医学界新聞

寄稿

2019.08.12



【寄稿】

もし総合診療医が大学で解剖学の授業を教えたら

志水 太郎(獨協医科大学 総合診療医学講座 主任教授)


 私と解剖学には浅からぬご縁(?)があります。実は医学生の時に,マクロ解剖学実習のティーチングアシスタント(以下,TA)をさせていただいていました。

医学生時代に経験した解剖学実習TA制度

 在学していた愛媛大学医学部には解剖学実習TA制度があり,解剖学実習を終えた学年の医学生が所定の試験に合格し,TAとして後輩学年の系統解剖学実習を教えることができました。同制度は「学年をまたいだ学生間の教育体制をつくることで,両者の学びへのモチベーションを上げる」という,解剖学第一講座(当時)の松田正司教授の教育的なご高配によるものでした。

 私はTAとして,卒業までの4年間で約600人(医学部と看護学部の学生)の指導にかかわらせていただくことができました。“ちょっと上の学年”の上級生から教わることは,後輩学年にとってずっと上の学年の正規の教員から教わる視点とはまた違った視点での学びがある印象でした。

 TA側の上級生にとっても,その反応は心地よいものでした。単に「ここは試験に出るよ」といった短期的・姑息的な情報のやりとりだけではなく,実際に臨床で学んだことと基礎をリンクさせて教えることで,上級生自身も復習と勉強になり,また何より後輩の目が「おおっ! そうなんだ!」とパッと輝くことがうれしかったのです。

 解剖学的な立体関係やリアルな動きを見せながら臨床の知識と実際の解剖をリンクさせることが鮮烈なイメージとなって学生の頭に焼き付くという実感を,私はTAを通して何度も経験してきました()。これは学生時代の大きな財産となっています。

 臨床知識とリンクさせた解剖学実習ティーチングの実例
「心臓の聴診って,立体的な弁の位置と血流の流れを想像しながら聴くとわかりやすいかも。例えばほら,大動脈弁の立体的な位置ってここだよね(*胸腔内の定位置にある心臓と切開された弁の配置を見せる),大動脈弁狭窄症の時の音って鎖骨に放散したり“たすき掛け(SASH)”の領域で聴こえると言われるけど,血流が大動脈弁前後のこの方向(*見せる)に沿って行くから聴診器でこのエリアで聴こえるんだよね」

「臨床実習で見たパンコースト腫瘍の患者さんがいてね。その方は肩から上に右腕が上がりにくくなって,肩甲骨が浮いて見えたんだよね。ほら,長胸神経ってこんなふうに(*指し示しながら)腕神経叢の枝で唯一垂直に下りていく神経でしょ。だから解剖学的に腫瘍の浸潤でここらへんで障害されたんだろうね。この神経は前鋸筋を支配しているから,前鋸筋が麻痺すると起始停止がここでしょ(*示す)。だから肩甲骨が緩んで内側が胸壁から立ち上がる。こういうのを翼状肩甲と言います。それと,肩甲骨を上方に回旋させる働きがあるから(*見せる),腕が肩より上に上がる時も大事な働きなんだよね。その患者さんではそれができなくなった,というわけなんだ」

「チェストドレーンといって,気胸や血胸の時は太い管をこうして入れるんだけど,ここ,肋骨の下縁に神経や血管があるから,実際はこの真ん中あたり(*見せる)を切開して,その後はできるだけ鈍的に指を入れながら胸腔内にアプローチするんだ」

「内頸静脈にカテーテルを入れるときは,このあたりから刺すんだけど,こんなふうに(*見せる)総頸動脈と近いから,気をつけて入れているよ。それと,刺入部が下すぎるとほら,ここに肺があって気胸を起こすから気をつけたほうがいいよ」

解剖学講義・実習の実際

 学生時代の教育に関与した記憶が鮮やかなまま,ご縁があり大学病院での勤務を始めました。ほどなく学内で解剖学の先生方とお話する機会があり,話が盛り上がり,講義・実習の一部(マクロ・ミクロ,各1コマ)を担当させていただけることになりました。

