医学界新聞

対談・座談会

2019.02.04



【座談会】

総合診療医の役割を可視化する

神野 正博氏(董仙会恵寿総合病院理事長)
前野 哲博氏(筑波大学医学医療系/同附属病院総合診療科 教授・副病院長)=司会
伊関 友伸氏(城西大学経営学部教授)


 2018年4月の新専門医制度スタートに伴い19番目の基本領域に位置付けられた総合診療専門医は,その概念の提唱から日が浅く,進路選択を前にした若手医師はもちろん,国民からの理解も十分とは言えない。総合診療医の養成が日本の医療に与える影響を明らかにする目的で,厚労科研「総合診療が地域医療における専門医や他職種連携等に与える効果についての研究」(研究代表者=前野哲博氏)が実施され,その成果が2018年7月に公表された()。

 今なぜ,総合診療医の役割を可視化する必要があるのか。研究代表者の前野氏を司会に,病院経営の立場から地域医療に取り組む神野正博氏,行政学の観点から地域医療や自治体病院の経営を研究する伊関友伸氏の三氏が,総合診療医の専門性と期待される役割を議論した。


前野 総合診療医は少子高齢化が進む日本において重要と認める声がある一方,ネガティブな意見を耳にすることもしばしばあります。背景には,人によって総合診療のイメージが異なり,議論が十分にかみ合っていない現状があるからです。

 そこで,日本の医療に即した総合診療医像を可視化し,期待される役割の共通認識を広げる目的で,全国規模の調査や各地のモデル事例を報告書にまとめました。初めに,先生方の考える総合診療医の概念と期待する役割をお話しください。

伊関 総合診療医は,医療を通じて地域の問題を解決できる医師と考えています。医師不足に悩む全国の病院を数多く見てきた実感として,へき地や地方に限らず,都市部の中小病院も厳しい現実に直面しています。2025年,2035年と高齢化がさらに進み,医療のニーズが多様で複雑になる時代,幅広い診療能力を備えて患者の生活や不安にも対応できる総合診療医には大きな期待を寄せています。

神野 英国の総合診療医(General Practitioner;GP)や米国の家庭医(Family Physician),あるいはHospitalistと呼ばれる米国の病院総合医などと比べ,日本で志向される総合診療医の輪郭はこれまではっきりとせず,その位置付けをめぐる議論が多くなされてきました。日本の総合診療医に対し,かつて私は家庭医に近いイメージを持っていましたが,大規模病院に患者が押し寄せ医師の疲弊を招く日本の医療状況を踏まえると,1次救急を中心にゲートキーパーの役割も総合診療医には求められると考えます。

前野 総合診療医がうまく機能すれば,後方病院に送る適切な判断や退院後の生活を含めた支援も円滑になるでしょう。例えば,糖尿病で定期通院中に脳梗塞を発症した患者に対して同じ総合診療医が,適切に初期診療を行って救命救急センターに送り,麻痺が残った状態で地域に戻ってきてからは家族や社会背景まで把握し,介護福祉職と連携して生活までサポートする,といったケアを提供できます。

神野 急性期では臓器専門医との連携を進め,回復期では看護・介護職と共に包括的で継続的なケアを提供する姿が,今の日本に即した総合診療医像になるのはないでしょうか。

前野 そうですね。総合診療の範囲は単に複数の診療科をカバーするだけにとどまりません。地域に一歩出れば多職種と共にかかわりながら,予防から治療,健康増進や生活支援など,安心して暮らせるシステムの構築に貢献する役割が期待されます。総合診療の魅力と可能性は,医療を通して「暮らし」を丸ごと診られる点にあると言えます。

総合診療医の道は,なぜ若手医師に選ばれないのか

前野 生活者の人生全てにアプローチする総合診療医は,医師を志す原点でもある「人の役に立ちたい」との思いを実現できる,やりがいのある仕事だと学生に伝えています。総合診療に興味を持つ学生・研修医は近年増えているとの手応えは感じているものの,進路として総合診療医を選ぶ人は少なく,総合診療の専攻医採用数は初年度2018年は184人,2019年度の応募も1次募集時点で昨年度とほぼ同数の158人にとどまっています。これには,どのような理由が考えられるでしょう。

