病理学×AIの可能性(仲野徹,石川俊平)
対談・座談会
2019.02.18
【対談】
こわいもの知らずで考える
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近年,人工知能(Artificial Intelligence;AI)が社会的に大きな関心を集めている。医療のさまざまな分野でAI活用が模索され,特に病理診断への活用は現実味を帯びてきた。AIが目まぐるしいスピードで進化する中,病理学はどう変わり,医療者の果たすべき役割はどうなっていくのか。期待と同時に,不安を感じる人もいるだろう。
病理学を一般向けにわかりやすく紹介した著作で知られる病理学研究者の仲野徹氏もその一人。「最近,AIのことが気になって仕方がない」という仲野氏が,AIを用いた病理診断を研究し国際コンペティションでの入賞歴を持つ石川俊平氏に,病理学×AIの現状と未来にまつわる率直な疑問をぶつけた。
仲野 私は病理医ではありませんが,医学部で病理学の講義を担当していることもあり,日本病理学会には毎年参加して最新の知見を仕入れるようにしています。
昨年,札幌で行われた総会での石川先生の講演は,ホント光ってました。石川先生は病理診断にAIを活用して,面白い研究をなさっていますよね。
石川 ありがとうございます。私はAIを用いた病理診断や,病理学とゲノム科学の統合をテーマに研究しています。病理組織画像には人間の目で見える以上の情報が隠れているのではないかと考えて,AIの活用を進めています。
仲野 AIでどんなことができるようになるのか,未来を想像するだけでワクワクします。
一方で,われわれ人間の役割はどうなっていくかという不安も少しあります。今日はAI時代の病理学について,専門家の石川先生と一緒に考えます。
AI vs. 病理医,勝負の結果は?
仲野 2017年12月のJAMA誌に掲載された,乳がんの病理診断に関する論文1)には驚きました。乳がんのリンパ節転移を見つけることができるかどうかを複数のアルゴリズムに競わせたものです。面白いことに,AI同士の競争だけでなく11人の病理医も参戦しました。2時間の制限時間付きではAIに軍配が上がり,病理医が30時間を費やして,ようやくAIと引き分けとの結果でした。
AIによる病理診断はいずれ実現するだろうと思っていましたが,病理医を上回る日がこんなに早く来るとは! この開発スピードを石川先生はどう見ましたか。
石川 一般画像でのAIの進歩からすれば,それほど驚きではありませんでした。ディープラーニング(深層学習)という技術が本格的に登場したのは2012年頃です。2015年には,写真を見せてイヌかネコかを判定するような一般画像に関する課題では,すでにAIが人間を超えたと言われています。
実は,乳がんの転移を発見する,つまり「広い空の中に飛行機はどこにありますか」という類いの課題は,注視すべき領域が決まっているイヌとネコの判定よりもさらにAI向きの課題です。人間は画像を見続けると疲れて小さな病変を見逃しやすくなりますが,AIは疲れを知りませんから。
仲野 なるほど。転移の有無の判定で一番問題になるのは見逃しですから,AIの得意分野と言えるのですね。
技術開発の流れは,一般画像の分野で先に培われた技術が病理診断に応用されている状況なんでしょうか。
石川 はい。AIの研究者にとってはイヌやネコ,人間の顔写真など一般画像のほうがわかりやすい結果が得られて楽しいようで,開発スピードは目を見張るものがあります。一般画像で培った技術を転用することで,病理学でのAI活用は今後も急速に進むと思います。
データセットの整備で診断精度は向上する
仲野 近年のAIの進化は,ディープラーニングの寄与が大きいと聞きます。私はあまり詳しくないのですが,ディープラーニングって,要するにどこがどうすごいんでしょうか。
石川 例えばAIにネコを認識させようとする場合,従来の技術では,三角形の耳が楕円形の顔の上に付いていて,顔の中に二つの丸い目があって,などの特徴を個別に定義する必要がありました。一方,ディープラーニングで主流の畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network;CNN)という技術では,表現学習といって,ネコの特徴そのものをAIが勝手に学習してくれるのです。
仲野 手取り足取り教えなくてもどんどん学んでいく。人間の成長に近いものを感じます。
石川 ディープラーニングのアイデア自体は昔からあったのですが,利用できるデータの数やコンピュータの性能が追いついてきたことで実現に至りました。
ただ,医療分野のAI活用では,データの数が今でもボトルネックになっています。技術的には可能でも,AIに学習させるために必要なデータセットがそろっていないのです。
仲野 イヌやネコの写真のような一般画像に比べると,病理組織画像は少ないですもんね。
石川 データの数だけでなく,質の問題もあります。例えば,1つのがん症例について10枚の病理組織画像があったとしても,多くの場合,がんの位置が明示されない状態で保存されています。このようなデータでも大量にあれば,学習できる技術が出てきつつあるものの,AIに学習させるデータとしては,“ここに”がんがあります,とアノテーションを付けておくほうが良いのです。
仲野 先ほど挙げたJAMA誌の論文では,110人の転移ありサンプルと160人の転移なしサンプルをAIに学習させていました1)。何千,何万枚もの画像データが必要なわけではなく,質の高いデータであれば,数百枚でもかなりの精度になるということですね。
石川 必要なデータの量や質は,解かせる課題の難度によります。ただ,現在の医療分野においてAIで解決できていない当面の問題の大半は,学習に適したデータがそろっていないことによるものが大きいです。
例えば,がん細胞が1,2個しかない超微小転移と呼ばれるものは,今のAIでは発見が難しいです。しかし,データセットに「これが超微小転移です」とのアノテーションを付ければ,発見できる可能性は十分にあります。
仲野 診断精度の向上にはAIに学習させるデータセットの整備が重要なんですね。そこをクリアできれば,AIの可能性はさらに広がりそうです。
人間はAIに学び,AIは人間に学ぶ!?
仲野 肺がんのAI病理診断についても,2018年10月のNature Medicine誌に興味深い論文が出ています2)。病理組織画像を使って,がん細胞の有無だけでなく,KRASやT...
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