医学界新聞

対談・座談会

2019.07.01



【座談会】

本邦のカテーテル治療の明日を考える

猪原 拓氏(Vancouver General Hospital, Interventional Cardiology, Clinical Fellow)=司会
香坂 俊氏(慶應義塾大学病院循環器内科 専任講師)
西原 崇創氏(ゆみのハートクリニック)


 循環器領域のカテーテル治療といえばその代表格は冠動脈へのインターベンション(PCI)であり,高リスクの急性冠症候群(ACS)症例に対してこの手技が果たしてきた役割は極めて大きい。一方で,COURAGE試験等の近年の大規模臨床試験の成果を踏まえて,低リスクのACSや安定狭心症に対するPCIについては世界的に慎重な運用が求められるようになってきている。2018年初頭にはORBITA試験の結果がLancet誌に発表され,安定狭心症のPCIでより厳密な比較を行うと「PCI後に認められる症状改善の多くは,プラセボ効果の可能性がある」との指摘がなされた。

 こうした状況を踏まえて,米国では特に2011年以降,適切な適応のもとでのPCI施行が遵守されるようデータベース上での検証が行われるようになっている。日本においてもPCIがやや過剰に施行される傾向が指摘されており,2018年度診療報酬改定では安定狭心症に対する術前虚血評価が義務付けられることになった。本座談会では米国の教訓も踏まえながら,PCIを含め過渡期を迎えた循環器領域のカテーテル治療全般に関して,今後の方向性を議論する。


猪原 循環器領域のカテーテル治療に関連するランドマークトライアル(MEMO)が近年相次いで発表されました。これらの知見により,国際的にはカテーテル治療の適応が厳格化される方向性になっています。一方,本邦のJROAD(循環器疾患診療実態調査)によると,2018年度に安定狭心症に対する待機的PCIは約20万件,不整脈に対するカテーテルアブレーションは約8万5千件施行されるなど,いずれも増加傾向にあります1)

 今後はカテーテル治療の適応に関して,日本国内においても活発な議論が行われることが期待されます。今回の座談会ではPCIとアブレーションに焦点を当てつつ,日本における課題と展望について議論を進めていきます。

「エビデンスの煮え湯」を政治的介入で飲まされた米国

猪原 まずはPCIに関して。米国ではCOURAGE試験の発表後,待機的PCIの施行数が3割減少したとする報告もなされています2)。この背景について,香坂先生から解説をお願いします。

香坂 ちょうど私が米国でカテーテル治療を行っていた2007年に,COURAGE試験が発表されました。当時はまだ狭窄を解除することが患者さんの予後に貢献できると広く信じられていましたので,安定狭心症に対するPCIの予後改善効果が限定的であると示されたことは,循環器専門医に大きなインパクトを与えました。その一方,「臨床試験とリアルワールドは別物」「患者集団や診療環境が異なる」といった異論も多数出たのを覚えています。

猪原 大規模臨床試験の結果に対して,よくみられる反応ですね。

香坂 ただCOURAGE試験がちょっと違ったのは,その後に大きな政治的・学術的な介入があったことです。

 米国の医療費を疾病分類別にみると循環器疾患が最上位となり,中でも虚血性心疾患の占める割合が高くなっています。米国の議員は「納税者を代表している」という意識も強いですから,COURAGE試験のように税金を使った臨床試験から重要な知見が得られたにもかかわらず医療費の抑制に乗り出さないのは「有権者に対する裏切り」のように考えます。

 実際,COURAGE試験の主任研究者が議会に招聘されるなど,社会的な関心は高まりました。循環器関連学会はこれを受ける形で,診療ガイドラインの推奨を改訂し,さらにPCI施行に関するAUC(appropriate use criteria;適切性基準)を2009年に発表するに至っています。

西原 すると,COURAGE試験を臨床現場や学会が受け入れる形でPCIの施行数が減ったわけではないのですか。

香坂 当初の変化は緩やかなものでした。COURAGE試験の発表からしばらくは,PCIの施行数はそれほど減っていないはずです。

猪原 確かニューヨーク州で,AUCを満たさないPCIに対してはメディケア/メディケイドの支払いを認めないという通達が出たあと,PCI施行数が激減しましたよね3)

