医学界新聞

2019.03.04



ソーシャル・キャピタルと被災後の健康の関係は


Ichiro Kawachi氏
 日本老年学的評価研究(JAGES)は健康長寿社会をめざした予防政策の科学的基盤作りとして,2010年から全国の市町村と共同して研究を進めてきた。調査開始から8か月後に,協力自治体の宮城県岩沼市は東日本大震災で甚大な被害を受け,災害が与える健康への影響と人とのつながり(ソーシャル・キャピタル)の関連を調べるための自然実験の状況となり,岩沼プロジェクトが発足した。2月11日に東大(東京都文京区)で開催された「岩沼プロジェクト」シンポジウム「防災と災害からの復興とソーシャル・キャピタル――東日本大震災の経験を生かす」では,プロジェクトで明らかになった知見と今後の展望が議論された。

 最初に講演したIchiro Kawachi氏(ハーバード大公衆衛生大学院)は,プロジェクトで行った研究を報告した。多くの先行研究では注目されていなかった,被災による認知症とメタボリックシンドロームのリスクが,被災2.5年後の調査では上昇していたという。認知症リスクの軽減には,仮設住宅への集団移転のような,被災前から存在するソーシャル・キャピタルを維持する仕組みが効果的と話した。メタボリックシンドロームのリスク上昇には,仮設住宅などへの転居による食環境の変化と,不足・欠乏感により目下の利益を優先しやすくなることが影響を与えているとの仮説を紹介し,今後の検証に意欲を示した。

 岩沼市長の菊地啓夫氏は「コミュニティなしに復興はない」との考えから,被災以前からのコミュニティを大切にした復興計画を牽引してきた。その例として地区単位で集約した避難所への避難や,仮設住宅に集落ごと集団移転を進めたことを紹介した。氏は「人のつながりを大切にした交流事業やコミュニティ支援で,復興から地域創生へとつなげていきたい」と抱負を語った。

 「ソーシャル・キャピタルには負の側面もある」と警告したのは相田潤氏(東北大大学院)。ソーシャル・キャピタルはPTSD抑制に働くなど災害後の健康維持に正の影響を与える一方で,強すぎる結束が悪習の制止を妨げたり部外者の排除につながったりすることが明らかになったと話した。負の側面を緩和するには,行政職員や立場が弱くなりがちな女性や障害者を復興に関する会議等に参加させることが大切だと強調した。

 島崎敢氏(名大)は岩沼プロジェクトへの今後の期待を防災の観点から述べた。防災対策の検討には火山の有無などの自然環境や人口構成,建造物,自治体や住民の対策状況を評価する必要がある。氏は,調査が進んでいなかった住民の防災対策をJAGESの調査項目として2019年度から追加する構想を解説し,「これまでの知見との組み合わせによって,災害関連死のゼロから一次予防につなげたい」と話した。

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