神野 総合診療の診療範囲の曖昧さと専門性の理解が不十分な点が挙げられます。加えて,総合診療専門医は医療資源の少ない地域に研修に行くことが義務のような議論に焦点が当たってしまっていることも一因でしょう。医師の偏在を臨床研修制度や専門医制度だけで根本的に改善するのは難しいにもかかわらず。

前野 残念ながらそれが大きなメッセージを持ち,総合診療医は「へき地で働く医師」あるいは「高齢者を診るための医師」と研修医に思われている面があります。

神野 総合診療医はへき地の診療所で働くだけではなく,都市部の病院にも必要となります。

前野 地域密着型の病院では,複雑な問題を持った患者さんに対し訪問診療を行うこともあり,場合によっては在宅での看取りも行います。一方,大規模病院も,臓器専門医の専門性がより高度化する中,さまざまな症状をトータルで診る総合診療部門は不可欠です。

伊関 それに,少子化が進むこの先,小児科医が地域で24時間365日救急対応することが現実的に難しくなれば,プライマリ・ケアで子どもも診られる医師は一層求められます。

 こうした幅広いニーズがあるにもかかわらず希望者が増えないのは,総合診療医のキャリアをスタートする専攻医の研修先に,魅力ある職場が少ないのも理由ではないでしょうか。

前野 総合診療医を必要とするフィールドはどの地域にもたくさんあるのは間違いありません。問題は,専門医教育の指導体制が不十分なことです。どんなに魅力的な現場でも,指導医のいない診療所や中小病院にいきなり専攻医が進むのは不安が大きいでしょうし,大規模病院で急性期の研鑽を積む機会も必要です。病院,診療所,どこで研修を受けても適切な教育を受けられる指導体制の整備が必要であり,両者を行き来しながら総合的な診療能力を身につけられるトータルのキャリアプランを提示しなければなりません。

地域や病院にもたらすメリット

前野 それに,教育の場である大学病院や大規模病院では,学生・研修医は臓器専門医と接する時間が長く,地域で活躍する総合診療医を実際に見る機会が多くありません。研修医が総合診療専門医の道を選択する判断材料が乏しく,総合診療医に来てほしい施設や地域も実際に何を準備すべきか明確でないのは課題です。そこで,他施設のヒントになる事例を報告書に盛り込みました。どうご覧になりましたか?

伊関 全国各地の先駆的な取り組みを紹介した意義は大きいです。第6部の「総合診療医の活動に関するモデルとなる事例集」は都市部からへき地・離島まで全国各地の事例が網羅され,興味深く読みました。特に私が注目したのは,財政や人員確保に苦しむ逆境の中で総合診療医を根付かせている施設は,どこも例外なく住民との信頼関係を築き,そして教育に力を注いでいることです。

前野 その通りだと思います。総合診療医が地域で活躍し,その実像やインパクトがきちんと伝われば,地域や住民も総合診療医を応援するようになり,さらに活躍や教育の場が広がる好循環が生まれることが示されています。

伊関 例えば,福井大の井階友貴先生は同県高浜町(人口約1万人)での,地域社会活動を報告しています(p.412)。医療・介護,行政,商工観光,住民や住民団体など高浜町に関係する分野の人を集め,参加者発案のテーマを自由に出し合う機会を月に1回設けているそうです。健康に関係のない話題も「あらゆる社会的な要因は健康に関係している」との「健康の社会的決定要因」に基づき意見を出し合うことで,自分たちの健康に関する課題を浮かび上がらせる取り組みを総合診療医中心に行っています。

前野 地域の多職種や行政,住民も巻き込んで取り組むことで,住民にとっても自分たちの地域の課題が明らかになり,総合診療医は貢献してくれるとの認識も芽生えます。

伊関 「高度な技術を持つ臓器専門医に来てほしい」「もっとベテランの先生がいい」と住民が言い続けるだけでは,その地域に適した医療はいつまでも根付きません。医療者と住民双方が歩み寄り,一緒になって学習し実践に移す取り組みは,地域の医療を共同で作る仕掛けとして他地域も大いに参考になるでしょう...

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