香坂 あれはトリッキーな試みで,「認めない可能性がある」という通達を出したのです。ただその直後からAUCは遵守されるようになり,2012年を境に施行数が激減しました。保険を切られるという事態になる直前で,医療現場がブレーキを踏んだ形となりました。

 つまり,米国においても純粋に学術的な意味での効果は限定的な範囲に留まり,現実は政治的介入によって医療者側が「エビデンスの煮え湯」を飲まされたことになります。このように米国でのEBMの実践は,RCTの結果を論文化してガイドライン上での推奨を変更するといった「きれいごと」だけでは済まないことも多々あります。

適応を判断する「プロセス」が抜け落ちている

猪原 米国では,AUCをレジストリデータに当てはめることによって実臨床で施行されているPCIの適切性を評価する試みも行われています。2009年から14年にかけて,不適切な適応のもとに施行されたPCIが26.2%から13.3%に減少し,施設間のばらつきも小さくなっています(2)

 米国におけるAUC評価に基づく待機的PCI施行の年次推移(文献2より)(クリックで拡大)

 では同じ基準を日本に当てはめるとどうなるか,というのが私どもの研究です。慶大病院と関連15施設によるKiCS-PCIレジストリを用いて検討したところ,待機的PCIのうち30.7%が不適切であると判定されました4)

西原 適応を適切に評価して患者にとってベストな治療法を選択するということを行いにくい構造的な問題が,その背景にあるのではないでしょうか。というのも,「手技の件数が多ければ多いほどいい病院」とされていて,一般誌でもそういった特集が組まれますよね。さらには診療報酬によって厚労省がその風潮を後押している側面があって,件数が増えるほど病院経営的にも好ましいわけです。

猪原 確かに手技数のアウトカムへの影響(volume-outcome relationship;VOR)に関する研究では,病院当たりの手技・手術件数が増えることで合併症発生率や死亡率が下がると言われています。ただ,それらは医療における質評価の3指標――ストラクチャー(医療提供体制),プロセス(臨床過程),アウトカム(治療結果)のうち,ストラクチャーとアウトカムの評価でしかありません。プロセスも含めた医療の質評価が重要だと私は考えています。

香坂 私が2009年に日本の診療現場に戻った時に違和感を抱いたのは,まさにそこでした。「狭窄あり,カテ実施」といったフローが広く実施されており,症状の中身や虚血の重症度を丁寧に評価して適応を評価するプロセスが当時は抜け落ちていたのです。

猪原 日本はCTへのアクセスが優れていることもあって,従来は冠動脈CTによる解剖学的評価が好まれてきました。近年は機能的虚血評価の重要性が認識されるようになり,中でもFFRが急速に普及しています。それにもかかわらず,待機的PCIの施行数は依然増え続けているのが現状です。

西原 不思議なことです。検査結果を解釈してPCIの適応を判断するプロセスにおいて,主観の入り込む余地があるのが一因かもしれません。薬物療法の効果をきちんと評価しないままカテーテル治療を実施して,結果的にどちらが効いたのかわからないまま診療を続けるパターンも多いはずです。

香坂 まずは運動負荷心電図,次に画像検査に進んで,それでもcontroversialならばFFRというように,本来は虚血評価にもヒエラルキーが存在します。それらを並列で扱って手当たり次第に検査をすると,わけがわからないことになります。

 今後は循環器内科医としては,手技を学ぶばかりではなく,その適応判断についても深い知識を要求されることになるでしょう。理想論かもしれませんが,こうした手技前の評価に関して系統的なトレーニングを受けると,自然に「適応のない」手技に鼻が利くようになります。

カテーテルアブレーションはPCIの歩んだ歴史と類似!?

猪原 PCIと同様に国内で施行数が年々増えているのが不整脈,特に心房細動に対するカテーテルアブレーションです。ところが近年のRCTによれば,その治療効果はかつて考えられていたよりも限定的なのかもしれないとの結果が出ています。

西原 カテーテルアブレーションによる根治が期待されていましたが,心房細動はそんなに簡単な病気

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