もうひと工夫の緩和ケア(森田達也,田村恵子,田上恵太,岡山幸子)
対談・座談会
2019.02.25
【座談会】
ひととおりのことをやっても苦痛が取れない時の
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緩和ケア関連のガイドラインやマニュアルが整備され,ひととおりの苦痛緩和を行うための資材がどこでも手に入るようになった。それでもなお目の前には,緩和されない苦痛に苦しむ患者がいる――。
そんな現実に対し「もう少し何かできないのか」「私が行ったケアは間違っていたのか」と悩む医療者に向けて,緩和ケアの第一人者である森田達也氏が『ひととおりのことをやっても苦痛が緩和しない時に開く本』(医学書院)を執筆した。本座談会では森田氏を司会に,教科書には載っていないもうひと工夫に必要な視点について,緩和ケアに携わる医師・看護師が経験した事例をもとに議論した。
森田 この数年で,緩和ケアに関連するガイドラインやマニュアルの整備が進みました。30年前には,日本語で記載された緩和ケア関連書籍はほとんどありませんでした。疼痛緩和のための医療用麻薬を処方できる医師は今よりも少なく,調剤にはモルヒネ原末を用いていました。近年は,オピオイド製剤が多数市販されるようになり,一次的な緩和ケアを自ら実施する医師が増えましたね。皆さんは,ここ数年での緩和ケアに対する意識の変化をどう感じていますか。
岡山 当院緩和ケア病棟では,看護師全員で患者さんのトータルペインを看る意識が培われてきたと感じます。近隣の大規模病院からの紹介患者を多く看ますが,他科の患者さんにも緩和ケアチームが介入することで標準的な緩和ケアが行えています。最近では一般病棟の看護師も,緩和ケアチームにコンサルテーションしながら,ケア内容を提案することもあります。一般病棟の看護師にも緩和ケアの手技や考えが普及してきました。
田村 患者さんの痛みを気にする看護師は専門を問わず増えましたね。痛みはあるのか,あったら何らかの方法で緩和できないかと気にしています。
田上 医師の立場からも,マニュアルに基づく緩和ケアの方法は職種を問わず浸透してきたように感じます。容体が悪くなってきたから今後のことを家族と相談しよう,痛みが強いからオピオイドを注射薬で投与しよう,突出痛へのレスキュー薬(速放製剤)を用意しよう,などよく聞くようになりました。
森田 教科書に書いてある緩和ケアの手法を理解し,目の前の患者の苦痛を取り除こうと,医師や看護師,薬剤師は熱心に勉強しています。それでもなお,「ひととおりの緩和ケア」では取り除けない苦痛に日々遭遇します。その患者さんに対して,私たちは何ができるのでしょうか。本日は事例を紹介していただきながら,考えていきましょう。
小さな目標の達成を多職種の知恵で支える
森田 マニュアルや教科書にのっとった緩和ケアを施しても苦痛がある状況には2種類あります。1つは本当に緩和できない苦痛(治療抵抗性の苦痛,refractory symptom)で,もう1つは,一見緩和できなそうでも工夫すれば緩和できる苦痛(難治性の苦痛,difficult symptom)です。この区別は難しく,はっきり線引きはできません。まず,目の前の患者さんに,完全には緩和できない治療抵抗性の苦痛を疑った時に考えるべきことを話し合いましょう。
岡山 日々の臨床現場で難しいと感じる問題です。以前看た自宅退院希望の患者さんは,服薬の調整では痛みを取り切れず,自宅でのせん妄につながってしまいました。家族から「見ているのもつらい」と言われ,何かできなかっただろうかと今でも思い返します。
田村 神経ブロックでも痛みが取れなかった症例を私も経験しました。その時は看護師全員で症状マネジメントの統合的アプローチ(Integrated Approach to Symptom Management;IASM)を用いて患者の症状と体験をしっかり聞き,治療目標の設定・共有に取り組みました。
森田 治療目標の設定は,治療抵抗性の苦痛を持つ患者さんに対してとても大切なことです。
田上 ただ目標を立てるだけでは解決に至らないことに難しさを感じます。目標設定にもうひと工夫あれば患者の満足度を高められただろうと考えさせられた事例を私から紹介します。
