた。その成果は,年間約3万件(うち,医師からは約1千件)にも達するインシデント報告数に表れる。医療安全におけるPDCAサイクルの起点となる重要な取り組みのインシデント報告を研修医に促す意図は何か。なぜ,研修医からの報告が重要なのか。毎月1回開催される1年目初期研修医対象の医療安全講習会を取材した。
自治医科大学附属さいたま医療センターでの初期研修医対象の医療安全講習会では,一風変わった光景が見られる。プロジェクターで映し出されるのは,講習会に集まった1年目初期研修医が報告したインシデントの概要や各研修医の報告件数だ(図1)。「アルコール綿禁止の患者にアルコール綿を使ってしまった」「別の患者に検査をオーダーした」「使用後の針が指に当たった」「移送中にカテーテルが抜けそうになった」「患者同士のけんかを仲裁した別の患者がけがをした」「処方量を間違えて,薬剤師から疑義照会があった」……。ささいな事故から,大事に至る可能性があったものまで多様な報告が紹介された。
図1 2019年度に入職した初期研修医全28人それぞれのインシデント報告件数 |
2019年4月1日~7月17日までに報告されたインシデント報告数。実際のスライドでは,誰が何件報告したかわかるよう,氏名も公開される。年間報告目標は10件であるが,既に達成した研修医が2人いた。 |
「今年は,研修開始からの3か月間で報告数ゼロ件の1年目研修医がいませんでした。それに過去最高の報告数です。ただ,繰り返しの指導にもかかわらず,1件しか報告していない人もいます」。同センター医療安全部門の遠山信幸氏は,インシデント報告件数が多い研修医をたたえ,逆に少ない研修医に対しては報告を促した。「同期の報告と同じインシデントを,あなたは起こさなかった?」。氏は研修医に問い掛けた。
インシデント報告数は医療安全に対する意識の高さ
年間2万9223件。これは同センターの2018年度のインシデント報告数の総計だ。病床数の5倍がインシデント報告数の目標と言われることを踏まえれば,同センターでのインシデント報告数は病床数の50倍にも上り,いかに驚異的な報告数であるかがわかる。
医療安全管理のポイントは,個々の職員,組織全体で医療安全への意識を高めることだと言われる。安全文化は,①報告文化,②正義・公正の文化,③柔軟な文化,④学習する文化から成り立つ。中でも①報告文化は,インシデントの情報を組織全体で共有し,再発予防に活用するために極めて重要である。インシデント報告数を増やすことは,医療安全を推進するためには欠かせない手なのだ。
インシデント報告数上位者は「優秀レジデント」
発生したインシデントが速やかに,かつ全例報告されることが望ましいとは言え,報告をためらう職員は多いだろう。「インシデント報告=医療従事者に過失があった医療過誤」ととらえ,報告によって自身が非難の対象となると考えたり,報告が手間だと考えたりするためだ。この負のイメージを乗り越え,インシデントレベルの大小によらず全てのインシデントの報告を促すには何が大切なのか。遠山氏は,「インシデント報告は診療行為の一部であり当然の責務との意識を持たせることが重要」と話す。氏らは啓発に力を入れるため,次のような取り組みを行った。
・全職員対象に定期的な講習会の開催
・インシデント報告情報のフィードバック
・中途採用医師へのマンツーマンでのインシデント報告に関するレクチャー
・システムや医療機器・材料の不具合の発見につながったインシデント報告を表彰する「ベストインシデントレポート賞」の創設
・多科合同でのM&Mカンファレンスの開催
・医療安全推進月間の制定
こうした取り組みが奏功し,同センターにおけるインシデント報告数は10年前のおよそ1.5倍に上昇した(図2)。
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図2 全職員からのインシデント報告数の年度推移 |
2008年までの病床数は408床。2009年に600床規模となる。現在は628床。インシデント報告数は増加し,現在はおよそ3万件と,病床数の50倍もの報告数となった。 |
これらの報告内容を分析すると,医療......
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