医薬品フォーミュラリー策定の意義と展望(青野浩直,川上純一)
寄稿
2019.04.01
【寄稿】
医薬品フォーミュラリー策定の意義と展望
青野 浩直(浜松医科大学医学部附属病院 副薬剤部長)
川上 純一(浜松医科大学医学部附属病院 教授・薬剤部長)
従来,わが国において医薬品選択は,治療現場における各処方医の判断に委ねられることが多かった。しかし,2015年頃から,財務省の財政制度等審議会・財政制度分科会や厚労省の社会保障審議会・医療保険部会等で,生活習慣病治療薬等の処方の在り方が議論されるようになった。
2016年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2016(骨太方針2016)」では,「生活習慣病治療薬等の処方の在り方等について」と言及され,2017年11月の中央社会保険医療協議会・総会では,降圧薬などの生活習慣病治療薬の標準的な薬剤選択を推進する方策としてフォーミュラリーが議論された。2017年10月の内閣府の経済財政諮問会議では,ジェネリック医薬品の使用促進策として,フォーミュラリーを病院ごとに策定するように提案されている。
このような背景により,フォーミュラリーが広く活用されることが期待されている。
フォーミュラリーとは
医薬品は,有効性,安全性,品質,剤形,使用性および経済性などの評価に基づいて選択される。フォーミュラリーは,使用する医薬品の選択基準や投与指針を含む「標準化した処方薬集」ととらえることができる。
医師は多くの患者を診察し,比較的短時間でそれぞれの患者に適切な薬を選択する。自身の診療領域の中で,多くの患者に処方する「自身の手持ちの医薬品」を事前に持っており,用法・用量,副作用,使用上の注意,患者への説明などを熟知しているだろう。医師は,この「自身の手持ちの医薬品」を用いることで,薬物治療を標準化しているといえる。この概念を一人の医師ではなく,診療科,病院単位へと,疾患ごとに発展させた方法がフォーミュラリーと考えればイメージしやすい。
例えば高血圧といった慢性疾患に対する同種同効薬において,専門医および非専門の医師でも処方できる医薬品を,第一選択,第二選択と標準化することでフォーミュラリーが形成される。
導入のメリットは幅広い
◆医師の視点から
医師は標準治療・診療ガイドラインに基づいて普段の診療を行っている。フォーミュラリーには臨床的に最も適切な選択肢が含まれる。そのため適切な医薬品を効率よく選択できる。それにより,診療により多くの時間を割くことができ,質の高い医療の提供につながるであろう。さらに医師自身に,医薬品の効果や副作用に関して使用経験が蓄積する点で有用である。そしてフォーミュラリーでは対応できない患者の医薬品選択には,その分野の専門医に相談することでより最適な治療が実施される。
◆医薬品情報管理・医薬品管理の視点から
フォーミュラリーの作成によって,病院は採用医薬品数を最小限にとどめられる。個々の医薬品についてより深くの情報を集められるため,病院が採用する医薬品の情報のさらなる充実が期待できる。その結果,病院薬剤師は疑義照会や病棟薬剤業務の際に最適な処方提案が実施できると考えられる。同様に,当該領域の医薬品情報が充実していれば,新薬発売時に比較および採用の判断が容易になる。また,在庫の管理・スペースを効率化でき,薬剤師が行うべき服薬指導や薬物治療の時間が確保できる。同種同効薬が減ることは取り違えなどの調剤エラーのリスク軽減にもつながる。
◆経営の視点から
フォーミュラリー導入により,購入する医薬品の品目数が減ることで,個々の品目の購入量は増加する。それにより発注や検品作業の効率化につながることや,不良在庫による期限切れの防止にも役立つ。フォーミュラリーの策定に当たっては経済性も考慮されることから,ジェネリック医薬品・バイオシミラー(バイオ後続品)の積極的採用によって病院の医薬品購入費を減らす効果がある。
当院では,リツキシマブのバイオシミラーを採用するに当たり,使用する診療科と薬剤部で協議した。適応のある疾患に対してバイオシミラーを第一選択とし,対応できない疾患や特別な理由がある場合は先行バイオ医薬品を使用することとした。結果,4か月間に39人中38人にバイオシミラーを使用し,全員に先行バイオ医薬品を使用した場合(1787万円)と比べて510万円程度の経済的な効果が得られた(2018年3~6月)。
◆地域医療に対して
地域の基幹病院や公立病院から,地域全体の薬物治療の標準化・情報共有の動きが広がれば,地域内で医師が安心して薬物治療に取り組める。
地域包括ケアの時代において,転院先の後方連携病院が管理しやすいフォーミュラリーの策定も重要性が高まると思われる。その中では,ジェネリック医薬品・バイオシミラーの積極的採用も重要であろう。
「ゾフルーザ」を含むフォーミュラリーも策定
当院では2018年に新発売された抗インフルエンザウイルス薬ゾフルーザ錠を採用している。採用に際しては,既採用の同種同効薬を含めた選択基準や投与指針を含むフローチャート(図,表)を作成した。
図 浜松医大病院のフォーミュラリー(抗インフルエンザウイルス薬の例)(クリックで拡大) |
表 抗インフルエンザウイルス薬の比較(クリックで拡大) |
作成に当たっては感染対策室および救急部,薬剤部医薬品情報室が協議を行った。吸入薬は内服薬とは異なり腸管吸収障害を考慮する必要はない。しかし,吸入手技の煩雑さが問題となること,透析患者など腎機能障害患者への投与も考慮する必要があること,タミフルカプセルの後発品(オセルタミビル)が発売されたことなどを検討した。有効性や治療コスト,投与回数の比較,当院での治療経験なども考慮した結果,処方に不慣れな医師でも患者の状態に合わせて効率よく最適な治療薬を選択でき,経済面の利点や使用実績が豊富なオセルタミビルを原則として第一選択とするフォーミュラリーが当院薬剤管理委員会にて審議承認された。
*
2018年度診療報酬改定の基本方針には,医療保険制度の安定性・持続可能性を確保しつつ国民皆保険を堅持することや,医療資源の効率的な配分などが盛り込まれている。
近年,医療の高度化により特定分子をターゲットとした分子標的薬やバイオ医薬品など画期的な新薬が開発・販売されるようになり,より効果の高い治療が受けられるようになった。反面,それらの薬価は高く,医療費の増加要因の一つに挙げられる。同種同効薬のある生活習慣病治療薬などは,フォーミュラリーを使用して標準的で経済的な治療を行うことがますます求められるであろう。
あおの・ひろなお氏
1995年富山医薬大(当時)薬学部卒。97年同大大学院薬学研究科修士課程修了。福井医大病院(当時)を経て,2014年より現職。静岡県病院薬剤師会理事。
かわかみ・じゅんいち氏
1990年東大薬学部卒。95年同大大学院博士課程修了。東大病院,蘭ライデン大,富山医薬大病院(当時)を経て2006年より現職。静岡県立大薬学部客員教授,日本病院薬剤師会副会長,日本薬剤師会副会長。
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