「こどもセルフケア看護理論」の活用で看護実践に軸を持つ(片田範子)
インタビュー
2019.05.27
【interview】
「こどもセルフケア看護理論」の活用で
看護実践に軸を持つ
片田 範子氏(関西医科大学看護学部長・看護学研究科長 教授)に聞く
小児看護領域のケアはこどもと親の二者が対象となる。こどもの主体性を引き出しながら親への対応にも目を向けたケアをどう実践すればよいか。セルフケアの概念を用いたオレムの看護理論をベースに「こどもセルフケア看護理論」の構築が進み,臨床での活用が期待される。理論構築の中心を担う片田範子氏は「理論を持つことで看護実践に大切な軸ができる」と語る。開発の経緯と実践で活用する意義を聞いた。
――小児看護ならではのケアの特徴は何ですか。
片田 こどもの成長発達を考慮したケアはもちろん,親がこどもをどうとらえているかを同時に把握しなければならない点です。こどもは大人のミニチュアではないと言われるように,小児に適したケアが必要です。小児病棟で働いていた当初,こどもの成長発達の知識さえ理解すればケアはできると考えていた私は,小児看護領域で困難を抱えるのは必ずしもこどもだけではないと気付かされました。そこで,こどもと親の二者に対するアセスメント能力を備えるには独自の理論を持つことが強みになると考え,オレムのセルフケア理論に注目したのです。
――小児看護領域にオレムのセルフケア理論を用いた経緯とメリットを教えてください。
片田 オレムのセルフケア理論は,人は自分でセルフケアができることを前提とし,自分でできなくなったときに看護の介入が必要になると説明しています。特に優れているのは,成人だけでなく,小児のような発達途上でセルフケアを十分に果たせない対象を想定していることです。私の問題意識とも合致しました。親子関係も大切にした看護を実践するため,1980年代当時からオレムの理論を小児看護に取り入れてきました。自分が求めるアウトカムと一致する看護理論を持つことで,その人を守る大切な軸ができましたね。
こどものセルフケア能力を高め自立を促すには
――看護師はこどものセルフケア能力をどうとらえればよいのでしょう。
片田 大人から見ればこどもは未熟でも,こどもにとっては年齢相応の成長を遂げています。
入院で母親と離れざるを得ないこどもに対し看護師が,「大丈夫だよ。お母さんが帰っても,私がお母さんの代わりになるから」と話す姿を目にしたことがあります。こどもはどう受け取るでしょうか。その子は,「看護師さんは僕のお母さんじゃないもの。僕のお母さんがかわいそう」とはっきりと言ったのです。こどもにも自立した強さがある。この看護師がこどもの発達を正しく理解し,ケアする専門職としての自覚を持っていれば「代わりにお母さんになる」という,こどもを不安にする言葉を発することはなかったはずです。
――発達の正しい理解が大切なのですね。発達の段階に応じて必要なケアを行う上で欠かせない視点は何ですか。
片田 こどもの能力が高まるにつれ,親から補完されてきたセルフケアをこども自身の力にどう置き換え自立を促すかです。その過程を説明するために私が考えたのが,卵の図です(図)。卵の黄身がこどものセルフケア能力,白身は親の関与する度合いに見立てて発達過程を示しました。成長とともにこどものセルフケア能力が拡大していくことで,親や看護師などさまざまな人が共通の理解を持って関与できるようになる。卵の図を出発点に,私たち大学教員や小児看護専門看護師は2014年度から,オレムの既存理論を基盤とした「こどもセルフケア看護理論」の構築に着手しました。
図 卵の黄身の成長から見るセルフケア能力(片田氏提供) |
黄身部分がこどものセルフケア能力を表し,白身部分はこどもが親や養育者からの補完を必要とする部分を示す。成長に応じ,補完を必要とする白身部分は小さくなる。 |
――オレムのセルフケア理論を基に,新たな理論開発を進めた理由は何でしょう。
片田 こどもにオレムのセルフケア理論を活用する上で,難解な用語があったからです。1つは,セルフケアのできない「依存的ケア(dependent-care agency)」の位置付けです。日本語の持つ「依存」の意味合いがネガティブな面もあり,理論と現場の感覚にギャップがありました。もう1つが「セルフケア・エージェンシー(self-care agency)」のagency扱いです。オレムのセルフケア理論では成人のセルフケアは自立して行動できることを前提とする一方,こどもは学習によってセルフケア能力を獲得すると述べており,未発達なセルフケア能力のままどう学習するのか齟齬がありました。