 マクロ解剖学の徳田信子教授からは,「総合診療医の臨床的視点から,解剖の学びに寄与する授業と実習での指導を」とのご依頼をいただきました。

 授業の準備段階では,研修医の頃に受験したUSMLE Step1の勉強のためぼろぼろになるまで読み込んだ『First Aid』を本棚から引っ張り出し参考にして,教える内容を目次として整理しました(写真①)。実際の授業では,気道の解剖をもとに酸素の組織供給とTCA回路のつながり,ショックの病態生理とそれにまつわる解剖,また発生や成長の過程で変化する解剖学的構造を症例をもとに説明しました。

写真① 授業で話す内容を目次として整理(クリックで拡大)

 実習では,例えば横隔神経の同定とその長経路の理由の説明や,胸郭や頸部の形状変化と閉塞性肺疾患の関連,動脈硬化性病変のサインと大血管のフィジカル上の変化,縦隔内の解剖の立体的関係と手技や読影のポイントを実際の解剖検体からどう学ぶかなどを,剖出の傍らフィジカル技術の講義も交え実演しました。

 ミクロ解剖学の上田秀一教授からは私の著書『診断戦略』の視点から,「ミクロの解剖の組織を,直観だけではなく分析的にもバランスよくどう考えるかの指導を」とご依頼いただきました。

 実際の授業では,組織標本を見るときにどのような考え方でアプローチするかを講義しました。単に典型的所見と目の前の標本を“絵合わせ”して確定するのではなく,組織の上皮の性質や機能を考えながら理解して“分析的に観察する”ことで,必然的に臓器が特定でき,さらに正常と異常を見分けることができるようになると強調しました。

基礎医学の重要性や各分野の連携を実症例を通して学ぶ

 いざ教壇に立ってみると,100人を超す医学部2年生たちの目が丸くなってキラキラしていくのがわかり,医学生時代のTA経験が思い起こされて本当にうれしかったです。

 その後,授業の感想文ができたということで解剖学講座からまとめた資料をお送りいただきました。一言・二言の感想のまとめだろう,と最初は思っていましたが,送られてきたのは分厚い冊子で,1人当たりA4で1~2枚ずつ感想がつづられていました(写真②)。

写真② その分厚さに驚かされた医学生による授業感想文

 肝心の内容ですが,これが本当に素晴らしいものでした。ルーティンで形式的に書いたものとはとても思えない,みずみずしくリアルな医学生約130人の感想でした。素直でピュアな獨協の学生たちの感受性の高さもあったのかもしれません。

 代表的な感想例としては,「臨床医となる上でいかに基礎医学が大切かがわかった」「臨床的な視点で先生が話したことが,今勉強している基礎医学とどのようにつながっているかがとてもよくわかり,モチベーションがアップした」「形態と機能につながりがあることがわかり,医学の奥深さに感動した」など,臨床的視点を導入することが基礎医学の学習に貢献する可能性を示唆する感想が多かったのが印象的でした。マクロやミクロの解剖と生理・生化学など(学生にとっては)“他領域”の基礎医学分野の連携,さらには臨床医学と基礎医学の連携などを,実症例を通して学ぶ意義を感じることができたようです。

総合診療医が卒前教育に貢献できる余地はまだまだある!

 また,「今回の授業を通して6年間の学びのロードマップが俯瞰できた」などという感想をみると,現行の医学生への教育コンテンツはまだまだ改良できるとの思いを強くしました。と同時に,解剖学はフィジカル・イグザミネーションの魅力を伝え,さらに観察力や分析力を養う上で最適な学問でもあると再認識しました。

 このような学生のポジティブな反応を見るにつけ,身体のさまざまなサインを俯瞰的な目で洞察する訓練に長けた総合診療医が,大学において医学生のベッドサイド(または解剖学)教育で貢献できることは多いと感じました。これは総合診療医が医療に貢献する可能性を世に示す上で,極めて重要な点になると思います。


しみず・たろう氏
2005年愛媛大医学部卒業後,江東病院や市立堺病院で研修。米エモリー大ロリンス公衆衛生大学院,豪ボンド大経営大学院を修了(MPH/MBA)。12年に練馬光が丘病院総合診療科ホスピタリストディヴィジョンチーフ。その後に米ハワイ大内科を経て,14年にJCHO東京城東病院に総合内科を創設。16 年から獨協医大(18年に同大総合診療医学講座初代主任教授に就任)。主な著書に『診断戦略』(医学書院)。

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