オープンアクセスの進展と査読のこれから(佐藤翔)
インタビュー
2019.03.04
【interview】
オープンアクセスの進展と査読のこれから
佐藤 翔氏(同志社大学免許資格課程センター准教授)に聞く
学術情報をインターネットから無料で入手でき,技術的・法的にできるだけ制約なくアクセスできるようにする「オープンアクセス(Open Access;OA)」が進展している。その一方で,適切な査読を行わずに不当に利益を得ようとするOA雑誌の存在が指摘されており,「ハゲタカジャーナル」として日本のメディアでも報道されるようになってきた。
論文投稿あるいは文献検索などの機会が多い医療者にとって,OAは身近な話題となりつつあるだろう。OAは今後どのような形で進展するのか。その際に生じる課題にどう対応すべきか。図書館情報学を専門とし,OAの問題に詳しい佐藤翔氏に聞いた。
OAメガジャーナルの興隆と停滞
――学術論文のOA化の進展状況から教えてください。
佐藤 OA運動が成立した契機としては,学術情報の自由な流通をめざす複数の運動が合流したブダペスト・オープンアクセス・イニシアチヴによる2002年の宣言がよく知られています。およそ20年近くがたった現在,調査方法によって研究結果に差はあるものの,医学分野の最新の論文ならば5割近くはOA化されているとも言われています。
2020年までに主要学術誌をOAに転換するロードマップ「OA 2020」が示されるなど,欧米を中心に国家政策としての取り組みが続いています。今後数年でさらにOA化が進展することは間違いありません。
――OAには複数の実現手段(図)があります。どのルートが主流となっているのでしょうか。
佐藤 まず多いのは「グリーンOA」と呼ばれるリポジトリを活用したOA化の中でも,米国立衛生研究所(NIH)が運営するPMC(旧称PubMed Central)ですね。NIHの支援を受けた研究成果はPMCへの掲載が義務付けられているのがその理由です。
そのほか最近の動向としては,購読型雑誌でAPC(論文処理加工料)を支払った論文のみOAとする「ハイブリッドOA」の占める割合が大きくなっています。APCを助成する研究機関が欧州を中心に増えてきたことが,その背景にあるのでしょう。
――OA雑誌を用いた「ゴールドOA」はどうでしょう。PLOS ONE(旧称 PLoS ONE)は医療者にも馴染み深いOA雑誌です。
佐藤 PLOS ONEは2006年に創刊され,2013年には年間3万本以上の論文を掲載する,世界最大の雑誌となりました。当時の雑誌担当者は「OAメガジャーナル」の大隆盛を喧伝したものです。
ただ,現実はそうなりませんでした。PLOS ONEの掲載論文数は減少の一途をたどり,2017年には後発のScientific Reportsに抜かれています。そのほかPLOS ONEの一時的な成功を受けてOA雑誌が相次いで創刊されたものの,「メガジャーナル」と呼べるような,すなわち年間数万本の論文が掲載されるレベルにはどの雑誌も達していません。
――意外です。なぜOAメガジャーナルは停滞しているのですか。
佐藤 要因は複数ありますが,研究者の志向が厳然として変わらない点は大きいでしょうね。NatureやCellなどの権威ある雑誌がまず目標としてあって,そのレベルに達しない場合にPLOS ONEやScientific Reportsを考慮する。これらの雑誌はインパクトファクターが適度にあって査読が迅速なので,一定のニーズに応える存在にはなった。でも投稿先の優先順位を覆すほどではなかったのです。
――OAメガジャーナルのような新しいプラットフォームではなく,既存の学術情報流通を前提としたOAが今後も主流となるのでしょうか。
佐藤 そう思います。OAの推進団体としても,既存の雑誌をOA雑誌に転換する路線です。
OA雑誌における査読のジレンマ
――OA化を今後さらに進展させる上で,どのような課題が挙げられますか。
佐藤 これはOA雑誌が誕生した当時から指摘されていたことですが,「適切な査読」と「雑誌の質の維持・向上」が課題となるでしょう。
というのも,「質のフィルター」となる査読にはかなりの人手と手間がかかります。購読型雑誌の場合はそのコストは読者や所属機関・図書館に転嫁されるのに対して,OA雑誌の場合はAPCの形で著者に転嫁されます。ただ,APCをあまりに高額に設定してしまうと,著者から敬遠されて投稿論文が減る恐れがある。ですから出版社としてはAPCを適度な価格に抑える意向が働き,今度は査読に十分なコストをかけられなくなるのです。
――査読を厳しくすると,経営的にはマイナス面があるのですね。