経験を積んだ看護師であれば,言葉が話せないこどもが泣いたり笑ったりしてメッセージを発するのは「行動」であって「行為」ではないと理解できるものの,初学者にはわかりにくい。そこで,こどもに焦点を当てて言葉を補ったセルフケア看護理論を構築するに至ったのです。
オレム先生が2007年に亡くなって以降も,オレムの看護理論はお弟子さんや協働者の輪によって,時代やニーズに即した内容へと形を変えながら受け継がれています。既存理論を基盤とした今回の理論開発は,オレム先生の知識体系を継承し発展させる意義もあるのだと感じています。
看護師が親子の隙間を埋める
――新たな理論が小児看護の現場でどう生かされることを期待しますか。
片田 「こどもを守る」との信念を看護師自身が貫く支えとしてほしいですね。こどもを看護する親にも苦しみがあり,親の見解とこどもの気持ちに相違が生じることがあります。親の意向だけでケアを決めるようでは,看護師の責務を果たしたことにはなりません。今まさにケアが必要だと訴えるこどもに対し,適切なアセスメントによってケアを行い,看護師が親子の隙間を埋めていくためにも,新しい理論を活用してほしいと思います。
――社会の変化とともに日本の子育て文化も移り変わる中,小児領域の看護師はどのようにニーズをくみ取っていけばよいでしょう。
片田 こどもへの支援を通じ,親の責任とは何かをきちんと看護師が伝えるべき時代を迎えていると感じます。気掛かりなのは家族形態の多様化や親子のつながりの希薄化です。関係の維持が困難な家族に対し介入の必要性を見極め,親の困難を理解し支援する社会システムは何かを考えることも,看護師に求められるでしょう。こどもセルフケア看護理論によって看護が責任を持つべき範囲が明確となり,親もしっかりと責任を果たせるケアの確立に,今後も貢献したいと考えています。
世界に発信する,日本の看護の知
2020年,日本で第6回世界看護科学学会開催へ(学術集会長・片田範子氏) 第6回世界看護科学学会学術集会を2020年2月28,29日の2日間,大阪国際会議場(大阪市)にて開催します。テーマは“Knowledge Development in Nursing for Better Health and Life of the People in the World:Sharing the Local Knowledge for Universal Knowledge”。世界に共通する看護の課題は,人々の健康と生活をいかに豊かにするかであり,学術組織にはその実現に向けた知識の探究と発信する使命があります。開催を契機に新たな知識体系が生み出され発展することを願い,本テーマを掲げました。 日本から大きく3つの知を発信したいと考えています。1つ目は超高齢社会における看護・福祉の叡智,2つ目は自然災害大国としての経験知,3つ目が社会とケアの融合をめざす「ケア社会」の創造です。ケアマインドを有する人材を学際的に育成する必要性も強調したいと考えています。博士課程に在籍する学生が企画するセッションも予定していますので,若手研究者も奮って参加してほしいと思います。日々の研究や臨床実践で芽生えた新たな知識を持ち寄り,海外からの参加者とディスカッションして楽しく学び合いましょう。 ◆第6回世界看護科学学会学術集会 |
(了)
かただ・のりこ氏
1973年米テキサス女子大看護学部卒後,同大大学院看護学研究科修士課程修了。90年米カリフォルニア大サンフランシスコ校看護学研究科博士課程修了。博士(看護学)。聖路加国際病院勤務を経て聖路加看護大(当時)助教授,兵庫県立看護大(当時)教授,兵庫県立大大学院看護学研究科長を務め,18年度より現職。日本看護科学学会理事長,日本小児看護学会理事長などを歴任。2020年2月開催の第6回世界看護科学学会では学術集会長を務める。現在,オレムのセルフケア理論を基盤とした「こどもセルフケア看護理論」の構築を進め,書籍化を予定している。
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