医学界新聞

インタビュー

2019.06.24



【interview】

目の前の患者と未来の患者を守る
リサーチナースの魅力

藤原 紀子氏(東京大学医科学研究所附属病院緩和医療科/TR・治験センター/がん看護専門看護師)に聞く


 臨床研究の推進が加速する中で,研究参加者(以下,被験者)の看護に携わることも少なくないだろう。2016年米国看護協会は,被験者のケアを含む臨床研究看護(Clinical Research Nursing)を他の領域と同様に看護の専門領域とすると声明を出した。臨床の看護師にとっては,「臨床研究看護」と聞くと難しいものに感じるかもしれない。しかし,臨床研究看護の専門職(リサーチナース)として研究所病院で勤務する藤原氏は「臨床研究看護は決して難しくなく,わくわくするもの」だと話す。看護師として臨床研究に携わる魅力とリサーチナースに求められる役割を尋ねた。


――臨床研究遂行を支え,被験者である患者のケアに当たる看護師は,臨床研究の推進をどのようにとらえていますか。

藤原 看護を通じて被験者の力になりたいと考える看護師が増えています。これまでは,研究は難しいものとのイメージから臨床看護師が寄与できると思えなかったり,被験者へのかかわりに躊躇したりする場合がありました。時には多忙な日々の中で,臨床研究への関与による業務量の増加を忌避する声も時に聞かれました。

――なぜ看護師の臨床研究への関与が必要なのでしょう。

藤原 以前は,看護師資格を持つ臨床研究コーディネーター(以下,CRC)が研究計画(プロトコル)を踏まえた被験者ケアまで行う場合がありました。しかし日本では,人材不足から全ての試験をCRCが支援できるわけではありません。加えて日本のCRCは多職種であり,かつ海外と同様に医療資格を持たないCRCも増加しており,被験者ケアを専門的に行えない状況があると思います。臨床研究の複雑化,疾患の多様化もあり,十分な被験者ケアのためには,ケアの専門家である看護師がリサーチナース(Clinical Research Nurses,臨床研究看護師)として臨床研究の実施にかかわることが求められているのです。

患者安全を守るリサーチナース

――リサーチナースと臨床研究看護について教えてください。

藤原 リサーチナースの国際学会IACRN(International Association of Clinical Research Nurses)によると臨床研究看護とは,被験者のケアと臨床研究の適切な実施とのバランスを保つことに焦点を当てる看護の専門領域と定義されています。そして,臨床現場で被験者の看護に責任を持つ看護師がリサーチナースです。

――臨床研究看護を行うために求められる能力は何ですか。

藤原 患者ケアの基本は,日常診療の看護と何ら変わりはありません。すでに,臨床看護師が目の前の被験者の看護についてアセスメントし,計画を立てて実践していると思います。

 ただし,被験者の安全や,プロトコルどおりの手順の実施については,日常診療と異なる配慮が必要です。臨床試験は新規治療法の安全性や効果を確かめるために実施されるので,被験者にどのような事象が起こるかわかりません。

――被験者の安全を守るためには,患者さんの状況をよく理解する必要があります。そのための臨床研究についての勉強は,リサーチナースになる際のハードルではないでしょうか。

藤原 「研究」と言われると,確かに臨床の看護師にとってはハードルが高いかもしれません。でも「患者さんの容態と,受けている治療を知る」と考えると,臨床の看護師が通常行う患者ケアのための勉強と同じです。これまでと異なり,臨床看護師が臨床試験や臨床研究看護を学ぶ機会が増えているので,このチャンスを活用してもらえたら,リサーチナースがぐっと身近な存在になるのではないでしょうか。

患者ケアと臨床研究のバランサーとなる

――IACRNの定義では「被験者のケアと臨床研究の適切な実施とのバランスを保つこと」がリサーチナースの重要な役割とされています。なぜその役割が求められるのでしょうか。

藤原 日常診療であれば,患者さんの希望やスケジュールを踏まえて柔軟な治療を支援できます。しかし臨床試験では,プロトコルから逸脱した手順やスケジュールを実施していたら,せっかく被験者が自身の身をもって提供してくれたデータが未来の治療に生かせなくなります。

――両者のバランスを取る際に心掛けるべきことは何でしょう。

藤原 2つの点から「俯瞰」がキーワードです。1つは視野を広く持ち,被験者を取り巻く環境を俯瞰することが求められる点。患者ケアに当たるときは,どうしても目の前の患者さんに意識が集中してしまいます。ですが被験者である以上,負担は最小限に抑えつつも,臨床研究の要求を満たさなければいけません。そこで一歩引いて,被験者と臨床研究のニーズを俯瞰して見比べることでバランスを保てるのです。

――2つ目の俯瞰とは何でしょうか。

藤原 自分自身の俯瞰,つまりメタ認知が大切になります。被験者とかかわると,自分の倫理観や看護観に反する事案が起き得ます。例えば,がん患者さんにランダム化比較試験に参加してもらうことになったら,医療者が「そんなのかわいそうだ」「研究参加なんてやめるべきだ」と思ってしまうことがあるかもしれません。私たちも人間ですから,自分の価値観や看護観は重要です。しかし,研究参加を決めるのはあくまで患者さんです。このような倫理調整が必要なケースは,臨床研究では顕著に現れますが,日常診療においても多く起こります。そのために,自分自身の看護観,感情などを常に俯瞰して認識する姿勢が必要です。

 また,もし患者さんが途中で研究参加を取りやめたら,それまで協力してもらったデータが使えなくなることもあります。これは,新規治療法を将来受ける未来の患者さんの希望を奪いかねません。被験者の自発的な参加の取り下げはやむを得ませんが,患者さんの被験者になる権利も新規治療法開発への期待も,私たち医療者の価値観だけで奪ってはいけないのです。

未来の患者へのケアを目の前の患者と共に

――リサーチナースの積極的なかかわりで,被験者ケアの充実が望まれますね。

藤原 被験者ケアに携わる臨床の看護師には,ぜひリサーチナースとしてさらに積極的に被験者ケアに携わってほしいです。それが目の前の被験者さんだけでなく,未来の多くの患者さんのケアにつながります。しかもこのケアは,目の前の患者さんとの協働によって提供できるのです。日常診療では図Aのように,患者中心の多職種連携がうたわれます。臨床研究においても,日々のケアの視点では患者さんが中心です。でも少し視点を変えてみると,未来の患者さんのために,今目の前にいる患者さんと手をつないでチームで研究を支えているとも言えるのです(図B)。

 日常診療と臨床試験における患者との関係の違い(クリックで拡大)
(A)日常診療における多職種連携は,患者を中心として医療者が連携を図る。臨床試験においても目の前の被験者ケアの実践では同様であるが,(B)目の前の患者(被験者)と手を取り合って,新しいエビデンスを未来の患者に届けることができる。

――被験者と未来の患者を守るリサーチナースの普及に向けて,今後何が必要でしょうか。

藤原 リサーチナースの実践の言語化です。「臨床研究看護」といっても,実際は今,臨床の看護師が行っている看護の基本と同じです。リサーチナースへの理解が進み,被験者と未来の患者さん両方へのケアに取り組もうとする臨床の看護師が増えることを願っています。

(了)


ふじわら・のりこ氏
2005年より東大医科研病院において看護師・臨床研究コーディネーターとして勤務。17年より現職において緩和ケアチーム活動および臨床研究のマネジメントを担当する。10年よりリサーチナースの国際学会IACRNに参加し,リサーチナースの概念の普及とリサーチナースの育成に取り組む。IACRN日本支部代表。

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