佐藤 実際に,査読が厳しくて採算が取れているOA雑誌はほぼありません。PLOSでさえ,査読の質が高いPLOS BiologyやPLOS Medicineの赤字を,簡易査読型のPLOS ONEの収益で補填するという収益構造です。しかも先ほど説明したとおり,PLOS ONEが不振に陥った現在は,全体が赤字経営に陥っています。
――短期的な利潤を追求するだけならば,査読を形骸化させてAPC収入の最大化をめざしたほうがいいことになりませんか。
佐藤 そこまで割り切ってしまうのがPredatory OA,いわゆるハゲタカOAですね。最初にこの問題を指摘したのはPhilip Davisという学者です。「論文投稿の広告メールを送るような出版社は,どんな論文でも載せているのではないか」と疑い,自動生成したデタラメな論文を試しに投稿したら,ある雑誌に採択されてしまった。Davisがその結果をブログ上で公開したのが2009年でした。
――10年前には既にハゲタカOAが存在していたのですね。
佐藤 ただ,その出版社はなかなか論文が集まらないからつい載せてしまっただけで,査読をやる気はあったのです。ハゲタカOAとして昨今問題視されているのは,最初から査読をする気もなく雑誌を立ち上げて大量のメールを著者にバラまくなど,APCを得ることだけを目的とした自称・査読付き雑誌やその出版社を指します。
――そもそも詐欺に近い組織ですね。そういった雑誌はどれくらいあるのですか。
佐藤 実態を調べるのは難しいのですが,2014年時点の累計でハゲタカOA掲載論文は40万本以上,APC総額は7400万ドル程度という試算が出ています。現在はさらに増えているでしょうから,年間数十万本といったところでしょう。
医学博士論文に潜むハゲタカOA
――最近は,一般紙でハゲタカOAの問題が取り上げられるなど,日本国内でも関心が高まっています。佐藤先生による医学博士論文の抽出調査がその一環として紹介され,話題となりました(2018年12月16日付・毎日新聞)。調査の経緯を聞かせてください。
佐藤 なぜハゲタカOAに論文を投稿するのかというと,もちろん「だまされる」,つまり査読があると思って投稿する人は存在します。その一方で「悪意がある」,つまりハゲタカだと知っていて投稿する人も一定数いるわけです。
では「後者の動機は何か」と問い詰めていくと,事情があって論文業績を至急増やす必要に迫られたとき,例えば博士論文の提出前であろうと考えたわけです。査読付き雑誌への論文掲載を博士号授与の要件として指定している大学がほとんどですからね。
――論文がなかなか採択されず,誘惑に負けてハゲタカOAを選ぶという心理ですね。調査手法についても簡単に教えてください(註1)。
佐藤 博士論文データベースのCiNii Dissertationsを用いて,授与学位名に「医学」を含む博士論文のうち,2017年に授与されたもので,かつ本文が機関リポジトリで公開されている1381本を最初にスクリーニングしました。ただ全部を調査するのは手間がかかりすぎるので,そこから無作為に抽出した200本を調査対象としました。
実際に調べてみると,「全文をダウンロードできない論文」「博士論文の元となった査読付き雑誌掲載論文の情報が本文のどこにも書かれていない論文」などがあり,それらを除くと最終的な調査対象は106本となりました。
――入手できないものが一定数あるのですね。
佐藤 学位規則改正によって博士論文はインターネット上で公表することが原則になったのですから,これでは困りますね。医学に限った話ではなく,大学の機関リポジトリ全体の問題だと思います。
それはともかく,米国の研究者らがまとめたリストを用いてハゲタカOAの疑いがある雑誌に掲載された論文を調べると,106本中8本(約7.5%)が該当しました。
――事前予想としてはどれぐらいでしたか。
佐藤 なんならゼロもあり得ると思っていました。サンプル数が少ないので確かなことは言えませんが,もしこの割合が全体に当てはまるとすると,単純計算で年間100人程度がハゲタカOAを利用して医学の博士号を取得していることになります。決して無視できる数ではないですよね。
ハゲタカOAリストの作成は対症療法にすぎない
――ハゲタカOAにどう対処したらいいでしょうか。
佐藤 まず個人レベルの自己防衛策としては,投稿を促す“Call for papers”のメールを送ってくる雑誌は疑ってかかるべきでしょう。特に博士課程に在籍中の学生は,指導教員と綿密に相談して間違いのない投稿先を選ぶことです。
――その際,研究室でブラックリストやホワイトリストを作成すべきですか。
佐藤 いずれのリストも問題点があります。まずブラックリストは,判定基準が恣意的にならざるを得ません。単に査読が緩いだけかもしれないし,そういった雑誌をリストに載せれば出版社に訴えられるリスクが発生します。