【事例1】地元から遠く離れた病院に通う結婚して間もない女性。原発骨肉腫のため左下肢を根治的に切断した。術後補助化学療法中に仙骨や寛骨などへの再発,転移,浸潤が急激に発生した。腰背部や臀部にNRS 7を超える日常生活に支障が出るほどの痛みがあり入院,緩和ケアチームに介入依頼。 痛みは,骨転移などによる体性痛,末梢神経への浸潤による神経障害性疼痛が混在していた。痛みが複雑だったため,オピオイド増量,鎮痛補助薬の併用,放射線治療,腫瘍塞栓IVRなどを行った。「痛みがなくなるなら」と患者は副作用に耐えるも,病状の進行があり痛みを取り除けなかった。医療者は,「患者の気持ちに応えたい」と苦痛除去に躍起になっていた。 介入開始2か月後,痛みをゼロにすることは難しいだろうと患者に伝えた。患者は「それならば夫のいる地元に帰りたい」と話した。詳しく聞くと,医療者が「痛みを取り除きますからね」と話すので痛みはゼロになると期待していたが,痛みがゼロにならないなら「痛みがありながらも自分らしく過ごせるうちに地元に帰りたい」と思ったとのこと。約1週間後,地元の病院に転院した。 |
田上 「可能な限り痛みを取りたい」との医療者の思いが,彼女と本当の目標を話し合う機会を妨げたのだと思います。私たちの声掛けの仕方を変えることで,より適切な目標を患者さんと設定できたのではないでしょうか。
岡山 適切な目標設定は看護師にも難しいと感じます。痛みがなくなることを期待して緩和ケア内科に来る患者さんでも,症状緩和がうまくできない,痛みが取れても別の症状が苦痛になることがあります。その患者さんとどう話し,どこに目標を据えたらいいのでしょうか。
森田 痛みの緩和は,意識を清明に保つことや薬をあまり使いたくないなど,患者の事情とのトレードオフです。そこで目標設定の際に気を付けたいのは,症状緩和の度合いと治療に伴う 眠気のバランスです。ですから私は最初に,これから行う標準的・一般的な治療で期待できる治療目標と起こり得る副作用,鎮痛できなかった時に適応可能なインターベンション治療などのオプションを伝えるようにしています。その上で,患者・家族と合意を得た目標設定が肝要です。
ただし最初から設定した治療目標まで確実にたどり着けるとは限りませんから,その過程に小さな目標がいくつかあると,よりよいでしょう。患者さんは治療の見通しが立ち,ご自身の生活にもハリが生まれるはずです。
田村 小さな目標作りこそ,看護師の活躍が期待される場面です。目標と言われてもピンとこない患者さんもいるでしょう。でも,患者さんが話すストーリーの中には希望や期待が隠れています。それを探し当て,患者さんと共に日々の生活の中に目標を設定する。例えば「昨日よりも食事量を増やす」など,身近なことからでいいのです。患者さんはもちろん頑張るけれど,私たち看護師も生活をアセスメントしながら目標達成を支えたいですね。
森田 小さな目標が立つと,医師のもうひと工夫にもつながります。食事面で目標を設定する田村先生の例に重ねると,食前に鎮痛薬としてアセトアミノフェン800 mgと即効性オピオイドの内服を処方すれば食事中の痛みは緩和できます。「痛みゼロ」の目標は達成できなくても,「昨日よりも食事量を増やす」目標は達成できるかもしれません。治療抵抗性の苦痛に対しては,患者さんにとってどの程度の苦痛緩和が目標かを知った上で現実的な目標を設定し,医師だけではなく多職種の文殊の知恵で目標と現実の差を縮めるよう意識することが大切ですね。
苦痛の原因に合わせた患者自身が望むケアを
森田 実際には治療抵抗性ではなく,教科書に載っている緩和ケアに加えて「もうひと工夫」を施せば,苦痛はがらっと緩和されなくても,患者さんのニードにしっかり応えられる場合があります。目の前の患者さんの症状に合わせてもうひと工夫を考える上で,皆さんはどんなコツをお持ちか聞かせてください。
田上 苦痛の原因を見極めることがもうひと工夫へのヒントになります。しかし,原因を考えずに機械的な緩和ケアを行っていると感じることはないでしょうか。「1日4回レスキュー薬を使ったら自動的に定期オピオイド量を増やす(ベースアップ)」とか,しばしば聞きますよね。
岡山 看護師からよく受ける質問に「何回レスキュー薬を使ったらベースアップすればいいか」,「毎日4回もレスキュー薬を飲むから,ベースアップするべきか」があります。レスキュー薬を使用した後の適切な評価が不足していたり,行った評価に自信が持てなかったりすることで,患者さんの様子ではなく数字でケアを線引きしてしまうのではないでしょうか。
