ユマニチュードのこれから(本田美和子,宗形初枝,竹内登美子,イヴ・ジネスト)
対談・座談会
2019.05.27
【座談会】ユマニチュードのこれから |
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本田 美和子氏(国立病院機構東京医療センター総合内科医長)=司会
宗形 初枝氏(郡山医師会郡山市医療介護病院看護部長) 竹内 登美子氏(富山県立大学看護学部長) イヴ・ジネスト氏(ジネスト・マレスコッティ研究所所長)=特別発言 |
ユマニチュードは,仏の体育学の専門家であるイヴ・ジネスト,ロゼット・マレスコッティの両氏によって開発されたマルチモーダル ・コミュニケーションケア技法である。日本では本田美和子氏らを中心に2012年から導入が始まり,とりわけ認知症ケア問題の解決に役立てられるようになった。今後一層の普及を図る上では,病棟単位での取り組みを施設単位,さらには地域全体へと広げる必要がある。また,ユマニチュードはコミュニケーション技法であると同時に日常生活援助技法でもあることから,看護学教育の中に体系的に取り組むことができれば,看護学のさらなる発展が期待できる。
郡山市医療介護病院は2014年度以降,病院全体でユマニチュードを採用し,本田氏らとの共同研究を実施している。2019年度開学の富山県立大看護学部では「看護ケアとユマニチュード」を教育の特色の一つとして打ち出しており,4年間を通してユマニチュードの技法を学ぶことになる。本座談会では,基礎教育および臨床においてユマニチュード導入の先駆的存在である両施設の取り組みに学ぶ。
本田 私は2011年秋に渡仏しジネスト先生のもとで研修を受け,翌12年よりユマニチュードに関する日本での活動を始めました。以後,国立病院機構東京医療センターを拠点に研修会を開催し,これまで延べ6000人余りの医療・介護職が研修に参加しています。
研修修了者が自施設においてユマニチュードの導入を図る過程では,さまざまな困難が生じます。これは仏でも同様で,施設全体でユマニチュードを実践するためには,施設におけるケアに関する哲学と管理者のリーダーシップが不可欠です。その先駆けである郡山市医療介護病院の宗形看護部長にお話を伺い,さらなる普及に向けたヒントを得たいと思います。
それから竹内先生は,2019年度開設の富山県立大看護学部においてユマニチュードを正規のカリキュラムに採用してくださいました。看護学部において4年間体系的に教育するというのは日本初の試みです。看護学教育にユマニチュードを導入する目的や,具体的なカリキュラムについてお話しいただきたいと思います。
「やさしさを伝える技術」との出会い
本田 まず,お二人のユマニチュードとの出会いからご紹介ください。
宗形 私のきっかけは,『看護管理』誌2013年10月号のユマニチュード特集でした。記事を読み進めていくと,ユマニチュードは「やさしさを伝える技術」であり,「やさしさを伝えることは,学べば誰にでもできる」と書いてある。私はその言葉に,強い衝撃を受けたのです。
本田 それはなぜでしょうか。
宗形 助産師として約30年間働いてきた後に療養型病院の管理者となり,高齢者――特に認知機能の低下した人とのかかわりに,管理者として課題を感じていました。夜勤のスタッフが,高齢者に時々荒い声を発するわけです。私はそういった場面をみるたびに「もっとやさしくできないの」とたしなめるのですが,「看護師2人で40人を見ているんですよ。一晩中騒ぐ患者さんに対して,どうすればいいんですか」と反論されてしまう。「やさしさなんて簡単に言うけど,現実は難しいのかな」と壁にぶつかっていたのです。そういう時期にこの特集を読んだものですから,研修に参加することを即決しました。
竹内 私の場合,本格的に認知症について学び始めたのは,研究ではなくプライベートな事情でした。というのも,両親が認知症だったのです。遠距離介護が難しくなり地元の富山県に戻らざるを得ない状況になったとき,ちょうど富山大で老年看護学教授の募集があったのですね。それまでは専門の急性期看護学分野で術後せん妄の研究を行っていたので親和性があったとはいえ,運良く老年看護学のポストを得ることができました。以後,研究や学生実習などを通じて認知症の学習を深めていたときに出会ったのが,ユマニチュードです。
本田 最初はユマニチュードをどうやってお学びになったのですか。
竹内 『ユマニチュード入門』(医学書院)に始まり,ほかにもさまざまな文献を読みました。学生に教える際に最もよく利用するのが,2014年に放映されたNHK「報道特集『ユマニチュード』認知症ケア フランス発新手法」です。
実はこの番組には私も出る予定だったのです。私が科研費研究班の代表者となって認知症本人とご家族にインタビューした動画を「認知症本人と介護家族の語り」としてウェブサイトに提供しているのですが,珍しい取り組みだということで取材を受けました。ところが放送間際になって「ユマニチュードが非常によかったので,竹内さんの箇所はほんのわずかです」とNHKの方に言われて……。結果的に私自身が取材を受けた部分は全てカットでした(笑)。
本田 それは初耳です(笑)。大変失礼しました。
竹内 でも実際に番組をみて,NHKの判断はもっともだと思いました。そのビデオを,先ほどのエピソードを冗談で交えながら学生に見せるのですね。認知症で会話さえ難しかった方々が,ジネスト先生たちの技術によって会話ができるようになり,笑顔も出る。寝たきりの人が歩けるようになる。そんな変化が一目瞭然で,「ユマニチュードを学びたい」と学生が前のめりになりますから。