――それに,ハゲタカOAは次々に創刊と廃刊を繰り返すので,リストアップしてもイタチごっこになりそうです。
佐藤 そうですね。それら全てを把握するのは不可能です。
ではホワイトリストにしたら解決するのかというと,やり方が違うだけで,最終的にはブラックリストと同じ結論に行き着かざるを得ません。例えば,大学院生から「新創刊の雑誌に投稿したい」と相談を受けた場合,指導教員はホワイトリストに入れるべきか否かを判断する必要があります。そうやってどこかのタイミングで,「絶対に大丈夫」とは言い切れない雑誌が入ってくるわけです。
――ホワイトでもブラックでもないグレーゾーンをどう線引きするか。難しいですね。
佐藤 実は先ほどの医学博士論文調査でも,8本のうち4本はグレーゾーンに該当する雑誌でした。かつては一定の評価を得ていた雑誌で,実際に投稿して適切な査読コメントを受けた研究者もいるようです。それがMEDLINEから一時期外され,ブラックリストに掲載されてしまった。以前から投稿していた研究者としては不運な事故かもしれません。
これは極端な例ですが,ハゲタカOAか否かの判別が難しいのは事実です。リストの作成はあくまでも対症療法にすぎず,本来望ましい在り方ではないと私自身は考えています。
――では,抜本的な対策として考えられることは何でしょうか。
佐藤 私が最近注目しているのは,査読登録サービスです。中でもPublonsは Wiley社など大手出版社も導入し始めて話題になっていますね(註2)。
これまで査読は各雑誌の編集部に任されていてブラックボックス化していた面があったからこそ,査読の形骸化やバイアス等の問題が指摘されてきたわけです。査読者または出版社が論文の査読者や査読レポートの内容を査読登録サービスに登録することによって,査読が確かに実施されていることを保証できます。
――査読の透明化ですね。
佐藤 ええ。査読登録サービスがさらに普及して当たり前のものになれば,投稿先を選ぶ際にもその雑誌が本当に査読しているのかどうかは調べればすぐわかるようになる。だまされるにせよ悪意があるにせよ,ハゲタカOAに投稿する人は減るはずです。
アカデミアを挙げて査読の在り方の再考を
佐藤 そう考えていくと,文科省管轄の科学技術振興機構が運営するJ-STAGEが査読登録サービスに対応することが,国レベルの対策としては急務でしょう。英語論文を発行する学会や出版社としても,何らかの形でオープン査読を採用するなどして査読の質を保証することが期待されます。
――ハゲタカOA問題の行き着くところは,査読の在り方になりますか。
佐藤 ハゲタカOAに限らず,学術情報のあらゆる問題において,最終的には査読と研究者評価に結びつきますね。査読が機能不全を起こしかけていることによって,さまざまな問題が生じているのだと思います。
――研究者評価とは?
佐藤 研究者は皆,業績をつくるためにインパクトファクターの高い投稿先を選び,論文を大量に書いていますよね。でも極端な話,研究成果を発表するのが目的ならば別にブログでもいいわけじゃないですか。ブログならお金も手間もかからず,読者も無料で読めます。でもそれじゃ駄目なのは,ブログ記事は査読を受けていないから。つまり,査読を受けていない研究は信用できないし,業績として認めるわけにはいかない。これが研究者コミュニティの総意だと思うのです。
あるいは,電子ジャーナルの時代に入り,PubMedで検索して論文単位で読む時代に,なぜ雑誌という形態が価値を残しているのか。結局は雑誌の持つブランド力が重要であり,その土台には査読によって築き上げてきた信頼があるのですね。
ではそれほど重要な査読を,今後どのように変えていけば現状にフィットするのか。査読の在り方を,アカデミア全体で再考すべき時期に来ているのではないでしょうか。
(了)
註1:詳しい調査手法は「情報の科学と技術」誌68巻10号(2018年)の連載「オープンアクセスのいま」を参照。
註2:Publonsに関しては,本紙3308号寄稿「査読歴も研究者評価の対象に」も参照。
さとう・しょう氏
2010年筑波大大学院図書館情報メディア研究科博士前期課程修了,13年同研究科博士後期課程修了。博士(図書館情報学)。15年より現職において,主に図書館司書課程を担当している(18年4月より准教授)。利用者サイドから図書館・電子図書館について分析するのが主な研究テーマ。文科省研究振興局学術調査官(図書・学術情報流通担当),国立国会図書館図書館協力課調査情報係非常勤調査員。
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