医学界新聞

対談・座談会

2019.07.22



【座談会】

全ての母子と他科患者に
産科混合病棟で十分なケアを

木下 勝之氏(日本産婦人科医会会長/成城木下病院理事長)
齋藤 いずみ氏(神戸大学大学院保健学研究科母性看護学・助産学分野教授)=司会
井本 寛子氏(日本看護協会常任理事)
松永 智香氏(JA高知病院副院長兼看護部長)


 少子高齢化は出産環境にも影響を及ぼした。諸外国では産科の集約化が進み,一施設の年間分娩件数が数千規模となった施設は多く,産科単科の病棟として運営される。一方,日本は年間分娩件数が数百に満たない施設が多く,産科と他科との混合病棟(以下,産科混合病棟)が分娩取り扱い病院のおよそ8割を占める。

 近年の調査で,産科混合病棟における課題が浮き彫りになりつつある。例えば新生児のMRSA感染1)や,分娩進行中の産婦の看護と他科患者の死亡時の看護との重複2)の実態が明らかになった。このような状況で,母子にも他科患者にも十分なケアが提供できているだろうか。

 産科混合病棟の現状に危機感を持った新生児科医や助産師が警鐘を鳴らし始めた。産科混合病棟,ひいては周産期医療提供体制の在り方を再考すべき時期を迎えたのではないだろうか。本紙では,産科混合病棟における課題の可視化に取り組む研究者の齋藤氏を司会に,日本産婦人科医会会長の木下氏,産科混合病棟の運営に関する調査・提言を行う日看協の井本氏,産科混合病棟の管理者としてケアの提供体制を模索する松永氏による座談会を企画。産科混合病棟における課題を整理し,母子・患者へよりよいケアを届けるための戦略を検討する。


常態化する産科混合病棟,潜む課題

齋藤 まず,近年の産科を取り巻く環境についてまとめます。日本では全出産件数のおよそ半分が病院,残りの半分が診療所で,0.6%が開業助産院で行われます。病院での分娩は産科単科の病棟で行われるイメージですが,実際は異なります。日看協の調査によると分娩取り扱い病院のうち,2012年は80.6%が,2016年は77.4%が産科混合病棟だと報告されました3)。産科混合病棟ありきの分娩が常態化しています。

井本 産科混合病棟とは,産科以外の他科も含めて構成される病棟です。したがって,産科と婦人科の混合病棟も産科混合病棟です。産科・婦人科の混合病棟は昔からありましたね。

木下 確かに,私が研修をした大学病院は産科と婦人科の混合病棟でした。とは言え,ナースステーションを挟んで左を産科,右を婦人科と分けて運営をしていました。そのため混合病棟だったとの認識はあまりありません。緊急的に婦人科の患者が産科の病室に入ることはありましたが,そのときは産科・婦人科両者の了解を得て個室を貸していました。「産科単科が一番理想的」という気持ちはもちろん理解できます。でも少なくとも当時は,混合病棟であるがための不自由さも懸念もなかったのではないでしょうか。

松永 私が勤めるJA高知病院の産科混合病棟でも,手前味噌ですが大きな問題は起きていません。スタッフがしっかりと運営しており,看護職に尋ねても重大な不満は出ていません。

齋藤 以前はうまく機能していたでしょうし,今も上手に運用している施設は多数あります。ですから全ての産科混合病棟をひとまとめにし,問題があると言っては不適切かもしれません。どのような課題があるか,具体例を出して整理してみましょう。

 例えば,私が研究してきた中で一番問題だと思うのは,分娩時の看護と死亡時の看護を同時並行で行う場合が散見することです2)。私がこの問題に気付いたのは,研究のために産科混合病棟勤務の助産師とコンタクトを取っていたときでした。助産師が度々,「分娩と,死亡する他科患者のケアが重なって大変だ」と言うのです。

 一般に,助産師は死亡時の看護に当たる機会が少ないので,年に数回もない死亡時の看護と分娩介助の重複をオーバーに表現するのだろうと思ったのです。でも実態はそうではなくて,病院によっては月に複数回も重なることがあると,調査をしてわかりました(図1)。

図1 ある産科混合病棟で起きた死亡時の看護と分娩時の看護の重複(齋藤氏提供)(クリックで拡大)
ある病院の産科混合病棟で起きた9~11月に起きた全5件の死亡時の看護のうち,分娩時の看護との重複は3件あった(黒矢印部分)。さらに10月は同日のほぼ同時刻に2件の看護の重複が観察され,うち1件の死亡時刻と分娩時刻の差はわずか2分だった。

井本 分娩が始まっても,助産師は7対1看護の人員に組み込まれていますからね。当協会の調査によると,常に他科患者を受け持つ助産師は2012年度の調査では10.4%でしたが,たった4年で43.7%にまで急増しています3)図2)。他科患者を受け持ちながら分娩介助を行っては,助産師はどちらのケアにも集中できず,良質なケアを提供できません。

図2 助産師が受け持つ患者の比較(文献3をもとに作成)(クリックで拡大)

齋藤 終末期の患者や妊産婦に対してはなおさら倫理的に配慮すべきです。一生に一度の死んでいくとき,一生に1~2回の出産のとき,どちらも大切に看護されなければなりません。ところが今は産科の母子にも産科以外の患者にも十分なケアを提供しにくい,両者にとって好ましくない状況です。

井本 妊産褥婦に対するきめ細やかで切れ目のない支援が求められる中で,この体制は看過できませんね。

 他に,新生児感染症が懸念される中,感染症患者と母子が同室の例もあります。ハイリスク妊娠・出産が増え,母体の変化や胎児心音を丁寧に観察しなければならない中,妊産褥婦さんと大腿骨骨折後の患者さんが隣のベッドになった事例を聞きました。妊産婦の心音に異常が見られたのと同時に骨折中の患者さんがベッドから降りようとしたこともあったようです。

齋藤 これらの問題は一例にすぎず,産科混合病棟は,産科医や助産師,看護師の努力によって何とか成立しているのが現状です。産科混合病棟で起きている問題に向き合い,解決策を考えなくてはなりません。

産科混合病棟の現実的な在り方の議論を

木下 以前の産科混合病棟ではこれほど大きな問題はなかったはずです。なぜ問題が生じてしまったのでしょう。

井本 医療の高度化に伴い短期間で入退院のベッドコントロールを行ううちに,産科病棟の特殊性に対する考慮を欠いてしまう施設が出てきたのです。1990年代くらいまでは産科の特殊性を踏まえて,産科病棟に他科患者が入る際には相当な配慮がなされていました。ところが近年,入院患者が増加する一方,出生数低下を背景に産科の入院患者は減りました。つまり産科の空床に,他科患者を入れる必要が出てきたのです。

木下 1床当たりの入院料が非常に高くなりましたから,病院経営の視点から

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