田村 患者さんの症状に応じた適切なアセスメントは不可欠にもかかわらず,看護師の排便アセスメントも不足しているようです。かつて医療用麻薬の処方が特別だった時代には,副作用の便秘を看護師は強く意識し,真剣にアセスメントしていたものです。しかし今では処方が一般的になり,あまり注意を払わなくなったかもしれません。
森田 生活の支援も薬物治療の効果も,きちんと評価すれば一歩進んだ対処法を検討できます。「痛みが和らがない」との患者の訴えに対しオピオイドを増量したら,痛みの程度と副作用とのバランスを評価する必要があります。薬を飲んでも嘔吐して体内に吸収されていない場合や,筋肉由来の痛みでもともとオピオイドが効かない場合もあり得ますから。その時はオピオイドの用量調整ではなく,他の対応を考えないと効果がありません(註1)。
患者さんの苦痛の原因を明らかにするために,田上先生はどのような工夫をしていますか。
田上 画像から情報を得ることが時に役立つと考えます。例えば次の事例では,画像を見ることで腹痛の原因は同定できました。ただ,原因の同定と対処だけでは患者の満足度を高められなかったことは課題として残りました。
【事例2】肺がんが両側の副腎に転移した70代男性。強い間欠的な腹痛が頻回に起こるため緩和ケアチームに紹介となる。 入院後に排便がなかったことから便秘を疑い,腹部X線検査により大腸全体に大量の便塊を確認,便秘と診断した。患者は「がんの副腎転移による腹痛」と主治医から説明されていたため便秘の診断には懐疑的なものの,下剤の開始を了承した。 その夜から頻回な下痢,便失禁があるも,腹痛は軽減した。しかし患者は,「腹痛なんてどうでもよい。便秘でなかったのに強い下剤を飲まされた。失禁という苦痛と辱めを受けた」と今後の薬剤調整や緩和ケアチームの介入を拒否した。 |
田上 愁訴である腹痛の軽減をめざした下剤の投与が,患者さんに新たな苦痛を与えてしまいました。
田村 よくあるケースですね。患者が便秘に無自覚だと,医療者に勝手に処置されたと思うようです。主治医の診断が絶対だと患者さんが思うこともあるので,主治医との意思疎通が大切です。一方で,下剤の処方を提案しても「下痢になったら患者さんが困る」と主治医が言うこともあり,難しいです。
田上 確かに,便秘はそれほどQOLを下げないようで,下痢のほうが困ると言う患者さんもいますね。
田村 患者さん本人の意向を抜きに,医療者の価値観で緩和ケアが進められている面があるかもしれません。
森田 患者さん自身が今の症状をどう思い,今後症状をどうしたいと考えているかがはっきりしないまま医療者目線で「かくあるべき」とケアをしてしまうと,かえって患者さんに苦痛をもたらしてしまうことになりかねません。
岡山 患者さん自身が望むケアなのかを確かにするためには,元の生活習慣や今の治療に対する思い,今後の希望をキャッチしなければなりませんね。入院前の排便習慣が3日に1回だった患者は,3日排便が見られなくてもおそらく便秘とは考えないでしょう。むしろこの患者さんにとっては,便秘とアセスメントされ,毎日排便をしなければいけないことが苦痛と感じるかもしれません。
森田 おっしゃるとおりです。そこで,苦痛の切迫度が低かったり,患者さん自身がそれまでやってきたやり方を大事にしたりしている時は,患者さんが求めるまで対処の変更を待つのも手です。この患者さん,便秘っぽいなぁと思ったら「便秘かもしれません。今すぐ処置をしなくても構わないけれど,方策はいろいろあるので,必要かもと思ったらいつでも言ってくださいね」と伝えておく。すると,「あれ,普段と違うな。何か必要かも」と患者さんが思ったら自ら尋ねてくる。患者さん自身が必要だと思うドンピシャのタイミングで医療者の助けがあれば,「助かった!」といっそう喜んでくれます。医療者がすべきと思うケアではなく,患者さんが望むケアを提供する姿勢によって,患者さんの苦痛を真に緩和できるのではないでしょうか。
どう「もうひと工夫」すべきかは,患者が話してくれている
森田 患者さんの苦痛が取れない時,私は,症状と生活の状況を患者さんに時系列で話してもらいます。
ある時,頸椎に腫瘍がある患者が「朝起きたら(首を固定する)枕が外れていて,拷問のようだよ」と訴えました。拷問とのたとえを聞き,痛みが強いことを表すのだと思いました。よくよく話を聞くと,痛み始めはそれほど強い痛みではなく,痛む首を上に向けて疼痛時用の錠剤を飲むことが拷問のようだとの意味だっ...
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