成功体験を共有し,施設全体で取り組む
本田 郡山市医療介護病院では組織としてユマニチュードに取り組むことを決断し,2014年より全職員を対象とした研修の実施やユマニチュード認定インストラクターコースへの複数の職員派遣など,院内外の研修受講に注力されています。施設全体での導入に当たり,障壁はなかったのでしょうか。
宗形 忙しい中で新たな取り組みを始めるわけですから,スタッフの抵抗は当然ありました。特に介護職とは,受けてきた教育が看護職と違うこともあって,足並みをそろえるのが難しかったです。でも,やると決めたらやるしかない。そう覚悟を決めて取り組む中で,最も変わったのも介護職でした。最初は抵抗感のあったベテランスタッフがユマニチュードに理解を示したあたりから,うまくいくようになりました。
本田 院内での風向きが変わったのは,何かきっかけがあったのでしょうか。
宗形 1つは,学会発表に向けての事例報告会を毎月設定したのが良かったと思います。これも最初は「忙しいのに……」なんて文句が出ていました。でも,ケアの映像を見ながら互いに評価するなどして,成果をスタッフ間で共有する中で達成感が生まれました。
本田 郡山市医療介護病院には私どもの共同研究にご参画いただいています。ケアの情報学的な分析のためにユマニチュードの実践の様子を動画撮影し,検討しているのですが,これが大きかったということでしょうか。
宗形 そうですね。客観的な評価を受けることで,患者さんだけでなくスタッフも変わっていく。その積み重ねが,今につながっています。
本田 ユマニチュードは4つのコミュニケーションの柱,「見る」「話す」「触れる」「立つ」ことを重視しています。このうち「立つ」については転倒のリスクを懸念して,ハードルが高いと感じる施設管理者も多いようです。一方で郡山市医療介護病院では,「立つ」ことの支援にも積極的に取り組まれています。
宗形 もちろん,当院も最初からうまく進んだわけではありません。要介護4~5でほぼ寝たきり状態の高齢者の多い病院です。「見る」「話す」「触れる」を実践できるスタッフも,「立つ」ことだけは消極的でした。
ただ,ある病棟で意識調査を行ってみたところ,「認知症で寝たきりなら立つことは無理」「座っていればそれで十分」といった声が聞こえてきました。つまり,最初から可能性を否定していたのです。そこで,介護職の腰痛予防などに用いられるスタンディングマシーンを,立てる可能性のある人に使ってみました。すると,立つことによって表情が変わってくるし,自分で髪をとかすようになる。今まで寡黙だった人も話すようになる。こうした変化を目の当たりにすることで,「立つ」ことの意義をスタッフが理解し始めたのです。
本田 まさに“百聞は一見にしかず”ですね。技術自体は学んでいるわけですから,後は成功体験を積み重ねることによって不安感を和らげるのが大切なのでしょう。
宗形 転倒転落に対するスタッフの意識も変わりました。「危ないから座っていてください」と患者さんにお願いすることがなくなり,歩きたい人は歩かせる。「当院に入院すると活動性が上がるので,転ぶこともあるかもしれません」と,入院時に説明するぐらいです。実際のところ,骨折など大事に至る事故は減りました。歩くことによって足腰が強くなるし,転び方も上手になったようです。
竹内 素晴らしい成果ですね。転倒以外には,どのような変化が感じられますか。
宗形 皮膚剥離は,3分の1くらいに激減しました。それから,スタッフの「困った。大変」という言葉の意味合いが変わってきました。例えば,以前は患者さんが不穏になると「困ったね。眠剤を出そうか」となっていたのが,今は「困ったね。なんで不穏になったのかを考えよう」となったのです。
竹内 ひとまずの処置で済ませず,原因まで考えるようになったのですね。
宗形 ええ。不穏時の投薬指示はここ数年ないですし,眠剤などの常備薬は病棟から消えました。急性期病院からの転院患者は多剤服用中の事例が多いのですが,看護師から医師に提案して減薬につながるようになりました。
ジネスト 郡山市医療介護病院に初めて伺ったのは2014年でした。以後定期的に福島に通い,「立つ」ことの支援を促してきました。5年が経過し,「やさしさを伝える技術」が組織として定着したことを実感しています。
看護学専任教員全員が関与し,4年間を通して演習を実施
ジネスト 竹内先生に初めてお会いしたのは,2016年でしたね。
竹内 はい。先ほどのインタビュー動画をもとにした書籍(『認知症の語り――本人と家族による200のエピソード』日本看護協会出版会)の出版記念トークイベントでした。ジネスト先生や本田先生と懇親会の場でお話しさせてもらって,「新設予定の大学でユマニチュードを取り入れたい。その際はぜひ協力してほしい」とお願いしたのです。それでお引き受けいただけたので,4年間の体系的なカリキュラムとして取り入れようと思ったのです。私ひとりだったら,ユマニチュードの総論を教えるだけになっていたかもしれません。
ジネスト 竹内先生からのオファーを聞いて,大変喜んだことを覚えています。私も客員教授として本田先生と一緒にかかわるのが,今からとても楽しみです。
本田 昨年夏にはジネスト先生と,開学前の準備段階として教員向けのユマニチュード集中研修を1週間実施しました。驚いたのはその受講者数です。
竹内 看護学部の教員として内定していた52人全員が受講しました。なぜなら,科目責任者はユマニチュードのインストラクター資格を持つ教員が務めますが,学生への技術指導は看護学専任教員...
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